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レバノンのデモ参加者はメッセージのいかなる変更にも用心すべき

レバノンのジャルエルディブ地区にある高速道路で行われた反政府デモで、スローガンを叫ぶデモ参加者たち。2019年10月24日撮影。(ロイター)
レバノンのジャルエルディブ地区にある高速道路で行われた反政府デモで、スローガンを叫ぶデモ参加者たち。2019年10月24日撮影。(ロイター)
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19 Mar 2021 10:03:57 GMT9
19 Mar 2021 10:03:57 GMT9

数か月前、新しいキャッチフレーズがアナリストやデモ参加者の間で人気となった。レバノンの状況を言い表したキャッチフレーズである。「Lebanon is ruled by a religious militia and a political mafia(レバノンは宗教的な民兵と政治的なマフィアに支配されている)」というフレーズは、瞬く間にテレビやソーシャルメディアでヒットした。いつの間にかこのフレーズは、2019年10月のデモ勃発以来デモ参加者の要求を象徴してきた「All means all(すべてというのは全部のこと)」に、あっという間に取って代わったのである。だが、この現象から明らかに見えてきたのは、要求が非強化されつつあるということだった。名前がなくなったことで、政治的なマフィアが誰なのか、さらには宗教的な民兵が誰なのかを自由に推測できるようになったのだ。一見すると無邪気に見えた変化も、私に言わせれば、実は慎重に作り上げられたものだったのである。

そして今では、どうやらこのギミックすらダウングレードされているようだ。同じコメンテーターたちが「宗教的民兵」の部分を削除したため、フレーズは「レバノンは腐敗した政治家に支配されている 」と化したのである。これが個人的なリスクを回避するためなのであれば、理解もできる。最近起きたロクマーン・スリム暗殺事件で、ヒズボラとその指導者ハッサン・ナスララに真実を告げることがいかに危険なことかを、誰もが思い知らされたからである。だが、私が思うに、これには明らかにヒズボラから焦点をずらす意図があったのではないだろうか。ヒズボラだけではない。いわゆる野党の中にいるヒズボラの信奉者たちからも焦点をずらし、新たな政治的取引に一役買うように仕向けたのではないだろうかと思われるのだ。

「腐敗した政治家」に焦点を当てるということは、単にそれが無駄であるだけでなく、レバノン変革の目的とすべきことから逸脱することにもなる。ある意味では、2005年に野党が犯したのと同じ過ちだ。当時のオマール・カラミ首相を辞任に追い込んだ後、レバノンの広場に集まった何百万人もの人々が大統領官邸に向かって行進し、エミール・ラフード大統領に辞任を迫ろうと呼びかけたのに対し、宗派間の反発を恐れた野党は、そこまでの大胆な行動を取ることを拒否し、首相の退陣だけで満足してしまったのである。

それでもとりあえず、大きな成果は達成できた。シリア軍が撤退し、数十年に及ぶ屈辱的かつ暴力的な占領に終止符が打たれたのだから。だが残念なことに、野党が中途半端な対応をしたため、この占領はヒズボラに引き継がれてしまった。ヒズボラは、イラン・シリア枢軸の保証人となり、イラン政府に有利なようにバランスを再調整するようになった。このことは、イスラム革命防衛隊とヒズボラがアサド政権を支援するために出陣したことで一層明らかになった。

今日、多くの人の目には、2005年当時の野党と親シリア政権陣営の境界線は曖昧なものとなった。犠牲者がますます共犯者のように見え、葬儀の場で見慣れていた殺人者が、今では犠牲者の結婚式にも招かれるようになった。こうした理由から、反対派のスローガンからヒズボラを外すことは、間違いだと言えるのである。これはつまり、すべての暗殺、そしてすべての屈辱を、忘れてしまうということなのだ。

実際、現在のパワーバランスであれば劇的な変化は望めないことから、自由レバノンにとって本当の敵は誰なのかを、たとえ匿名であっても言い続ける必要がある。もう一度言うが、レバノンは「政治的マフィアと宗教的民兵」に支配されているのではなく、ヒズボラという名の外国の代理勢力に占領されているということを、はっきりと口にする必要がある。政治エリートやその腐敗は、この占領の副作用なのであり、シリア占領中に存在し、政治的・公的生活のあらゆる面で根付き始めた、腐敗の継続なのである。

