Since 1975
日本語で読むアラビアのニュース
  • facebook
  • twitter

激化する意地の張り合いによって存在そのものが危機に瀕するレバノン

シリアとレバノンの国境のジュロウド・アルサルで、対戦車砲の前に佇むヒズボラ戦闘異。(ロイター通信)
シリアとレバノンの国境のジュロウド・アルサルで、対戦車砲の前に佇むヒズボラ戦闘異。(ロイター通信)
Short Url:
20 Feb 2024 12:02:29 GMT9
20 Feb 2024 12:02:29 GMT9

過激主義的なイスラエルの指導者たちはレバノンに対して執拗に戦争の太鼓を叩き続け、燃え上がる地域紛争の火の手は言論の戦いによってさらに煽られている。イスラエルのヨアフ・ガラント国防相は、対ヒズボラの軍事行動の強化を確言し、イスラエルは「ベイルートやその他の方向に向けて」国境線から50 kmのレバノン内部まで攻撃し得るとの警告を発した。

ヒズボラの指導者であるハッサン・ナスララ師は、返報として、ヒズボラの有する「精密ミサイル」はイスラエル北部のキリヤット・シュモナから南部のエイラトまで全域を標的にし得るとの威嚇を行った。ナスララ師はさらに、「敵であるイスラエルは自らが行った攻撃を自らの血で償うことになる」と断言し、「戦地での抵抗活動を激化させる」と確言した。

2024年2月第3週のミュンヘン安全保障会議において、イスラエルのイスラエル・カッツ外相は、7万人に及ぶ退避を余儀なくされたイスラエル人たちを自宅に戻すための「外交的解決策が見当たらない場合には、イスラエルはヒズボラを国境から排除する軍事行動を取らざるを得なくなくでしょう」と警告した。「その場合、レバノンも大きな代償を払うことになるはずです」と、カッツ外相は述べた。カッツ外相は、この紛争により10万人近くのレバノン人も退避せざるを得なくなっていることには言及しなかった。この人数は、イスラエルが本格的な侵攻を実行した場合にはさらに増加するはずである。既に破綻しているレバノン経済は、16億米ドルとも推定されているさらなる損害を被った。

新聞の世論調査によると、レバノンに対する大規模な軍事作戦をイスラエル人の71%が望んでいる。政治的致命傷を負っているイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、人気回復のためであればそれが妄想的な手段であるにせよ、本格的な軍事行動の開始への圧力に抗しきれないかもしれない。ヒズボラの有する大量のミサイル兵器とイスラエルによる米国兵器への無制限アクセスを考え合わせると、そうした軍事行動がイスラエルとレバノン双方にとってとてつもなく破壊的だとしてもである。

この紛争激化の目まぐるしい軌跡は、報復の応酬のサイクルがいかに自己加速的であるかを示している。最近数日間、イスラエルは、ナバティエとアルサワナを攻撃し、多数の民間人を殺傷するに至った。そして、ヒズボラは、報復として、イスラエル北部に、数十発のロケット弾を発射した。これまでのレバノン人の死者数である200人には、170人以上のヒズボラ戦闘員が含まれている。

この軌跡は、イランの革命防衛隊幹部の暗殺を初めとするシリアにおけるイランの傀儡勢力の軍事資産に対するイスラエルの仮借ない空爆によってさらにはっきりと取り返しのつかないものになった。ヒズボラと連携している民兵組織は、紛争が本格化した際に拡大した北部戦線でイスラエルと確実に戦火を交える事を目的として、シリア南西部での存在感を強めている。

イスラエルのタカ派軍人たちの見解では、ベイルートやダマスカス、バグダッド、サヌアを結ぶイランの傀儡勢力は包囲網を構成しつつあり、イスラエルはこの「抵抗勢力」の集結が優勢となってしまう前にそれに打撃を加える必要があるのだという。実際、イスラエルとイランの直接対決は、イラン全域のガスインフラに対する一連の破壊的が妨害攻撃により、既に開始されているとも言い得る。イスラエルは、過去においても、イランの軍事施設や核施設に対してそうした戦術を用いてきた。

私たちは皆、がガザ地区の人々の側に立っている。しかし、この地獄のような意地の張り合いの巻き添えでレバノンというかけがえのない国家が徹底的に破壊されることを受け入れたとしても、それはパレスチナの大義の前進を促すことには全くならない。

バリア・アラマディン

2023年10月7日の襲撃の直後、復讐に燃えるネタニヤフ首相がヒズボラに対して即時的かつ大規模な攻撃を実行することを阻止し得たのは、米国の懸命の外交介入があってこそだった。ネタニヤフ首相とジョー・バイデン米大統領の最近の関係悪化によって、イスラエルの軍事方針を抑制する米国の能力と姿勢は弱まっている。紛争の終結に向けて尽力しているにも関わらず、米国はイスラエルに大量の追加兵器を届ける準備を行っているのだ。

