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イラン大統領選候補者に政治犯拷問の過去、被害者たちにより詳細が明らかに

テレビ局のスタジオで撮影された選挙討論番組に出演するエブラヒム・ライシ大統領候補。イラン・テヘラン、2021年6月8日。(ロイター)
テレビ局のスタジオで撮影された選挙討論番組に出演するエブラヒム・ライシ大統領候補。イラン・テヘラン、2021年6月8日。(ロイター)
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09 Jun 2021 01:06:42 GMT9
09 Jun 2021 01:06:42 GMT9
  • エブラヒム・ライシ司法府代表、政治犯の大量処刑を命じたとして糾弾される
  • 国連・アメリカ・EUに対し「八百長」選挙を認めないよう要請

チャーリー・ピーターズ

ロンドン:イランが6月18日に大統領選挙を迎えるなか、複数の市民が、現在司法府代表を務めるエブラヒム・ライシ候補から受けた拷問と虐待について声を上げた。

ライシ司法府代表は、1988年の「イラン政治犯大虐殺」の中心的人物として非難されている。エビン刑務所とゴハルダシュト刑務所のいわゆる「死の委員会」の構成員だったとされている。

被害者証言によると、ライシ氏は検察官として死刑を宣告していたという。1988年の死刑執行時にはわずか21歳で、教育歴も経験も不足していた。

イラン反体制勢力によると、ライシ氏は当時の国家最高指導者ルーホッラー・ホメイニ師の「フィクサー」を務め、粛清を実行するためロレスターン・ケルマーンシャー・セムナンなど各州に派遣されていたという。

現在、イランの在外反体制派組織「イラン抵抗国民評議会」(NCRI)の構成員たちが、ライシ氏により受けた虐待について詳しく証言している。

アラブニュースも参加した8日の記者会見の場で、ファリデー・グダルジ氏が、1980年代に彼女が受けていた恐ろしい虐待の様子を詳しく語った。

「1983年に私はイランの反体制派武装組織『ムジャヒディンハルク』を支援した容疑で逮捕され、6年近くハメダンとナハヴァンドの刑務所にて、犯罪者エブラヒム・ライシの凶悪犯罪を目の当たりにしていました」と彼女は語った。

グダルジ氏は逮捕時には妊娠後期で、収監されるとすぐに出産した。

彼女はライシ氏を含む刑務官たちから受けた拷問について詳述した。ライシ氏は血まみれの小部屋で、自分が電線でムチ打ちに遭う様子を見守っていたという。

1983年9月24日に子供が拷問の道具として利用されたことについて「38年経った今でも、痛ましい記憶として常に頭から離れません」と語った。

グダルジ氏は、ライシ氏と刑務官数名が「独房に入り、眠っていた息子を抱え上げ、冷酷非道にも地面に叩きつけたのです。彼らは息子の泣き叫ぶ声を気にもかけず、書類と証拠を探していると言い、服を脱がせました。

「翌日の午前8時から午後2時にかけて、息子と共に法廷に連行され尋問を受けました。尋問室には10名を超える冷酷な拷問者がいて、うち1人がライシでした」と付け加えた。

「6時間に及ぶ尋問中に、1人が私の息子の手を取り….私の目の前で息子の背中をひっぱたいて、残りは全員笑っていました。ライシはその様子を眺めていました。私がこの苦しい記憶を明かしたのは、1988年の大虐殺の生存者である私たちは、この犯罪行為や1980年代に起きたその他の犯罪を忘れることも、許すこともないという決意を示すためです」

1981年から1991年までエビン・ゲゼルヘザール・ゴハルダシュトの各刑務所に収監されていたナスララ・マランディ氏は、記者会見の席で、1988年8月6日に刑務官たちが彼を独房からゴハルダシュト刑務所の大廊下(「死の回廊」と呼ばれる)に移したと語った」

加えてこう語った「死の回廊に入ると、廊下の両側が『死の委員会』に連行されるのを待つ囚人たちであふれていました … 多くは私の仲間で、私が死の委員会に連行されたのは正午ごろでした」

彼はライシ氏が同席していたと述べ「囚人の処刑で積極的な役割を果たし、死亡診断書を承認していました。数分後に私は死の回廊に戻され、当日多くの仲間たちがライシをはじめとした死の委員会により処刑されました」

マランディ氏は「死刑判決に署名すると、ライシは処刑場に移動して処刑を実施・監督していました」と語った。

死の委員会は精神的・肉体的な病気の有無を考慮せず、囚人は年齢に関係なく処刑されたと付け加えた。

「ほぼ全員が処刑されてしまい、1988年の秋になるとゴハルダシュト刑務所の第13病棟という小さな病棟にのみ、ごく少数の大虐殺を生き延びた政治囚が暮らしていました」とマランディ氏は語った。

マフムード・ロヤエイ氏は、重度のてんかん患者で激しい拷問を受け体が麻痺したカベ・ナサリ氏の受けた苦しみについて詳しく説明した。

ロヤエイ氏によると、ナサリ氏は「てんかん発作を起こしたという理由で暴力を振るわれていました。刑務官たちが彼の頭と顔を地面に激しく打ち付けていたので、顔はいつも傷だらけでした。1988年8月9日、ナサリ氏は死の回廊に連行されました。てんかんの発作が起きましたが、ライシは躊躇なく死刑を宣告しましました。ナサリ氏は当日が刑期満了日だったにもかかわらず、処刑されたのです」

ロヤエイ氏は「もしライシが …『死の陪審員団』にいなかったら、カベは間違いなく死なずに済んだはずです」と付け加えた。

ロヤエイ氏は語った。「逮捕時、囚人の多くは学生でした。15歳~16 歳の子もいました。7 年間にわたり残忍な拷問を受けた後、ライシが死刑判決に署名して絞首刑になりました」

マランディ氏はアメリカ・国連・EUに対し、ライシ氏の大統領選立候補承認を非難するよう求め、「八百長」選挙を認めてはならないと述べた。

パリに本拠を置くNCRIの外交委員会職員アリ・サファヴィ氏はアラブニュースに対し「ライシのような大量殺人鬼が大統領に当選することが予想される状況により、イランを支配する中世の神権政治の真の、かつ邪悪な性質があらわになっています」と語った。

こう付け加えた。「西側諸国は40年以上にもわたり、イラン穏健派に力を貸すとの口実のもと、真っ当なイスラム教徒を言いくるめており、結果イラン国民や地域の平和と安定が犠牲となっています。

「もはや言い訳は許されません。国際社会が、自らが擁護すると主張する価値観を実践し、八百長選挙を非難して、イラン現体制とライシのような犯罪指導者に、人道に反する数多くの犯罪の責任を負わせるべき時期が到来しました」

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