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ヨーロッパ、トルコ、そして刻々と時を刻む時限爆弾

シリアのアル=ハサカ県で外国出身のIS戦闘員の家族の収容のためにクルド勢力が管理するアル=ホル難民キャンプで遊ぶ子供たち。(資料写真/AFP)
シリアのアル=ハサカ県で外国出身のIS戦闘員の家族の収容のためにクルド勢力が管理するアル=ホル難民キャンプで遊ぶ子供たち。(資料写真/AFP)
11 Nov 2019 02:11:56 GMT9

来月のNATOの首脳会議は緊迫した会合になるだろう。ひょっとすると、同機構が第二次世界大戦の終結を受けて発足してから、最も緊迫したものになるかもしれない。ヨーロッパの加盟国からは、内戦で壊滅的な被害を受けているシリアにトルコが侵攻したことに対して毅然とした対応をとっていないアメリカの無計画なシリア政策に関して説明を求める声が上がるだろう。

アメリカとトルコはNATOで最大の軍隊を備えており、その両国の動きはNATOの中核理念にそぐわないものである。NATOは共同での安全保障、防衛上の協力、及びより大きな地政学的な目標を共に目指すことを理念としているはずである。

アメリカ政府が同盟関係にありテロ対策の極めて重要なパートナーであるクルド人を見捨てた今、NATOには未曾有の危機が訪れている。トルコ政府は何がなんでもトルコの南側の国境でクルド人が原始的国家の樹立を目指すのを制止しようとしている。

さらにトルコは、ロシアからNATOのシステムとは互換性のないミサイル防衛システムを90億ドルで購入し、またNATOの地政学上の最大のライバルであるロシアとシリアで共同警備を行なっており、二重にNATOの前例を覆している。

12月3日に予定されている会議が始まる前から大きな嵐の雲が既に渦を巻き始めており、NATOの協力体制にさらなる危機が生じている形だ。

トルコは、現在トルコの刑務所に収容されているIS戦闘員を、早ければ来週にも出身国に送還すると発表した。トルコ政府の報道官の当初の発表によれば、トルコ当局は19の国出身のISの戦闘員約242人を拘束しているとのことだった。

しかしレヂェップ・タイイップ・エルドアン大統領による発表の中では、元IS構成員の数は女性と子供を含めて1149人に上方修正された。このように数が定まらないことからは、現在進行中の混沌とした状況が見て取れるのかもしれないし、現段階では発表されていない目標のために緊急性を高く提示しようとするトルコ政府の策が見て取れるのかもしれない。

残念ながら、ISは既に長きにわたってその幹部の力の範囲を超えて大きく成長しており、収容施設や収監施設はあってもISは無くなっていないのだ。

ハフェド・アル=グウェル

それでもこの発表で、ヨーロッパ諸国は不意打ちを食らった形だ。各国はISに向かった問題人物については市民権を剥奪して、イラクまたはシリアで裁判を受けて収容されることを願う、というところに揃って落ち着いた。そもそもISの犯罪と違法活動はイラクやシリア国内で行われたものであり、ヨーロッパの裁判所はどの容疑についても自国で裁判を行ったり何らかの形で収容したりする権限を持たない。

しかしシリアではまだ内戦が終結しておらず、司法機関は著しい機能不全に陥っている。イラクは内戦後で国内が不安定な状況から抜け出せておらず、また現在は抗議活動が展開されている。つまり、どちらの国もヨーロッパが望むようにはIS戦闘員を裁いて収監する能力を有していないのである。

もちろん、本国送還された人物はテロの監視リストに載るかもしれないが、それでもヨーロッパのテロ対策機関はこれらの元IS戦闘員は社会に対して危険をもたらす存在であるということを合理的疑いの余地なく証明しなければならない。ある特定の送還された人物らがシリアまたはイラクに滞在中に出身国を標的とするテロ計画に関わっていたということを完全に結論づけることができない限り、ほとんどのヨーロッパの裁判所では嫌疑不十分となってしまう。

現実には、本国送還された人物のほとんどは、送還後一切の裁判にかけられない可能性がある。そうなればこうした人物は、刻々と時を刻む時限爆弾として社会に再度溶け込んでしまい、その脅威を抑制するには、潜在的脅威の監視しかできないテロ対策機関に多大な労力が強いられることになる。既に多くのテロ対策機関は、5年にわたったISによる支配下の状況や収容所の状況に鑑みれば、元戦闘員(その家族を含む)が平和的に社会復帰するのは不可能だと警告している。また、自国から元戦闘員らを可能な限り遠ざけておきたいという方に世論は大きく傾いており、社会復帰させることは政治家にとって自殺的行為である。

