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レバノン市民が中東から脱出する移民の潮流に加わる理由

移民を乗せてジブラルタル海峡で座礁した船は、この後、スペインの治安警察グアルディア・シビルと、海上捜索救助機関であるサルバメント・マリティモに救助された。(AFP)
移民を乗せてジブラルタル海峡で座礁した船は、この後、スペインの治安警察グアルディア・シビルと、海上捜索救助機関であるサルバメント・マリティモに救助された。(AFP)
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23 Aug 2022 08:08:02 GMT9
23 Aug 2022 08:08:02 GMT9
  • 地中海を渡る移民を支援する密入国斡旋業者に金を払うという考えはますます魅力的になっている
  • シリア人、パレスチナ人、レバノン人が危険をいとわない事態は、レバノン多重危機の深刻度を示している

ナディア・アル・ファウル

ドバイ:レバノン経済が崩壊する前から、レバノン在住のシリア人やパレスチナ人の難民は生活苦にあえいでいた。多くの人が再び土地を離れることを選び、より安全な地を求めて海外に向かうが、密入国斡旋業者に支援を求めることが多い。

現在、状況があまりに絶望的な様相を呈しており、安全で合法的な海外渡航の費用を負担できないますます多くのレバノン市民が、同様に危険で不法な欧州への海上越境を試みている。

6月初め、レバノン北部で、キプロスに向かう密入国船に乗り込もうとしていた64人の人物をレバノン軍が逮捕した。その中には、極度の経済的困窮から絶望的な思いにかられたレバノン市民も何人か含まれていた。

「家族を養えない。毎日、自分は人間以下の存在であるように感じる」と、レバノンで最も貧しい都市トリポリで暮らす57歳の配達員、アブ・アブドラ氏がアラブニュースに語った。「子供たちが腹ペコで泣き叫ぶ声を聞くより、海で命を落とす危険を冒す方がましだ」

インフレ、失業、食料・燃料・医薬品の不足、医療制度の崩壊、機能不全に陥った統治が、貧困と絶望の最悪の嵐を生み出している。

ウクライナでの戦争がもたらした穀物不足は、レバノンの経済的苦境をさらに悪化させ、必需食料品の価格は高騰している。パンを求める行列は多くの町でありふれた光景になり、公共部門の労働者は給与引き上げを求めて何度もストライキを打っている。

2019年来、レバノンの通貨価値は約95パーセント失われた。7月時点で、最低月給は、1ドルが29,500レバノンポンドである闇市場レートで、23ドル相当だった。金融崩壊以前なら、444ドルの価値があった。

現在、国民の約半数が貧困ライン以下で暮らしている。

「給与を受け取ってもなんとか数週間持つ程度で、チップもないに等しい」とアブ・アブドラ氏は語った。「息子の一人が、地域のゴミ箱をあさって回り、缶やプラスチックを見つけて売っている。その様子を眼にすると、心が痛む。しかし、食べるためには他に選択肢がない」

2019年来、レバノンは未曽有の金融危機にさいなまれている。新型コロナウイルスによるパンデミックがもたらした経済的重圧と、国家の政治的麻痺が、その影響をさらに悪化させている。

多くのレバノン人にとどめの一撃となったのは、2020年8月4日に発生したベイルート港の壊滅的な爆発だった。この爆発で少なくとも218人が死亡、7千人が負傷し、150億ドル以上の物的損害が発生し、推定で30万人が家屋を失った。

これらの危機が同時的に発生したため、最上層の多数の医療専門家や教育者を含む何千人ものレバノンの若者が、より多くの機会と安全を求めて海外に向かった。

もはや失うものは何もないと感じている国内残留組にとって、密入国斡旋業者に金を払い、地中海の対岸のEU諸国に不法に送り届けてもらうという考えは、明らかな危険にもかかわらず、ますます魅力的になっている。

4月、84人を乗せた船がトリポリ付近のレバノン沖合で海軍に阻止され、転覆した。救助されたのは、乗船者のうちわずか45人だった。赤ん坊1人を含む6人が溺死したことが判明している。残りの人たちは公式には行方不明に分類されている。

「2年ほど前に親戚が夫と幼児を海で亡くした。その悲劇は今でも家族を苦しめている。それでも、私は次の機会に船に乗り込もうと考えている」と、アブ・アブドラ氏は語った。