国家の上に国家があり、それがヒズボラなのである。主権の上に権威があり、それがヒズボラなのである。レバノン軍の上に武力集団があり、それがヒズボラなのである。法の上に立つアクターがおり、それがヒズボラなのである。二番煎じのようなアナリストたちが政治的マフィアに非難の目を向け、これについて我々に説教しようとするたびに、こうした者たちには、レバノンはヒズボラに占領されており、これがこの国の腐敗の原因なのだという、揺るぎない真実を思い出させるようにしなければならない。

無影響性ということでは、現在のところ「腐敗した政治家」に焦点を当てている声が、やがて「政治的マフィア」に属する者とそうでない者を選別するようになったとしてもおかしくはない。そしてこうした声は、人々の期待を背負いながらも、その期待を誤魔化すようになり、さらにはその期待を消し去ってしまうことになるのだ。

政権やその業務プロセスを理解しようと思ったら、昔の新聞に載った中央銀行についての見出しをさっと見ればよい。制度化されたねずみ講であるという以上に、この国がシリアに占領されてからというもの、中央銀行は群れ単位で運営されてきたのだ。政財界の各勢力は、他の勢力に知られることなく取引を行うことができたし、秘密があれば、それがシリアの利益、さらにはヒズボラの利益につながる限り、しっかりと守られていた。イラクがマネーロンダリングしやすいようにしていたという噂から、政治的には暴露されていたビジネス界の大物たちの取引を助けていたという噂までが飛び交っていた中央銀行だが、どうやら、あらゆる政治家やその側近 — これぞまさに、「すべてというのは全部のこと」 ­— が中央銀行にお世話になっていたらしいし、中央銀行のお蔭で商取引を成立させることができていたらしい。

もうひとつ明らかなのは、こうした政財界勢力のパーティーを終わらせたのが、ヒズボラの違法な金融活動に対する米国司法省の措置だったということだ。避けられないと思われた制裁措置の決定後、中央銀行はもはやヒズボラの銀行業務を許可できなくなったのだ。そこで、ヒズボラは簡単な命令を下した。銀行業務を停止させたのだ。誰も中央銀行を使えないようにしたのである。これこそが災いの始まりなのであり、ヒズボラに便宜を図ることを目的とした腐敗の始まりの明確な証拠でもあるのだ。このせいでその後、自分たちにも分け前が欲しいという者が現れるようになったのである。シリア占領下で起こっていたのと、まったく同じように。

レバノンはヒズボラに占領されており、これがこの国の腐敗の原因なのだ。

ハーリド・アブ・ザハール

そんなわけだから、現在レバノンポンドが対ドルで最安値を更新し、国の経済が破壊されているのは、「政治的マフィア」のせいではなく、ヒズボラがレバノンを占領し、レバノンから資産を搾れるだけ搾り取っているからなのである。政治エリートは、国の占領という、呪われた病気の副作用なのである。

路上で高まっている怒りや絶望は、暴力に発展するかもしれない。そうなれば、これらのキャッチフレーズもすべて無意味なものになってしまう。こうした文脈においては、「すべてというのは全部のこと」から「レバノンは宗教的な民兵と政治的なマフィアに支配されている」へ、そして「レバノンは腐敗した政治家に支配されている」へとキャッチフレーズが次々に変化していったことなど、些細なことのように思えるかもしれないが、デモ参加者は、その背後にある意図に注意すべきである。そして、メッセージも、1つに集中してほしい。すなわち、「レバノンはイランのヒズボラに占領されている。軍隊はいつになったら国民と一緒になり、主権と名誉を我々の国旗に取り戻すのか」というメッセージである。

  • ハーリド・アブ・ザハールは、メディア・ハイテク企業であるEurabia社のCEOであり、Al-Watan Al-Arabi紙の編集者である。
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