
アラブニュース
ドバイ:ポスト冷戦時代の幕開けとなったソ連の崩壊から30年、NATOが世界で果たすべき役割について、多くの議論が交わされてきた。NATOは、従来の地理的な範囲を超えた地域、特に中東・北アフリカ(MENA)で起こる新たな課題にどのように適応していくべきであろうか?
NATOの創設文書である1949年の北大西洋条約第6条では、NATOの責任範囲は「北回帰線より北の北大西洋地域」と規定されている。こうした中、アラブニュース・リサーチ&スタディーズ・ユニットの新しい報告書では、NATOにとって中東・北アフリカ地域(MENA)がなぜ重要なのか、共通の関心事は何か、そしてNATOはこの地域にどのように関わっていけばよいのかをさぐっている。
「厳密には責任範囲ではないが、NATOは中東・北アフリカ地域を無視することはできない」と、報告書の著者であり、ヘリテージ財団(Heritage Foundation)のダグラス&サラ・アリソン外交センター(Douglas and Sarah Allison Center for Foreign Policy)の所長であるルーク・コフィーは、文書の冒頭で記している。「歴史的にも、また最近の出来事からも、この地域で起きたことはすぐに欧州に波及することがわかる」
コフィーは、大西洋東部から北アフリカ、そして中東に広がるこの地域の不安定要因をいくつか取り上げている。これには、人口動態の変化による圧力、商品価格の上昇、国家間・地域間の紛争、部族間の政治などが含まれる。
「いわゆる『アラブの春』が始まって10年、この地域では国境を越えたテロリズムの台頭から、イランの核の脅威や国家ぐるみのテロまで、多くの地政学的課題が残されている。そのため、NATOの多くの国々が、同盟の南端に位置する地域のパートナーとの協力に新たな焦点を当てることにしたのは当然のことである」
水やその他の天然資源をめぐる紛争、宗教的緊張、革命的傾向、テロ、核拡散、地域的および世界的な関係者が関与する代理戦争は、NATO本部にさらなる懸念を抱かせている。
また、この地域には、世界で最も重要な航路、エネルギー資源、貿易のチョークポイントがあるため、一見小さな紛争や災害でも、世界の貿易、原油価格、遠隔地の経済に大きな波及効果があることが分かっている。
「NATOは、その目的をめぐって何度も議論を重ねてきた」と、月曜日に行われたアラブニュース・リサーチ&スタディーズ、ブリーフィング・ルームのウェビナーで、コフィーは語った。
「NATOをテロ対策に集中させようという話や、中国についての議論、ロシアが大きな脅威であり続けることについての議論があります。個人的には、私はどちらかというと伝統的な考え方をしています」
「NATOは、必要に応じてロシアを打ち負かし、ロシアの侵略を抑止するために創設され、考案されたと信じています。 しかし、同盟が対処しなければならない他の課題があることも理解しています」とコフィーは述べている。
しかし、コフィーが指摘するように、将来の課題に対処するための指針となることを目的としたNATOの「2010年戦略概念」には、MENA地域とこれらの共通課題についてほとんど言及されていない。
中国の台頭、より権威主義的なロシア、「アラブの春」、ダーイッシュとの戦い、現在も継続するシリア戦争、欧州の移民問題、そして最近ではコロナウイルスの大流行など、過去10年間に起こった激動の出来事を考えると、この文書はひどく時代遅れになっているとコフィーは考えている。
NATOが新たな戦略概念の起草を準備している今こそ、NATOはMENA諸国との既存のパートナーシップを構築し、新たな協力方法を模索すべきだとコフィーは主張する。
もし、NATOがコフィーのアドバイスに従えば、多くの国々に受け入れられるであろう。コフィーによれば、MENA諸国は、NATO加盟国と安全保障上の懸念を共有しているだけでなく、コソボ、アフガニスタン、リビアでのNATO主導のミッションに兵力を提供するなど、協力する意欲をも示している。
