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イドリブの血であがなう、ロシア・トルコ・イランの覇権をめぐる争い

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17 Feb 2020 08:02:49 GMT9
17 Feb 2020 08:02:49 GMT9

この数週間のうちに、シリアのバッシャール・アサド大統領の残忍な軍事作戦により、イドリブ在住の70万人のシリア人が故地を去ることを余儀なくされるという、痛ましくも惨憺たる光景が見られた。ミャンマーがロヒンギャに対しておこなっている大量虐殺と規模において匹敵するが、こちらへ寄せるメディアの関心はほんのお情け程度だ。シリアには内戦前には2,200万の人口があったが、その半分は目下国土から退去させられ、ことにイドリブ難民の多くは数次にわたる退避を飲まされた。極度の寒さから、弱い者を筆頭に亡くなっていっている。届けられる援助物資がまるで足りていないことの証左だ。

が、これは、地政学的泥沼に覆い隠された人道上の悲劇だ。この数日でシリア政府軍とイランの代理勢力はトルコ兵13人を殺害、トルコの監視哨を包囲した。トルコは報復し、シリア政府軍と民兵数十人を殺害した。激怒したエルドアン大統領は、再度トルコ兵が攻撃を受ければ、軍を動員しシリア政府軍を押し出し「どこであろうと」標的に打撃を与えるとしている。数えきれぬ人々が虐殺されたこの惨劇の結果、300万の難民がトルコへ逃げ落ちるおそれがある。トルコにはすでに350万人のシリア難民がいる。

他方で、米国の支持を得たイスラエルはシリアおよびイラク国内であからさまにイランを標的にした攻撃を躊躇しなくなっている。先週はダマスカス空港でイスラエルの空爆によりイランのイスラム革命防衛隊(IRGC)隊員が殺害された。アサド政権のイドリブ殺戮作戦に用いられる軍需品を輸送するイランの航空機をねらったことは明らかだった。シリア国内の革命防衛隊を対象とした攻撃はこのほかにもこの数週間で数十回はあり、呼応するように米国も革命防衛隊の域内資産をつぶす姿勢を鮮明にしている。わけても目立つのは、ガーセム・ソレイマニ司令官暗殺、フーシ派へ向けたイランの輸出兵器の押収だ。ヒズボラなどの貴重な代理勢力すら米国の制裁により大幅な財源縮小を余儀なくされており、こうして情け容赦もなく軍事的圧力をかければ、イランは国外で戦争をあおる行為に使える資金を枯渇させざるをえない。

シリア東部でトルコ軍がアラブ系民兵を指揮しておこなっている虐殺行為や民族浄化は人権団体が記録しており、その一方で米軍も先にアサド政府支持者らとの小競り合いを演じている。クルド人とアサド政権はエルドアン憎しで共通することからさらに接近しかねず、そうなると、戦略的に重要な東部に対するイランの影響力拡大を許す一因にもなりうる。

トルコとロシアは対立関係にありながら、そのシリア国内の影響圏を分け合う形でこれまでのところ比較的友好協力関係を保っている。ヴラジーミル・プーチン大統領とエルドアン氏による2018年のソチ合意ではイドリブに非武装地帯を策定しているが、これはトルコ軍・ロシア軍が監視者の役を任ずるためのものだ。両首脳は今回の緊張拡大のあとに電話会談をおこない、ロシアの代表団と米国のジェームズ・ジェフリー特使がアンカラを訪問している。

シリアで何人が死んだか。以前60万人まで数えられたことはあるが、その後増えすぎてもう誰も数えようとしていない。おそらく今は100万人を超えている。

バーリア・アラムッディーン

イドリブ和平には桁外れの費用がかかることをアサド氏に認めさせるうえで、ロシアは決定的な役割を果たすことになろう。アサド政権にはロシアのとてつもない支援なしにはイドリブ地域奪還の見込みがほぼないからだ。プーチン氏にとっては長く困苦に満ちた軍事作戦から得られるものはほとんどなく、トルコとの関係のほうを高く値踏みしているはずだ。

