ドバイ:藤岡千尋氏は、Xtalsoft、スクウェア、アルファドリームで働いた経験を持つ日本人ビデオゲームデザイナー兼作曲家である。彼は主に『スーパーマリオRPG』のディレクターとして、またマリオやルイージのゲームに携わったことで知られている。
アラブニュース・ジャパンに独占的に、藤岡氏はビデオゲームのインスピレーションについて次のように語った。「1980年代初頭に初めてコンピューターに触れました。当時、コンピュータープログラミングを純粋に楽しんでいたので、ゲームのプログラミングを始めました」
「私が今までで一番好きなゲームは、初代プレステの『パラッパラッパー』です。ドラマーだからかもしれないですが、とにかく面白くて、かなりプレイしました」と彼は付け加えた。
ゲーム音楽作曲家としてのキャリアの確立について、藤岡氏は、高校生の時に趣味として作曲を始め、1980年代半ばにプロとして音楽制作の仕事をするようになったと語った。
「私の作曲のコンセプトは時とともに変化していますが、すべてに共通しているのは、ゲームの雰囲気に合った新しいものを創り出すということです」と彼は語った。
「私が初めて手がけたゲームは、1983年に発売されたPCゲーム『アースバウンド』(任天堂の『アースバウンド』とは別物)で、企画からグラフィック、プログラミングまで全てを一人で制作したので、とても思い入れのある作品です」と彼は語り、初めて音楽を手がけたゲームは1986年のPCゲーム『バビロン』だったと付け加えた。
同氏は、スクウェア大阪開発部の設立後に初めて手がけたゲームである『ファイナルファンタジーIII』の制作で知られている。
このゲームについて振り返り、藤岡氏は次のように語った。「開発を始めるにあたり、本社と話し合い、どのようなゲームを作るべきかを決めました。その結果、すでにゲームボーイで発売されていた『ファイナルファンタジー レジェンド III』シリーズの続編を作ることが良いだろうということになりました。そこから、さまざまな過去の資料を見せてもらい、ゲームの設計を進めていきました」
「ゲームが完成し、ヒットし、今でも多くのプレイヤーに愛されていることを、私たちはとても嬉しく思っています」と彼は付け加えた。
また、藤岡氏は『ファイナルファンタジー・ミスティッククエスト』のライターの一人としても知られている。「当時、日本のRPGは米国ではあまり売れていなかったため、スクウェアは、これまでの日本のRPGをローカライズするのではなく、米国向けに特化したRPGを制作することにしました」と、彼はアラブニュース・ジャパンに語った。
「どのRPG要素を最小限に抑え、どの要素を強調すべきかを検討しました。最終的に、ストーリーや演出を控えめにして、戦闘を多くした方が良いという結論に達しました。マップを簡素化し、『バトルフィールド』システムと呼ばれるポイント設定のスタイルを考え出しました」
米国で発売後、好調な売れ行きを見せたため、日本での発売が決定した。「開発を手伝ってくれるスタッフがいなかったので、ほぼ一人で日本語版の開発を進めました。ドイツ語版とフランス語版のローカライズも担当したので、ゲームのローカライズの経験も増えました」とプロデューサーは語った。
任天堂とアルファドリームとの関係を確立した後、藤岡氏はビデオゲームシリーズ『マリオ&ルイージ』の制作に取り掛かった。アラブニュース・ジャパンに対し、同氏は「スーパーマリオRPG」や「ペーパーマリオ」とは差別化を図るため、マリオとルイージを操作する任天堂のRPGゲームを作りたいと語った。
「『マリオ&ルイージ』シリーズでは、主にアクション系のイベントのプログラミングを担当していました。スクウェアの『スーパーマリオRPG』でも同様のプログラミング経験があったので、得意分野でした。しかし、2人のプレイアブルキャラクターがいると予測できないバグが発生し、かなり厄介でした。でも今振り返ると、それも楽しい思い出です。シリーズ2作目以降は、プラットフォームがニンテンドーDSと3DSで、どちらもデュアルスクリーンハードウェアでした。上下の画面をリンクさせるイベントプログラミングなど、技術的な面が楽しかったのを覚えている」と彼は語った。
複数の任天堂タイトルを手がけた後、藤岡氏は、任天堂はゲームを大切にしていると感じると語り、自身が手がけたプロジェクトで最も気に入っているのは『スーパーマリオRPG』だったと明かした。「世界的に有名なキャラクターを、これほど素晴らしい才能あるチームと手がけられたのは、とても光栄でした」
「私の役職はディレクターだったが、実際にはアクション要素のあるイベントのプログラミングを担当していました。 才能あるプログラマーたちが作り上げたイベントシステムはよく設計されており、プログラミングを楽しみ、夢中になって取り組んだ。 ゲームシステム、グラフィック、音楽も素晴らしく、常に新しいものを生み出している充実感を感じられる素晴らしいプロジェクトだった」と振り返る。
藤岡氏は中東に行ったことはないが、中東の文化、特にその楽器にはとても興味を持っている。「西洋の音階とは異なる独特の旋律や音階があり、リズムも複雑ですが、とても心地よい。いつか中東に行って現地の音楽を体験してみたい」と語った。