
ダマスカス: オスマン帝国時代の建築の洗練されたアーチやドーム型の屋根の下で、ジョセフ・トブジャンはアレッポのアロマ石鹸を並べている。このトレードフェアは、輸出の機会を奪われたシリアの芸術や手仕事の再興を目的に開催された。
石鹸づくりをしているトブジャンは、州がスポンサーし、シリアの北部のアレッポの小企業や個人事業を参加対象にダマスカスで開かれたこのフェアに参加している130の業者の一人だ。
「これまでの人生、ずっと月桂樹オイルと石鹸をつくって生きてきた。肺にまで香りが染み込んでいるよ」と、トブジャンはAFP通信に語った。
「輸出を止められた今、みんな、海外市場に代わる販売先を探すためにダマスカスに来ている」と語るトブジャンの前のテーブルには石鹸の入った瓶や自然素材の化粧品などが並んでいる。
61歳のトブジャンは、フェアを訪れる人の多さに驚いたと語る。その中には彼のつくる美容製品に興味を示すダマスカスの業者もいた。
戦争が始まる前にはシリアの経済の中心地だったアレッポは古くから伝わる伝統工芸で有名だが、2011年の内戦で大きな打撃を受けた。
首都にあるTekkiye Al-Sulaymaniyの会場には、伝統的な石鹸や家具、衣類からシリア製のマシュマロまで幅広い種類の商品が並んだ。
トブジャンの一家は2012年に、ピーク時は40人の従業員がいた石鹸工場を残し、アレッポからカナダに亡命した。
亡命生活は幸せなものではなく、2018年に帰国したシリア系アメリカ人の一家が目にしたのは破壊された街と工場だった。
一家は場所を変えて小規模な作業場を見つけ、従業員を二人雇ってアレッポ石鹸の生産を再開した。一時は最大輸出量を誇り、観光客にも人気の製品だ。
「石鹸づくりは祖父から父へ、父から私へ、家族に受け継がれてきた」と、シリアのバシャール・アサドの写真のついたTシャツを着たトブジャンは言った。
「作業場や工場の再興のためにできる限りのことをしなくては」
何世紀も続いてきたアレッポの屋根のあるバザールはオールドシティーにあり、UNESCO世界遺産にも指定されている。かつては何千もの露店で賑わった。
オールドシティーはシリア内線で最も激しい戦闘があった場所の一つだ。戦闘は2016年12月にロシアの介入で政府軍が反体制派が支配する地区を制圧するまで続いた。
政府の長期的な復旧プログラムにより、アレッポバザールは部分的に再開し始めているが、争いの傷は残る。
アレッポの工業地区はシリア最大だったが、工場や作業場のほとんどは戦闘で破壊された。
州の支援により70ほどの小規模な作業場が再開したものの、西欧諸国により経済制裁とドルに対するシリアポンドの暴落による経済危機の中、売上は上がらない。
「戦争はアレッポの産業のインフラを破壊してしまった」と、一週間開催されるダマスカスフェアの運営責任者、アラー・ヒラル は言う。
西欧の経済制裁は原油の輸入を妨げ、工場の稼働も困難にした。
そのため、アレッポの職人たちは「販売、契約、製品の宣伝の機会をダマスカスで探そうとしている」と、ヒラル。
経済制裁によって、シリアの事業は他の道を探さざるを得なくなっている。
ソナリ・ガザル はフェアで、ローズウォーターやアレッポ産のピスタチオで風味をつけたマシュマロを売っていた。
「シリアでマシュマロがつくれるようになったので、アレッポらしさを演出しました」と、42歳の教師をしているガザルは語った。
戦争や経済制裁でマシュマロが市場から消える前には、よく生徒たちに買って行ったものだとソナリは話す。
家でつくる方法を思いついたが、「今回は、アレッポのピスタチオ味にしています」
AFP通信