この危機の打開に向けたフランスと米国の取り組みは、国連決議1701号の履行、すなわちヒズボラのリタニ川以北への撤退が前提となっている。ヒズボラに政治的譲歩が提示されない限り、この取り組みが功を奏する見込みはあまり無い。ヒズボラへのそうした政治的譲歩は、レバノンにとって不安定化要因となり得る。そして、もし、イスラエルが、ヒズボラを強制的に撤退させようと軍事介入を行った場合、大惨事の発生は不可避である。

ガザ地区における虐殺は世界的な怒りを引き起こしたが、レバノンでの戦争の場合は全く異なる展開となることが予想される。その理由は、まず第1に、レバノンでの戦争は米国や欧州諸国、そしてアラブ諸国をさらに深く巻き込んだ紛争となるためである。そして、第2の理由は、世界規模でのディアスポラによって、大きな影響力を持つ人々を含め多数のレバノン人が世界中に散らばって生活しているからだ。南部の田園地帯のレバノン国民の大多数はシーア派であり、自らの家を建て、一家を成すことに大きな誇りを持っている。2006年のレバノンン侵攻時の大規模な破壊や最近数週間の空爆は、彼らにとって、強い精神的衝撃となった。同様に、砲撃やリン弾、クラスター爆弾の農業への影響は、労働者の退避も相俟って、この地域にとって深刻な打撃となっている。既に多くのものを奪われたレバノン国民たちは、さらに過酷な運命が待ち受けているのではないかと怯えているのだ。

ネタニヤフ首相にとって、政治的選択とは権力の座に留まるための方策である。バイデン米大統領は、自身の再選おいてガザ地区ついての政策を要件の1つとしている。ヒズボラの指導者であるナスララ師は、イスラエルの好戦的な言辞に対する返報として威嚇を繰り返す。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、面子を失うことを避けようと、自国の紛争の長期化を図っている。国際政治は、気取った態度や武力の誇示による意地の張り合い、そして、開戦に向けた挑発的発言に満ちた遺恨試合の様相を呈してしまっている。十字砲火を浴びている数百万人の民間人たちを一顧だにしない指導者たちが撤退を拒否しているため、レバノンやイスラエル、ガザ地区、そしてより広範な中東地域全体が壊滅の危険に晒されているのだ。

ネタニヤフ首相は、二国家解決策を破棄するという自身の生涯を貫く目標を隠そうともしていない。紛争が激化している現況や世界的な混乱、国際機関の機能不全、非現実的な過激主義的解決策を目指す復讐に燃えたイスラエル国内のタカ派内部での意見の一致は、パレスチナ人国家建設の夢を破壊し尽くし再生不可能にする完璧な機会をネタニヤフ首相に提供している。

ヒズボラのナスララ師が戦争を望んでいるとは誰も考えていないが、同師は自身の用いる火を吐くような表現と自身の金主であるイランの意図の操り人形となってしまうことがあまりにも多い。ナスララ師は、2023年2月第3週、レバノン国民に向けて、「私たちには今2つの選択肢があります。抵抗か、降伏かです。抵抗の代償は非常に低く、降伏の代償はあまりにも高いのです」と語った。2006年のレバノン侵攻時、イスラエルがレバノン南部をどのように焼き払ったか、ナスララ師の記憶はガザ地区での虐殺によって蘇りはしなかったのだろうか?

イスラエルの極右政権は、レバノンを破壊し、パレスチナ人国家樹立の願望を粉砕するためには手段を選ばず、アラブ人の民間人たちを四方へと追い散らしている。イスラエルとヒズボラの挑発合戦は、互いに向かって突進する2台のレーシングカーに似ている。落ち着いて考えてみれば、民間人の生命を最も重要視してこの衝突コースから離脱しなければならないはずなのだ。紛争の地域化を防ぐ唯一の方策は、ガザ地区での大量殺戮を直ちに中止することである。

私たちは皆、がガザ地区の人々の側に立っている。しかし、この地獄のような意地の張り合いの巻き添えでレバノンというかけがえのない国家が徹底的に破壊されることを受け入れたとしても、それはパレスチナの大義の前進を促すことには全くならない。

  • バリア・アラディン氏は、受賞歴のあるジャーナリストで、中東および英国のニュースキャスターである。彼女は『メディア・サービス・シンジケート』の編集者であり、多くの国家元首のインタビューを行ってきた。
特に人気
オススメ

return to top