
ポート・スーダン:8歳のモハメド君は1週間、腕に刺さった破片の痛みに苦しんでいる。しかし彼は、準軍事的な攻撃を受けているスーダン西部の都市エルファシャーでは幸運な一人である。
「近所の人が看護婦だったんだ。彼女は止血を手伝ってくれました」と、モハメド君の父、イッサ・サイードさん(27)は通信が完全に遮断された中、衛星回線を通じてAFPに語った。
「でも腕は腫れ上がり、痛みで夜も眠れない」
即応支援部隊(RSF)に1年間包囲され、市内に閉じ込められている推定100万人以上の人々と同様、サイードさんも緊急治療のために病院に行くことができない。
エルファシャーにはわずかな物資しか残っていないため、彼の家族は、隣人や家族から即興で医療支援を受けるしかない状況にある。
RSFは、北ダルフール州の州都(スーダン軍との2年間の戦争で唯一征服していないダルフールの主要都市)の奪取を目指し、次々と攻撃を仕掛けているが、軍隊や同盟軍によって撃退されている。
たとえ人々が勇敢に通りを歩いたとしても、現地の医療関係者によれば、現在部分的に機能しているのはサウジ病院だけであり、それさえも度重なる攻撃を受けている。
エルファシャーの人道支援活動は、「アクセス制限、危機的な燃料不足、不安定な治安環境」のために深刻な混乱に陥っており、特に保健サービスが影響を受けている、と国連の人道支援機関OCHAは述べている。
家を開放
数日前、飢饉に見舞われた近くのザムザム避難キャンプに対するRSFの攻撃で大腿部を撃たれ、エルファシャーに逃れた援助コーディネーターのモハメド氏は、負傷した数百人の市民が市内に閉じ込められていると推定している。
援助筋によると、数十万人がザムザムから避難しており、国連が支援する評価では、すでに大量の飢餓に瀕しているという。
しかし、エル・ファッシャーの人々は「負傷者に家を開放している」とAFPに語った。
「お金があれば、清潔なガーゼや鎮痛剤を買いに行かせるが、今あるもので何とかするしかない」とモハメド氏は言う。足に傷を負ったモハメド氏は、ザムザムから街まで15キロ(9マイル)、何時間もかけて運ばなければならなかった。
混雑した居間や台所で、医療訓練をほとんど受けていない一般市民が、日用品や地元の薬草を使って、火傷や銃創、破片による負傷の応急処置を施している。
別の犠牲者、モハメド・アバカールさん(29歳)は、家族のために水を汲んでいるときに銃弾が足を貫いたという。
手足はすぐに折れ、近所の人が彼を家に引きずり込み、数枚の木片と布で副木を作った。
「たとえ折れた足が治ったとしても、弾丸はまだ中に残っています」と、アバカールさんは衛星回線を通じてAFPに語った。
消毒薬としての食卓塩
国連によると、月曜日までに、RSFによるエルファシャーとその周辺の避難キャンプへの最近の攻撃で、400人以上が死亡した。
国連児童機関ユニセフは、少なくとも825,000人の子どもたちが、エルファシャーとその周辺の「地上の地獄」に閉じ込められていると警告している。
エルファシャーの人々は、スーダン軍が空からも爆撃したこの街で、1年にわたるRSFの包囲に苦しんでいる。
住民たちは、急ごしらえで掘った穴の上に砂袋を載せただけのその場しのぎの壕で、砲撃から身を隠している。
しかし、誰もが間に合うわけではない。
水曜日には、ハナア・ハマドさんの家を砲弾が貫通し、破片が彼の腹部を引き裂いた。
「近所の人と私でできる限りの手当てをしました。傷口を食卓塩で消毒し、なんとか出血を止めました」と34歳の4児の母はAFPに語った。
しかし朝には、妻や隣人には手に負えないほどの重傷だった。
脚の傷から回復しようとと努めている援助コーディネーターのモハメド氏は病床から、「人々を救うために誰でもいいから緊急に介入してほしい 」と訴えた。
国境なき医師団(MSF)は金曜日、援助物資の空輸を要請した。
「エルファシャーへの道路が封鎖された場合、そこに閉じ込められ飢餓に苦しむ推定100万人の人々に食料と医薬品を届けるため、航空作戦を開始しなければならない」とラズマネ・カボレ代表は述べた。
AFP=時事