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王室からラウンドアバウトまで:サウジアラビアで成功したドイツ人建築家

29 Feb 2020
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Updated 01 Mar 2020
29 Feb 2020

Aseel Bashraheel

  • 37年前に王国にたどり着いたヴォルフガング・ツッペは、こう語った。 「こんなに素晴らしいプロジェクトを実現できる場所は他にどこにもありません。」

ジッダ:ドイツ人建築家ヴォルフガング・ツッペは、37年前にサウジアラビアにたどり着いてキャリアの新局面に乗り出したとき、自分がこの国で最も記念碑的な建造物やいくつかの誉れ高き宮殿を設計することになるとは考えもしなかった。

「新聞記事に、プロジェクトに相応しい建築家の誘致案内を見つけました」と彼は言った。 「応募したところ、王国側が感銘し、私は転換を図ることにしました。37年前、1983年頃のことです。」

ドイツのクレーフェで生まれたツッペは、王国へ移る前に、シャーの時代のテヘランに住み、仕事をしていた。 政権交代に伴い、そこでの贅沢な生活を離れ、母国に戻ることを余儀なくされたが、そこで自分の人生の流れを変える広告を見つけたのだ。

「私が建築に興味を持ったのは、アートと建物を組み合わせるからです。建築が私の夢であり、私は完全に正しかったのです」と彼は述べた。 「それが私の人生で多くの興味深い出来事に導き、私が出世し続けた理由です。スルタン・ビン・アブドゥル・アジズ・アル・サウード王子のための2つの宮殿を、彼の推薦で王室の他のメンバーとともに設計するまでになったのです。 」

ツッペは、人々が彼を愛したという国民の総意に賛成し故サルタン王子について好意的に語った。 ツッペは財布の中に、王子と一緒に写った自分と妻の写真を4枚入れている。 彼が出会う人々に誇らしげにその写真を見せると、多勢が王子について好意的なコメントと賞賛の言葉を返したと語った。

スルタン王子に初めて会う前、ツッペはマネージャーから、他に誰も同席しないよう間違いのないようにと言われた。 当日になり、建築家は妻とともに家で座って王子を待っていた。王子は午後6時に到着予定だった。

「6時ちょうどにドアが開き、王子は御自身で入ってきて、警備員も警察も運転手もいませんでした」とツッペは語った。 「スケッチを見て、彼はデザインをとても喜びました」

彼は王子が喜んで次のように言ったことを憶えている。「ああ、素敵ですね。helo、helo(アラビア語で美しいという意味の言葉)」

すべての王族がそれほど愛想がよく現実的なわけではない、と建築家は付け加え、次に起きたことを思い起こした。

 

「その後、彼は私に尋ねました、『お茶はありますか?』 それに答え、私はマネージャーが言ったことを彼に伝えました」とツッペは続けた。 「彼が立ち上がり、私の腕を取り、キッチンの場所を尋ねたので、彼をキッチンに案内しました。王太子となる方を私のキッチンに案内したのです。彼はケトルを持ち、 蛇口から水を入れて、ガスを自分で点け、ケトルをストーブにのせ、水が沸騰するのを待ちました。それから彼はこう言いました。『今、私たちはあなたの奥様のためにお茶を入れています』と」。

ツッペは、多くの重要で高位の人物に会ったが、スルタン王子のような人はいなかったと語った。 王子の地位にある人ながらこんなに現実的なので、ツッペは彼を本物の男だと思った。

それはツッペの人生における素晴らしい瞬間だったが、そこにたどり着くまでの彼の旅は容易ではなかった。 彼の母親との関係は敬意と愛情があったが、父親は、息子が建築を学ぶために家業を拒否したとき、支持も理解もあまり示さなかった。

「父は私に言いました、 『お前は私にひざまずいて、物乞いをするだろう。“お父さんのために、何かさせてください。お金が欲しい、私はお金が全くないのです”と。』今日という日まで、私はそれをけして忘れませんでした。 父を尊敬していますが、母との関係ほど父とは親密ではありません」と彼は言った。

ツッペは、父が間違っていることを証明した。スルタン王子のためだけでなく、他の王族のためにも宮殿を設計した。名前を明らかにできないがある王女の3,000平方メートルの宮殿をも含む。

「王女と出会ったのと同時に、テーブル上の紙に彼女のためのスケッチをすぐに作成しました」と彼は言った。 「彼女は言いました、『ああ、おもしろいですね!私は7人の建築家とすでに取り組んでいて、明日ロンドンへのフライトなのです。ロンドンに来ていただけませんか?』と。私は 『喜んで』と言いました。」

ツッペは一息ついて、精巧な2階建ての宮殿の2つの大きなスケッチを引っぱり出した。 彼が王女にそれらを見せたとき、彼女は驚愕し、「素晴らしい」としか言えなかった、と彼は述べた。それが彼の最も尊敬するクライアントの1人とのコラボレーションの始まりだった。

「彼女に自分の絵を見せたとき、私は報酬がいくらなのかを気にしませんでした。気になったのは財産ではなく名声だけでした。」と彼は言った。 「私は決して連絡先は尋ねなかったし、必要ありませんでした。しかし、私は良い報酬をもらいました、そして時々、王女は私が去る前に私の手元にお金を残しました。」

将来を見据えると、ヴォルフガング・ツッペは引退予定はなく、NEOMスマートシティを含む今後のサウジアラビアのプロジェクトに参加し、より多くの宮殿を設計することを望んでいる。 (AN 写真Huda Bashatah撮影)

ツッペはホテル、モール、空港などの無数の商業プロジェクトに取り組んできたが、彼の最も際立つデザインの1つは、ジッダのアルハンダサ・ラウンドアバウトを飾る記念碑的ランドマークである巨大な「コンパス構造」である。 コンパス、分度器、三角定規、ルーラーなど、技術図面ツールの巨大な模型を表現している。

ツッペは仕事をしていないとき、自分が所有する5台のオートバイの1つによく乗る。 機械への彼の愛は長い間遡り、彼の妻と娘にも影響を与えた。

「ベルリン大学で勉強している間、私はしばらく休みを取って日本に行きました」と彼は言った。 「小型のオートバイ(SR300相当の額)を見つけて購入しました。レッスンを受けたことも経験もありませんでしたが、それを手に入れ、今ではヤマハVMAXを持っています。 そして、ここサウジアラビアで女性がそれを試すのを見ることができ、とてもうれしいです。」

王国での長年にわたる功績が認められ、2014年にドイツ連邦大統領ヨアヒム・ガウクからツッペにドイツ連邦共和国の功労勲章が授与された。

将来を見据えると、彼は引退する予定はなく、NEOMスマートシティを含む今後のサウジアラビアのプロジェクトに参加し、より多くの宮殿を設計することを望んでいる。

「こんなに素晴らしいプロジェクトが実現できる場所は他にどこにもありません。」と彼は言い、これがこれほど長い間自分が好んでサウジアラビアに留まっている理由だと付け加えた。

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