モロッコ:モロッコ大地震の被災者の多くは、家を失い、心に傷を受け、場合によっては当局から見捨てられたと感じており、死を免れたもののこれから自力で生き延びなければならないことに不安を抱いている。
今回の大地震はモロッコの緊急対応リソースに大きな負担をかけている。大きな被害を受けた地域社会で立ち往生している人々の中には、大規模な援助物資が届かないことに怒ったりショックを受けたりする人もいた。
アトラス山脈の辺鄙な高地にあるミシラト村に住むハディージャ・アイトゥルキドさん(43)は残骸と化した村の中で、「ここでは皆、見捨てられたように感じています。誰も助けに来てくれません」と話す。
彼女は瓦礫の中で、「私たちの家は倒壊しました(…)どこに住めばいいのでしょうか」と問う。11日、この人里離れた小さな集落では死の臭いが空気中に漂っていた。
人口100人足らずのこの村の住民らの話では、地震で亡くなった16人の住民の遺体は回収されたが、石や材木の下敷きになって死んだ家畜が腐敗し始めているという。
村々全体を壊滅させた今回の大地震による死者は11日時点で2800人以上にまで増加しており、負傷者数もほぼ同数となっている。
別の被災者、モハメド・ブアジズ(29)さんが住むマラケシュ南方のムーレイ・ブラヒム村は、モロッコでは過去60年以上で最大のものとなったこの地震により大きな被害を受け、住民約20人が死亡した。
家を失った600人以上の住民のニーズに応えようと努めている地元団体「インティカラ」に加わっている彼は、「いくらか支援を受けていますが(…)十分ではありません」と話す。
同団体は地元当局や地域の寄付者からの支援を受けて、女性や子供たちが密集する9つのキャンプを即席で設営した。その際、男性たちは素手で瓦礫を撤去した。
その男性たちの中でも最も果敢な人々が危険を冒して村に残っていた建物の中に入り、マットレス、毛布、調理器具などの日常生活に不可欠な物を回収した。
マラケシュから南西に約300km(185マイル)のところにあるミシラト村では、モハメド・アイトゥルキド(28)さんが辺りを見回し、政府の援助活動従事者や救助隊が見当たらないと言った。
「当局を見かけたのは、この災害の数時間後に犠牲者数を数えに来た時だけでした」と彼は話す。「その後は一度も見かけていません(…)誰も私たちの所に来ません」
ミシラト村の住民らの訴えに政府はすぐには対応しそうにないが、内務省は11日、政府が被災者の支援を行っていることを強調する声明を出した。
同省は次のように述べた。「当局は負傷者の救助・避難・治療と、必要なあらゆる手段の動員を進めている」
当局の活動と並行して、ミシラトやその他の農村の近くの狭く曲がりくねった山道では民間が組織した食料、水、毛布などの援助物資の輸送隊が頻繁に見られた。
小規模業者のヤヒア・マンスールさんは、数十のフォームベッドを積んだトラックの運転席から、「兄弟たちに手を貸すためにここに来ました。彼らを助ける必要があります」と話す。
しかし、8日の大地震で壊滅した多くの村々におけるこれほどの破壊を前にして、官民による援助活動は全てのニーズを満たすのに苦労する可能性が高い。
地震発生から48時間以上が経過し、ムーレイ・ブラヒムでは水道が復旧しており、まだ残っているいくつかの家の浴室を複数の家族が共有していた。
被災者らは苦しい現状にもかかわらず、こういった僅かな日常生活らしさを味わいつつ、生きていることに感謝していた。
ハスナ・ザーレットさん(39)は、彼女が隣人らの手で瓦礫の中から救助された時に神が人生における2回目のチャンスを与えてくれたと話す。
しかし、薄給の日雇い労働者を夫に持つ3児の母である彼女は、家族が間もなく屋内で寝られるようになるとはほとんど期待していない。
慈善団体「インティカラ」のブアジズさんは、「ここでは誰もが貧乏です」と言う。
AFP