にもかかわらず、関係国すべてが目下、狭小な利益を極限まで増やそうとあらゆる手を尽くして角逐している。

エルドアン氏が何度となく自国の難民を強制的に欧州へ引き渡すといった底意地の悪い選択肢をちらつかせているおりもおり、欧州各国の外交当局は主要な関係国に働きかけて緊張緩和に汗をかくべきだ。欧州諸国は、この戦争がだらだらといつまでも続いていても我関せず、といった態度を捨てねばならない。大量の難民移動、テロ、地域全体にわたる不安定化、そしてイランがその影響圏を欧州の南東端まで押し進めようとしている点を鑑みればそうせざるをえまい。

トルコとロシアがイドリブの問題で合意を見ることができれば、それに力を得て、両国はイランがシリア全域に関与している状況を断乎として抑えにかかるはずだ。ロシア・トルコ両国にとってイランにいられては長期的な自国の利害を損ねることになる。トルコとロシアは、厄介な出費を生むこの紛争が平和的に解決されれば利はあるだろう。他方でイランは戦乱の隙に乗じてその支配的な立ち位置を強化し、そうした危ういアラブ諸国を足場に多くの敵対国攻撃を図ることになる。ロシアは、イスラエルとのイデオロギー的なつながりに比べればイランとのそれは取るに足らない。なので、便宜的にイランと結んだ忌まわしき政略結婚などはとっとと解消できる。

シリアの死者数は60万人以上にふくれ上がってからは、数える者も絶えて久しい。今ではおそらく100万人を突破しているが、その何倍もが恐ろしい傷を負い、精神を傷つけられ、国外流浪のみじめさを味わい、将来の夢を絶たれて踏みにじられている。

トルコにしろロシアにしろイスラエルにしろイランにしろ、血塗られたシリアの残骸の上におのれの影響圏を確保するのに余念がないが、砂の上に描いた無意味な境界線にすぎない。シリア国民がついに圧制に打ち勝ち運命をみずからの手に取り戻すあかつきには、こうした国々は即座に一掃されよう。

自国民を虐殺するアサド氏とその一味、おためごかしのロシアやイランは目下、かつてない規模の反人権犯罪の罪を逃れた幻想に浮かれているが、だからといって5年いや10年のうちに情勢がひっくり返らぬとも限らない。

スーダンの新政権は最近、同国の前大統領で戦争犯罪人であるオマル・アル=バシール氏をハーグの国際刑事裁判所へ引き渡すことに前向きの様相だ。これが何よりの証拠となる。バシール氏のインタビューに赴いたときのことを思い出す。お付きの者たちからはハーグの話はせぬよう威圧を受けたし(そんなものどこ吹く風にしれっと尋ねてやったが)、被告の身になることなどありえぬと嘲笑していた。このときのお付きの者たちの一部が、バシール氏引き渡しの交渉をになう新政権に居抜きで取り込まれているのは何とも皮肉だ。同氏を引き渡せば西側の歓心を安値で買えるのだ。

とはいえ、国際社会が国際法を執行できぬことが再三再四繰り返され、シリアに対して恥ずべき無為無策であったことは近い将来ふたたび各国の指導者につきまといつづけるだろう。歴史の本に書いてあるというだけの話ではない。

バシール、アサド、ハメネイ、プーチンその他の戦争犯罪人に裁きが下され、その犠牲になった無数の人々の家族がついに救われることを願いたい。それとともに、シリアの愚かで醜悪な戦いを金輪際終わらせるべく、全関係国は一刻の猶予もなく取り組まねばならない。

  • バーリア・アラムッディーン氏は、中東およびイギリスで活動する実績あるジャーナリストで放送媒体にも出演。また、Media Services Syndicate編集人として多くの国々の指導者と面談している。

 

 

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