特に、コフィーはNATOのイラクでの訓練活動、NATOが主導するアフリカの角での海賊対策「オーシャン・シールド作戦(Operation Ocean Shield)」、2011年の「ユニファイド・プロテクター作戦(Operation Unified Protector)」の一環として実施されたリビアでのNATOによる飛行禁止区域の設定などを紹介した。
NATOは、地中海対話(Mediterranean Dialogue)とイスタンブール協力イニシアチブ(Istanbul Cooperation Initiative)の下で、すでにこの地域での関係を築いている。1994年に始まった地中海対話は、NATOと地中海のパートナーであるアルジェリア、エジプト、イスラエル、ヨルダン、モーリタニア、モロッコ、チュニジアとの関係の基礎を形成している。
一方、2004年に発足したイスタンブール協力イニシアチブは、現在、NATOと湾岸アラブ諸国との関係の基礎となっている。湾岸協力会議の6カ国すべてに参加を呼びかけたが、実際に参加したのはバーレーン、クウェート、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の4カ国のみだった。サウジアラビアとオマーンはわずかに興味を示しただけであった。
フロンティア・ヨーロッパ・イニシアティブ(Frontier Europe Initiative)の上級研究員で、ジョージタウン大学の非常勤教授でもあるイウリア=サビーナ・ジョジャは、月曜日に行われたアラブニュース・リサーチ&スタディーズのウェビナーで、「この報告書は、NATOとMENAの関係の新しさと脆さを浮き彫りにしている」と述べた。
チュニジアが2018年に、ガベスに計画されている軍事作戦センターに人員を常駐させるというNATOの提案を拒否するなど、制度的には参加に消極的なところもあったが、ジョジャは、実務レベルではいくつかの前向きな関わりがあり、今後の協力に向けて良い兆しが見えてきたと述べた。
「個々のNATO加盟諸国の間にも、消極的な姿勢の国、意欲的な姿勢を持つ国などMENAに関するビジョン、異なる関係勢力との協力関係や脅威の評価などについて、様々ではあるが、問題の共有が進んでいることは確かである。欧州や大西洋共同体が対処する問題と、中東・北アフリカ地域の国々が対処すべき問題を人為的に分けることは、もはや必ずしも有効ではなくなっている」とジョジャは述べている。「そこには多くの共通点がある」
ジョジャは、NATOとMENAの関係は、安全保障や防衛にとどまらず、貿易や経済、人道的介入などの具体的な問題に関する「階層的な協力」を中心に構築されるべきだとも述べている。
コフィーの報告書では、NATOがこの地域との関係を改善するための実践的なステップとして、中東・北アフリカ地域担当の特別代表を任命することなどが挙げられているが、これは「個人的な関係が重要視される」とされる世界では非常に重みのあるステップとなる。
また、NATOは、地中海対話やイスタンブール協力イニシアチブの加盟国拡大を推進すべきだとコフィーは主張する。これを促進するために、NATOは、クウェートにあるイスタンブール協力イニシアチブの地域センターをモデルにした、地中海対話地域センターを設立すべきである。
最後に、自信と使命感を醸成するために、NATOは次回の同盟首脳会議で両グループのハイレベル会合を盛り込み、MENA地域の地政学的重要性を強調すべきである。
確かに、NATOの目的に不信感を持っている一部の国が消極的な態度を取り続けていることは、関係強化を妨げる大きな問題の一つである。
コフィーはウェビナーの中で、「NATOが帝国を拡大しようとしているわけでは無い。NATOが次の軍事介入をどこかで計画しようとしているわけでもない」と語っている。「これは、NATOの安定と安全にとって重要な地域を特定し、共通の目標と共通の成果を達成するために協力して働く意思のある、志を同じくするパートナーを見つける動きである」
「NATOが北アフリカや中東の特定の国々との関係を深めていく過程では、センシティビティに配慮する必要があり、特定の国が望むペースで進めていくべきである」
「相互運用性が信頼をもたらし、信頼が関係を築く。そして、それが私たち全員の安全を守ることになる」とコフィーは述べている。