Since 1975
日本語で読むアラビアのニュース
  • facebook
  • twitter
  • Home
  • 特集
  • 「パレスチナの誇り」、総合格闘技(MMA)のキャリアを再燃させるために戦う準備を進める

「パレスチナの誇り」、総合格闘技(MMA)のキャリアを再燃させるために戦う準備を進める

Al-Selwady は子供の頃から格闘してきた。(他社供給/BBC)
Al-Selwady は子供の頃から格闘してきた。(他社供給/BBC)
Al-Selwady は自分のフォロワーにいつも驚かされると語る。(他社供給/BBC)
Al-Selwady は自分のフォロワーにいつも驚かされると語る。(他社供給/BBC)
Al-Selwady はいじめっ子を絶対に許さなかったと言う。(他社供給/BBC)
Al-Selwady はいじめっ子を絶対に許さなかったと言う。(他社供給/BBC)
Short Url:
02 Apr 2020 02:04:28 GMT9
02 Apr 2020 02:04:28 GMT9
  • Al-Selwady、「間も無く戦うはずだった、準備はできていた」と語る
  • ファン達の反応に気持ちを新たにしたと言う

Ali Khaled

ドバイ:Abdul Kareem Al-Selwadyは休むことがない。何よりも、再び戦うのが待ちきれ  ない。 

「パレスチナの誇り」という異名をとるこの総合格闘技(MMA)選手は、テキサスのダラスにある自宅にこもり、単独でトレーニングを行なっている。世の中の他の人々同様、コロナウィルス危機という悪夢が過ぎ去るのをじっと待ちながら。

「間も無く戦うはずだったのです。まだ正式に決まっていなかったので発表はしていませんでした。ところが突然コロナウィルス騒動が起り、延期されてしまいます。いつになるのか見当もつきません」とAl-Selwadyはいう。「私たちは現在完全な外出禁止状態です。ジムもすべて閉鎖で、自分なりにトレーニングを続ける方法を模索中です」

[caption id="attachment_12329" align="alignnone" width="550"] Photo: Supplied/BBC[/caption]

しばらくはどうしようもないが、その時が来れば彼は戦う準備万端のはずだ。

実際、彼は生まれてこのかたずっといつでも戦う準備ができていたように思われる。

「子供の頃から運動神経は良かったですね。スポーツはなんでも得意でした。でも本当は ずっと格闘技がしたかったのです。性に合っていたんですね。学校ではいつも喧嘩してはトラブルを起こしていましたから」とこの24歳の若者は言った。

「悪さをしたわけでもないし、いじめっこでもなかったんです。学校で私が問題を起こしていたのは、いつもいじめっこをぶっ飛ばしてたわけです。喧嘩ばっかりしていましたが、それにも必ずあるルールがありました。父親から教わったことです。絶対に弱い者いじめをしない、絶対に自分から手を出さない、というルールです」

誰も私にはちょっかいを出そうとしなかったのですが、私の友達にちょっかいを出しているのを見かけては学校で喧嘩が始まっていました。私はいつも弱い方の味方をしていました。

Abdul Kareem Al-Selwady

ルイジアナ州ベイトンルージュで生まれ、2009年、まだ高校卒業前の14歳の時にジョーダンへ移住し、遠い親戚の家の近くで大学を卒業した。その後米国へ戻り、現在二人の妹とその義理の親達が近くにいるダラスに居住している。

米国での生い立ちによって、彼にはタフだがフェアな精神が染みこんでいる。

「誰も私にはちょっかいを出そうとしなかったのですが、私の友達にちょっかいを出しているのを見かけては学校で喧嘩が始まっていました。いつも弱い方の味方をしていました」とAl-Selwadyは語る。

「武道とかボクシングとか空手のクラスを受けさせてくれと両親に頼み込みました。絶対させてくれませんでしたね。もう十分荒っぽいのだからこれ以上学校で問題を起こすように なっては困ると言われましたよ」

http://www.youtube.com/watch?v=yI6nVac1K4I#action=share

BBCアラビックによるAbdul Kareem El-Selwadyのドキュメンタリー映画

かつてジョーダンで、Al-Selwadyは自分一人で勝手なことをしでかした。両親に内緒で毎日ボクシングのジムに通ったのだった。

「そしてある日、父親に自分がずっとボクシングのトレーニングをしてきたこと、そして次の日ジョーダンナショナルチャンピオンシップという選手権があることを告げたのです。観に来てくれるかどうか尋ねました」Al-Selwadyは語った。

「そしたら父は、『 明日はお前だけで行け、でももし予選を勝ち抜いたら、決勝戦は応援に行く』と言ってくれました。それで私としては大いにやる気が出て、試合に行って勝って帰りました。父は本当に決勝戦にやって来て、観戦し、私は優勝しました。それ以来父はいつも私と一緒にいてサポートしてくれています。その試合に優勝して以来、毎回試合の規模が大きくなっていきましたから」

