
勝者だけに許されるウイニングラン。日下は日の丸を広げ、コーチと満面の笑みでマットを周回した。「目標というか夢をかなえられたので、人生が変わった」。グレコローマンスタイルでは前日の60キロ級の文田健一郎に続く金メダルで、同一大会での日本勢2個は1964年東京五輪以来60年ぶり。しかも世界的に層の厚い77キロ級で、五輪初出場の23歳が大仕事をした。
最後まで自分のレスリングを貫いた。決勝でも開始直後からすぐに相手を押して圧力をかける。大きな技は出なくても休まず前へ、前へ。第1ピリオドでリードを許したが、第2ピリオドに入ると、圧力を受け続けたジャドラエフ(カザフスタン)の動きが明らかに鈍ってきた。
日下は隙を逃さずに得点を重ねて逆転。そして最後まで押し続け、相手に反撃するチャンスを与えなかった。「優勝するために努力してきた。そんな思いで耐え抜いた」とうなずいた。
強さの原点は相撲にある。小学生で相撲を始め、中学卒業までレスリングと並行して取り組んだ。足腰の強さ、押す力、前に出る意識は相撲で培ったもの。今年は大相撲の佐渡ケ嶽部屋を訪問し、力士と稽古した。「相手の心をねじ伏せるような前に出る圧。これが日本人の戦い方だと思う」。力と体格で上回る海外勢と渡り合う方法を、国技から見つけた。
試合後には「最高に楽しい6分間だった」と口にした。名前の「尚」の由来となった、女子マラソンの高橋尚子さんが2000年シドニー五輪優勝直後に語った言葉をまねたものだった。偉大な「先輩」と同じく金メダルを手にし、「今までのどんなメダルよりも重いし、格好いい」。人生で最高の日となった。
時事通信