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障害馬術競技選手の夢が大きな賭けで始まった

日本人騎手の川合正育はディルイーヤ乗馬フェスティバルで注目のスター選手である。
日本人騎手の川合正育はディルイーヤ乗馬フェスティバルで注目のスター選手である。
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22 Dec 2019 06:12:33 GMT9
22 Dec 2019 06:12:33 GMT9

アラブニュース

ジッダ:ほとんどのトップレベルの馬術競技選手はそのキャリアを若い時、しばしば10代より前から始める。しかし、21歳の川合正育(Mike Kawai)選手にとって、トップへの道のりはそれとはかなり違った。

大阪で育ったスターは、15歳の時に乗馬を始めた。スポーツ界の多くの人が、その年齢で競争レベルに達するにはあまりにも遅すぎる、ましてや国際レベルに達するのは無理だと思うだろう。

しかし2020年の彼の故郷でのオリンピックに狙いを定めて、彼のキャリアは日本からオランダへ移された。今は彼は東京の夏の試合で戻ってこられることを望んでいる。

「僕は父に強制されて15歳の時に乗馬を始めました。」と彼は言う。「小さい頃はよく乗馬をしていたんだけど、好きではなかったのです。だからやめました。」

しかし少しずつ馬が好きになり出して、乗馬とトレーニングを3年間毎日するようになり、日本中のジュニア障害馬術の試合に出るようになった。それから勝ち始めるようになる。

「僕はなんとかファーストクラスの大会で優勝することができました。それが全てを変えたのです。」と川合選手は言う。

川合選手の父は、息子は大会に出て勝てることが分かり、世界クラスの馬術競技選手になれるだけでなく、オリンピック選手になることができると息子に伝えた。そして2020年の東京オリンピックに向けて準備を始めるように説得したのである。

「僕が17歳の時、父がこう言ったんです。東京オリンピックに出るべきだ。その時僕は120センチを飛んでいたので、オリンピックに出られるようにするなんて無理そうでした。」と川合選手は語る。

「僕は父に強制されて15歳の時に乗馬を始めました。」と彼は言う。「小さい頃はよく乗馬をしていたんだけど、好きではなかったのです。だからやめました。」

川合正育、馬術競技選手

彼が18歳の時、彼の父に賛成してもらい、大阪にある高校を辞め、世界で最良の厩舎でトレーニングをするためオランダに渡った。「父は、オリンピックに備えるため最高の厩舎に行くように言ったのです。だから学校を辞めてヨーロッパに移りました。」

川合氏の決断は実を結んだ。2018年、彼の初の国際クラスとなるベルギーのオフラブベークの大会で優勝し、同年、グローバル・チャンピオン・プラハ・プレーオフ(Global Champions Prague Playoffs) で最高ランクとなった。

現在彼は、国際馬術連盟(FEI)認可のディルイーヤ乗馬フェスティバル(Diriyah Equestrian Festival)で2020年東京オリンピック出場資格を得るポイントを得るためサウジアラビアにおり、160センチワールドカップコンペティションでダブルクリアラウンド38、73秒と自己ベストを出した。「これは僕の過去最高の結果なのでここで競っていることは重要なんです。」と彼は言う。

「人生でほんの一度だけ僕の故郷で行われるオリンピックに出られるチャンスがあるんです。自分の馬たち、そして自分自身を信じています。」

ディルイーヤ乗馬フェスティバルは開催2週目、最後の週末となり、東京オリンピックの出場資格を得るために障害馬術競技選手が準備を整える重大なイベントとなっている。

このフェスティバルはフォーミュラE(Formula E)、トップクラスの男子テニスや世界ヘビー級タイトル選手権、砂丘の激突(Clash On The Dunes)のような一カ月にわたるスポーツイベントのディルイーヤシーズン(Diriyah Season)の一部である。

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