
エファレム・ コッセイフィ
ハルツーム/ニューヨーク:日曜日にスーダンで、軍政に抗議するデモの参加者に対する武力弾圧があり、少なくとも6人が殺害された。
目撃者によると、ハルツーム中心部で治安部隊が催涙ガスを発射、放水砲を使用して、膨れ上がった群衆が大統領官邸でデモ行進するのを阻止しようとした。
目撃者によると、スーダンの首都圏を形成するハルツーム、オムドゥルマン、バーリの群衆は、少なく見積もっても数万人で、今年最大の規模だという。オムドゥルマンでは、治安部隊がデモ参加者がハルツームに入るのを阻止していたときに発砲があり、催涙ガスが使用された、と目撃者が報告した。
国連は、当局が抗議デモに対して暴力的な対応をしたことを非難した。
国連のステファン・ドゥジャリク報道官はアラブニュースに対し、「前にも言ったし、これからも言い続けるが、スーダン政府の治安部隊が抗議デモに対応する際、過剰な暴力を使い続けていることを、特に今日起きたことを、我々はとても、非常に深く憂慮している」と述べた。
「人々が自由に、平和的に自分たちの考えを表現することは、必ず許されなければならない。治安部隊はどの国でも、その権利を妨害するのではなく、保護するために存在しなければならない」
前に進む方法は、「全ての当事者ができるだけ早く包括的な政治解決に達し、憲法秩序の回復と民主主義への移行につなげることだ」と同氏は付け加えた。
長年独裁支配を続けたオマル・バシル氏を打倒し、市民団体と軍との間の権力分割の取り決めに至った蜂起のさなか行われた大規模なデモの3周年記念日に、今回の抗議デモは行われた。
昨年10月、アブドゥルファッターフ・ブルハン将軍率いる軍が暫定政権を倒したことがきっかけとなり、抗議デモが起きた。軍が政治から距離を置くことが求められた。
6月30日は、バシル氏が1989年にクーデターで権力を掌握した日でもある。
木曜日に行われたデモの参加者の中には、過去のデモで殺された人たちのために公正を求める横断幕を掲げる人たちもいた。「ブルハン、ブルハン、兵舎に帰って資産を引き渡せ」と連呼する人たちもいた。資産とは、スーダン軍が保有する経済資産のことだ。
その前に、デモ参加者らは、石と燃やしたタイヤで作ったバリケードでハルツームの主要な大通りのいくつかを封鎖した。
「大統領官邸に行き、ブルハンを排除するまで、私たちは帰らない」と、バフリで抗議デモをしていた女子学生(21)は話した。
10月のクーデターに対する抗議デモが数カ月続く中、初めてインターネットと電話のサービスが切断された。軍が実権を掌握した後、抗議運動を妨害するため、インターネットが長時間遮断されたのだ。スーダンの民間通信会社2社の社員は匿名を条件に、当局は木曜日、再びインターネット接続を切断するよう彼らに命じたと話した。
スーダン国内の電話も遮断された。治安部隊は、ハルツーム、オムドゥルマン、バフリをつないでいる、ナイル川にかかる橋を閉鎖した。これも、大規模な抗議デモに対してよく取られる措置で、デモ参加者の動きを制限するのが目的だ。
ここ数日、多くの地区で連日、抗議デモが行われている。水曜日には、治安部隊がバフリで行われたデモで子供を射殺したと、抗議運動と手を組んでいる医療関係者が話した。木曜日にオムドゥルマンで殺された4人を合わせると、クーデター以降殺害された抗議デモ参加者は合計107人になった。
スーダン医師中央委員会によると、多数の負傷者も出ている。治安部隊が、負傷者が治療を受けているハルツームの病院を襲撃しようと試みたのだという。スーダン当局からすぐにコメントは得られなかった。
国連のスーダン特使のフォルカー・ペルテス氏は今週、当局に対し、平和的に集会を開く権利を保護するという誓約を順守するよう求めた。「デモ参加者への暴力は許されない」と同氏は述べた。
軍の指導者らは、政治が停滞したため、10月に政府を解散したと述べた。しかし、その結果、暫定政府が合意を取り付けていた国際金融支援が凍結され、経済危機が深刻化している。
ブルハン氏は水曜日、選挙で選ばれた政府が引き継ぐことができる日を国軍は心待ちにしていると述べた。しかし、それは抗議デモではなく、合意もしくは選挙によってのみ達成できると付け加えた。
国連とアフリカ連合が主導する調停努力は、これまでのところ、ほとんど進展していない。
*ロイターと共同