レバノンで暮らす何百万人ものシリアやパレスチナ出身の難民にとって、状況はさらに厳しいものだろう。長く下層階級として扱われ、各種の雇用や福祉の恩恵を受けられなかったこの人たちの多くが、現在、このまま留まり続けるか、危険な渡航を企てるかという同様のジレンマに直面している。

レバノン北部の都市トリポリの沖合で移民船が転覆し、兵士が生存者を捜索する中、桟橋で待機する衛生兵。少なくとも6人が死亡し、約50人が救助された。(AFP)

「シリアでの戦争を逃れ、レバノンで3年暮らしました」と、元シリア在住パレスチナ人である23歳のイスラム・メジェル氏がギリシャの新居からアラブニュースに語った。

「陸路で合法的に渡航するためのビザを幾度となく申請しましたが、元シリア在住パレスチナ人の私にビザを発給してくれる国などありません。私はレバノンから逃げ出しました。そうする必要があったのです。私は長男で、レバノンに残してきた家族の面倒を見なければなりません」

メジェル氏は、ギリシャに向かう海上で経験したつらく恐ろしい体験について語った。

「全員で50人いました。連中は私たちを2隻の小舟に振り分けました。乗船者が多く、船は持ちこたえることができませんでした。2隻目の船は沈没しました。何人かは助かりましたが、それ以外の人たちは海に消えていきました」

「ようやくギリシャの島にたどり着いたとき、船長は船底に穴を開け、無線で救助を要請しました。そして、去っていきました。死ぬ可能性が高いことは理解していましたが、トライするしかありませんでした」

何度も居住地を追い出された経験を持つ者も多い難民が、海外に安全や経済的機会を求めて極度のリスクをいとわない事実は、レバノンの社会経済的な崩壊がどれだけ深刻なものであるかを物語っている。

「レバノン在住のパレスチナ難民は、社会的・政治的な権利の制限以外にも、家屋や財産の所有禁止、自由な職業選択の禁止など、今回の危機以前から何重ものかせをかけられ、弱い立場に置かれていました」と、レバノン在住パレスチナ難民問題の研究者が匿名でアラブニュースに語った。

「今起こっている事態は、新型コロナウイルス感染症と経済崩壊という、時間をかけて形成された複合危機ですが、パレスチナ難民コミュニティが従来レバノンで直面していた弱い立場の上にさらに積み重ねられていったものです」

この研究者が複数の情報源から入手した情報によると、この数カ月間に、特に若者の間で、不法な移住が増加しているという。

ある有名な密入国斡旋業者は、空路レバノンを脱出させ、3つの空港を経由して欧州に運ぶのに、1人当たり5千ドル以上を請求するという。欧州に到着した移民は、身分証明書を破り捨て、難民認定を申請する。この空路での渡航の費用を賄えない人たちには、海路での渡航というより安価な選択肢があるが、リスクははるかに大きい。

しかし、研究者が接触した複数の情報源の話では、安価な選択肢でも密入国斡旋業者から天文学的な額を請求されるため、不法な移住は減少しているという。レバノンでは個人の経済状況は絶望的なものになっており、多くの人にとって、命を落とす可能性のある海上渡航さえ不可能になっている。

レバノン人の家族が命がけで脱出しようとしている。(AFP)

そのため、外国での雇用機会を求めるパレスチナ人の若者に就労ビザを提供するプログラム「国境を越えた人材(Talent Beyond Boundaries)」に応募する人もいると伝えられている。

内戦終結後、レバノンでは党派的なスローガンをちりばめた美辞麗句に代わって復興という言葉が流行り、市民や外国人投資家から将来性のある国と見られていた。

しかし、最近では、レバノン市民も近隣諸国から難民としてレバノンにやってきた人たちも、機会や経済的安定を海外に求めている。結果的に、レバノンは現在の危機からの回復に必要になる若い熟練労働者を奪い取られつつある。

レバノンの政治的麻痺が克服され、延び延びになった経済改革が実施されないかぎり、人間の潮流は止まないだろう、というのが衆目の一致した見解である。「レバノンでは来る日も来る日も屈辱を味わっていました」とメジェル氏は言う。「あれ以上もう我慢できませんでした」

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