スレイマニヤ、イラク:イラクのクルド人であるハレシュ・タリブさんは、紛争が多発するこの国で給料を得るのに苦労しており、子供たちの学校も中断しているため、家族を連れて欧州への脱出を(再び)試みたいという。
「ここには未来はありません」と、イラク北部のクルディスタン自治区に住む36才のタリブさんは言う。
髪を後ろに撫で付け髭をきれいに整えたタリブさんは、クルディスタン第二の都市スレイマニヤの小綺麗な一角にあるパステルイエローの家の1階に妻、2人の息子、ペットの鳥と一緒に住んでいる。
居間のテレビではイギリスのアニメをやっていて、タリブさんの8才の息子のハウディン君が大喜びでそれを見ている。
外では兄のハジャント君がサッカーボールをドリブルしている。
12才のハジャント君は英語で、「レアル・マドリードが好きで、ベンゼマのファンです」と、レアルのフランス人スター選手カリム・ベンゼマの名前を挙げる。
一見すると満ち足りた中流家庭の典型のように思えるかもしれないが、タリブさん一家はもうすぐ荷物をまとめて、普通ではない移住の旅に出発するという。
この一家は、他の何千人ものイラクのクルド人と同様に、以前にも移住を試みたことがある。
タリブさんは、どういう手段でどのルートを通って旅をするかは教えてくれなかったが、友人がいるイギリスに行きたいという。
「それが駄目ならドイツに行きます」
11月には、少なくとも27人の移民(大半はイラクのクルド人)が、ゴムボートで英仏海峡をフランスからイギリスへと渡ろうとして溺死した。
危険であるにもかかわらず、タリブさんは再び移住を試みたいと言う。自分のためというよりは息子たちのためだ。彼らが通う学校は、給料不払いをめぐる教師のストライキのせいで頻繁に中断されるからだ。
「それらの国には仕事があります。子供たちが教育を受けられる保証もあります」と彼は言う。
タリブさんは、家族の生活を支えるために二つの仕事をしている。印刷業者と公務員だ。
彼は、「政府は働けと言いますが、何年も給料の支払いが遅れています」と不満を漏らす。
イラクの他の地域が数十年にわたる戦争を克服しようとあがいているのに対し、クルディスタンは外国投資家に適した安定した地域というイメージを作り出してきた。
しかし、500万人の住民は異なる現実を目の当たりにしている。
バグダッドの計画省によると、昨年の失業率は国全体では14%だったのに対し、クルディスタンでは17%を越えていた 。
イラクのクルディスタンの3分の2の世帯が政府からの給与や年金に依存しているが、エルビルの地域政府とバグダッドの当局との間の緊張のため、支払いは慢性的に遅れている。
エルビルの地域政府は、中央政府が連邦予算の一部を公務員に回していないと非難している。
ストックホルム国際平和研究所に所属する研究者のシヴァン・ファジル氏は、イラクのクルディスタンは「ここ数年経済危機に見舞われており、汚職の蔓延、格差拡大、政治的停滞も見られる」と指摘する。
これらは、この地域からの「移住の波が最近発生している主要な原因の一部」だという。
同時に、国連による昨年の報告によると、脅迫や恣意的な逮捕などの手段による「表現の自由の積極的な抑制が、ますます抑圧的な形になっている」事態も存在する。
紛争の脅威もまだ去ってはいない。
イラク北部では、トルコ軍がクルディスタン労働者党(PKK)の拠点とされる場所を標的にしている。PKKはトルコ政府とその西側同盟諸国によってテロ集団に指定されている。
PKKは1984年以来トルコに対して反乱を続けている。
5月には両勢力の衝突により数人の民間人が死亡した。
また、エルビルのバルザニ族とスレイマニヤのタラバニ族という敵対部族間による地域内での政治的対立も存在する。
タリブさんは、彼らの「権力闘争は人々の利益とは何の関わりもない」と言う。詳しくは言わなかったが彼にも「脅し」があったという。
昨年の秋、何千人ものイラクのクルド人が、EUを目前にしたベラルーシ国境上で極寒の中で立ち往生していた。
西側諸国は、自国体制に対する制裁への報復として彼らをおびき寄せたとしてベラルーシを非難した。
飛行機でミンスクまで来たタリブさん一家も、その群衆の中にいた。
タリブさんは、10~12月の間に2回、密入国業者に金を支払い、一家がポーランドに入国する手助けをしてもらった。
入国に失敗したうちの1回では、「国境警備隊の犬が息子に飛びかかったので犬を叩いたら、警察に殴られて逮捕された」という。
3回目に入国を試みた際にはギリシャの偽造パスポートを使った。この時も拘留された。
一家は12月にクルディスタンへと送還された。出発した時と同じ重荷を持って。その重荷とは、「この無法地帯から逃れたい」という思いだ。
AFP