また、ヨーロッパがトルコ政府のこの動きを批判するにあたり、ヨーロッパにとっては切り口になり得るさらなる背景が存在する。ISに向かった人物の多くはイスタンブールまで航空機で移動し、そこから長距離バスでシリアに向かった。それには成人女性や少女も含まれる。トルコはこうした人の移動を迅速に止めるのを怠っており、それによって実質的にISの成長を手助けした、そしてそのため今度はトルコがISの残党の一部を引き取って責任を果たす番である、というロジックである。

さらにトルコは、シリアに侵攻して現在の危機を作り出した張本人である。標的となったクルド人の拠点のうちいくつかにはIS関係者が収監されていた施設であり、そのことをトルコ政府は把握していたのだ。なぜトルコ政府はクルド人勢力(とアメリカ軍)に撤退を強いた後に収監されているIS関係者に対処する計画やプログラムをなぜ先に練っていなかったのか、疑問に思わざるを得ない。

これは重要な疑問である。というのも、ヨーロッパが元IS戦闘員とその家族の本国送還を拒否した場合、戦闘員らは解放されるということになるのだろうか。そうであれば、市民権を剥奪された彼らはおそらく、解放後には今なおシリアやイラクの一部に多く存在する大きな裂け目を拠点化してしまうだろう。

ISの指導者であるアブー・バクル・アル=バグダーディー容疑者がアメリカ軍によって殺害されたこと、そして不倶戴天の敵と見ているクルド人に敗北して収監されたことに激怒し、ISがはるかに危険な組織となって戻ってくる可能性もある。ISの残党がどの勢力を標的にするかは簡単に想像でき、クルド人への敵意に鑑みれば、トルコ政府はそれに期待をかけている可能性もある。実際クルド人への敵意から、既に散発的に殺害事件が発生し、民族浄化作戦が行われているのではないかとの噂すらあるのだ。

トルコは、コバネ、カーミシュリー、及びダイリクのIS関係者の収監施設と、ロジのISの関係者とみられる人物の家族を収容している施設がある地域を管理下に置いている。もしトルコ政府が本当に噂通りこれらの施設の収容者を解放するつもりであれば、ヨーロッパで本国送還の問題についての対応が遅れていることにも確実に、この危機の責任の一部があることになる。

もちろん、本国送還されたISの容疑者やその家族を収監しても、解決する問題より発生する問題の方が多いため、簡単な解決策はない。ヨーロッパの刑務所は、とりわけ収容者に占めるイスラム教徒の割合が不釣り合いに多いフランスでは、さらなる過激化の温床となってしまうからだ。トルコの不器用なアプローチにも危険は潜んでいる。もし元収監者が、以前に増して正体が掴みづらい強力なテロ組織を再度立ち上げてアメリカやヨーロッパを標的にできるようになれば、トルコ政府は同盟国からさらに孤立する危険があるのだ。

究極的に言えば、現在の状況はインポッシブル・マトリックス、つまり関係者全員が損害を被る可能性のあるもどかしい板挟み状態なのだ。誰もISが戻ってくることを望んでいないが、トルコの発表によって、ISが戻ってくる条件が揃うことになる。同時に、収容所の状況悪化のため暴力事件が増加し、脱獄や脱獄の試みが増えているにも関わらず、何千人にものぼる収監された容疑者とその家族に関して恒久的な解決策を見つけるためのインセンティブがほとんどない状態だ。

世界全体にとっては、ISを打倒して幹部を殺害できたことは重要な成果であり、とても歓迎されるべき「成功」だった。残念ながら、ISは既に長きにわたってその幹部の力の範囲を超えて大きく成長しており、収容施設や収監施設はあってもISは無くなっていないのだ。さらに、シリアとイラクが不安定である限り、ISは再度出現してはびこる可能性がある。そうなればISは、イラクとシリアから領土を奪って樹立しようとした原始的国家よりもはるかに危険な、これまでとは異なる形で返ってくる可能性すらある。

ハフェド・アル=グウェルは、ジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院の外交政策研究所で外部シニアフェローを務める傍ら、国際的な経済コンサルタント会社のMaxwell Stampと地政学上のリスクに関する助言を行うOxford Analyticaでシニアアドバイザーを務めている。Twitter: @HafedAlGhwell

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