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株式市場は実体経済から断絶している

2018年3月8日、ニューヨーク。ニューヨーク証券取引所の取引終了後に、ダウ工業株30種平均のその日の終値が表示される。(AGP)
2018年3月8日、ニューヨーク。ニューヨーク証券取引所の取引終了後に、ダウ工業株30種平均のその日の終値が表示される。(AGP)
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06 May 2020 12:05:50 GMT9
06 May 2020 12:05:50 GMT9

アンソニー・ロウリー

東京: 新型コロナウィルスのワクチンが完成し、2021年までに大量生産できるという、実現が難しそうな可能性はさておき、また、病状を抑制する以上の効果がある治療法が発見されるかも知れないことを除いて考えたとき、今年の年末の世界経済の状況はどうなっているであろうか?

これは、非常に重要な問題であり、一方で1930年代のような経済の大恐慌に陥るのではないかという恐ろしい状況を見通す向きもあれば、他方では最悪の事態は終わり、株価は堅調な利益回復を予測し始める可能性があるという、現在の株式市場に見られる心が弾むような楽観論を抱く向きもある。

おそらく、「実体経済」と金融経済が現在ほど分断されたことはこれまで無かったであろう。それは、世界経済を支える金融および財政刺激策が、ここ数週間のように、これ程の規模で、これ程迅速に実施されたことは無いからである。

我々はどちらの見方を信じるべきなのであろうか。マクロおよびミクロ経済データが我々に伝えている、暗い、灰色の現実か、または金融市場が表しているバラ色の展望か。大きく(また大胆に)異なるこの2つのシナリオを個別に検討してみよう。

国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は「現況は他に類をみない危機だ」と繰り返し発言している。(IMFの予測を信じるとすると)、今回の危機的状況により、世界経済は年初の3%成長予測から6%変動し、逆に3%落ち込むとされている。

示されている数字は衝撃的である。米国経済は2020年に5.9%縮小すると予測されているが、実際今年の第1四半期は予想より急激に4.8%も縮小している。

一方、ユーロ圏経済は2020年に7.5%、日本は5.2%、英国は6.5%、カナダは6.2%縮小すると見込まれている。2021年には全ての国が成長軌道を回復すると予測されてはいるが、それは非常に低いベースからの回復である。この点を株式市場は見落としていると思われる。

新興市場経済も全体で今年は1%の縮小が見込まれているが、2020年の経済成長率予測で中国が1.2%の拡大、インドが1.9%の拡大が見込まれていなければ、状況ははるかに悪くなっていたであろう。

このすさまじい悪化状況はマクロ(GDP)レベルだけにとどまらず、ミクロ(セクター)レベルでも変わらない。世界貿易機関(WTO)は、2020年に世界の貿易額は13%~32%縮小すると予測している。予測幅が大きいのは、今後のパンデミックの進展具合の不確実性があるからだ。

WTOによると、貿易への影響は、世界的な金融危機によって引き起こされたレベルを超える可能性が高いとされる。金融危機時を上回る悲観的なシナリオともなれば、世界大恐慌時同様の世界貿易の減少が示唆される。WTOのロベルト・アゼヴェド事務局長の見解では、見通しは「著しく悪い」。

一方、世界最大の経済国であるアメリカでは、過去5週間で2,600万人以上が仕事を失い、ホワイトハウス関係者でさえ失業率が16%の大恐慌当時の水準に達することもあり得ることを示唆している。

S&Pアジア太平洋地域のチーフエコノミスト、ショーン・ローチ氏はレポートで、アジア太平洋地域全体の失業率は3パーセントをはるかに超えて上昇し、通常の不況時の2倍近くにのぼる可能性があると語っている。雇用の喪失も、欧州、日本、韓国からオーストラリアに至るまで、世界中で増大している。

新型コロナウィルスが蔓延する前までは、多くの国(特に中国)でサービス業が貿易と生産を支える最も急速に成長している産業であったが、今回はその活動がひどい打撃を受けていることもあり、製造業や鉱業の生産高も世界中で大きく落ち込んでいる。小売売上高は実際世界中で低迷している。

悲惨な状況は他にもいくらでもあるが、例え明日新型コロナウィルスの治療法が見つかり、世界中で利用できるようになっても、世界経済は少なくとも数ヵ月は立ち直れないダメージを既に受けていることを、これまでに挙げた例が十分に示唆している。

金融市場は非常に異なる状況にある。ウォールストリートの状況を見れば、過去最大の弱気相場に落ち込んだと思われた後、今度は「強気相場」の領域に回復したと報じられている。むろん、上げ幅は、急落時に着けた安値から計算されたものであるが。

IMFのゲオルギエバ専務理事によれば、ほぼ一夜にして「強気相場」へ回復したのは、世界をリードする中央銀行である米国連邦準備制度理事会(FRB)が既に米国経済を支えるために約6兆ドルを投入し、さらに8兆ドル規模の財政刺激策があるからである。

資産価値を維持するために、中央銀行が繰り返し流動性を供給していることの影響が、実体経済で起こっていることと金融市場の動向との断絶を実質的に物語っている。音楽を鳴らし続けるために、信用力が極めて低い企業の株式や債券でさえ必死に買い上げられ、価値が上昇している。

S&Pグローバルの元チーフ・グローバル・エコノミストであり、現在はハーバード・ケネディスクール、モサバール・ラマニ・ビジネスアンドガバメントセンターのシニアフェローであるポール・シェアードは、株価の動きと米国経済の間の「明らかな断絶」の背後にあるいくつかの要因について言及している。

彼が指摘するように、米国経済が底なしに落ち込む様相を見せ、当初ピークから34パーセント下落したS&P500指数が(1週間前の時点で)ピークをわずか16パーセント下回る水準まで回復した事実は、 主として財政及び金融刺激策の「巨額」で急速な投入によるものである。

「流動性が確保されていることは、経済データにまだ表れず、数ヵ月先にならなければ表れないとしても、マーケットの非常に大きな下支えになっている」とシェアード氏は語る。確かにそうであり、企業の利益が急落している状況にあるのに、株価だけは上昇している。これは、市場経済では起こり得ないことである。

中央銀行や政府にとって、株価を制御することが金利操作と並ぶ政策手段となっている。株価の制御は、低金利時代を迎えてより有力となっている。 株価操作が、政策手段のわき役から主役に躍り上がったのである。

株式の主要な買い手であることで、またはマーケットを下支えする目的で導入された金融刺激策で、金融資産の価格を制御すれば、国の経済全体に波及する購買力を生み出す立場にあることになる。

しかし、こうしたトリックも今回はうまくいきそうも無い。IMFのゲオルギエバ専務理事の言葉を再度引用すると、新型コロナウィルスは「貿易紛争、政策の不確実性、地政学的な緊張で弱体化し、すでに脆弱な状態にある世界経済に打撃を与えている。」 緊急的な金融刺激策で、すぐに世界経済の状況が改善することは無いであろう。 

アンソニー・ロウリーは、東京在住で東アジア地域を専門とするベテラン・ジャーナリストである。

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