[caption id="attachment_12330" align="alignnone" width="550"] Photo: Supplied/BBC[/caption]

Al-Selwady は15歳ですでにアマチュアとしてアラブナショナルチャンピオンシップのような大きなジュニア選手権大会で優勝していたため、地元の新聞・雑誌を賑わす存在だった。あれよあれよと言う間にMMAのランキングを急上昇していき、17歳でDesert Forceフェザー級の最年少チャンピオンに君臨した。

「アッラーに感謝!私の応援者が大きく増えていきました」と彼は言った。「パレスチナについて言えば、私はずっと祖国の人々とその土地に対する強い思いを抱いていました。米国で生まれ育ったにもかかわらず自分をアメリカ人だと考えたことはありませんでした。いつも自分はパレスチナ人だと思っていましたし、いつか祖国で暮らそうと思っています。そんな風に育ってきたのです」

今ではAl-Selwadyは大観衆の前で戦う存在だ。その多くがパレスチナとジョーダンにいる彼のファンの軍団だ。

[caption id="attachment_12331" align="alignnone" width="550"] Photo: Supplied/BBC[/caption]

「それはとても個人的なことでした」彼は言う。「私はパレスチナ人であり、世界中の人々に自分の能力を示したいと思っています。しばらくしてとてもたくさんのメッセージや注目をパレスチナの人々から受けるようになりました。『ありがとう、私たちも本当に嬉しいよ』と。ある時、私はとても胸がいっぱいになったことがありました。「あなたのくり出すパンチの一つ一つが全てパレスチナのパンチであり、あなたの勝利すべてがパレスチナの勝利だ」と言われたからです。パレスチナの国中が私を応援してくれていました。だからこそもっと一生懸命トレーニングしてもっと戦いたいという気持ちが起こるのです」

2018年、UFCチャンピオン Khabib Nurmagomedovの見守る中、 Al-Selwady はバーレーンのBrave 18でブラジルのLucas Martinsをテクニカルノックアウトで破り、Brave Combat Federationライト級世界チャンピオンとなった。

一生懸命準備に励んでいます。この騒ぎが終わったらまたリングに戻って戦うことができるように。

Abdul Kareem Al-Selwady

「世界チャンピオンシップの試合の後、タイトルを持ってパレスチナへ行きました。それは忘れられない出来事です」とAl-Selwady は語る。「人生においてあれほどの愛情と満足を感じたことはかつて一度もありませんでした」

Al-SelwadyはMMAにおいて旋風を巻き起こし始めていた。BBCアラビックがドキュメンタリーフィルムを製作し、昨年別のブラジル人選手Luan Santiago Carvalho(23)を相手とするタイトル防衛戦への準備にはげむAl-Selwadyの様子を撮影した。この映画によって彼には新たなファンがうまれたものの、ハッピーエンドというわけにはいかなかった。

「私は負けました。タイトルを防衛できなかったのです」10-3-0の通算対戦記録をもっていたAl-Selwady はそう言った。

[caption id="attachment_12332" align="alignnone" width="550"] Photo: Supplied/BBC[/caption]

「自分を責めたわけではありません。準備はできていましたから。できることは全てやりました。単に思ったようにことが運ばなかったのです。しかしながら、この試合で負けて初めて私がファンの皆さんにとってどれほど大きな存在だったかということを知りました。その応援はおそらく私が勝った時よりも大きかったと思います。私が負けた時、パレスチナの人々全員が私にこう言ってくれているように感じました「気にするな、そういうこともあるさ、転んだら起きればいいんだよ。」それによって自分が彼らにとってどんなに大きな意味を持っているかがわかりました。

Al-Selwadyはすでにソーシャルメディアに頻繁に登場していた。ドキュメンタリーフィルムによって彼のプロフィールがさらに高まったようだが、それよりもむしろ彼は自分の応援者たちに自分のこれまでの道のりについてより一層理解してもらえたと考えている。

「毎日顔をあわせる人々でも、あのフィルムを観るまでは私の生活や人生についてあまり 知ってはいませんでした」と彼は言う。

「あのフィルムを気に入ってくれて刺激を受けた新たなフォロワーや新たなファンがたくさんできました。すごく嬉しいですね。自分なりの方法で人々を助け、人々を刺激して生きていこうと思います」

この世界に入った時には、Al-Selwadyは自分が人々のロールモデルになるなどとは考えもしていなかったが、今それが彼に課せられたからには、彼は誰一人がっかりさせまいと考えている。

「自分が誰に影響を与えているのか、なかなかわからないものですが、後から誰かにフィードバックをもらったりするんですね。『今日誰かにまさにそう言って欲しかったんだ』とか『あなたのお陰で夢を追いかけることができる気がしてきた』とかね」と彼は言う。

「私が言った言葉を聞いてトレーニングを始めて体を鍛え始めている人もいます。そういうことはとても嬉しいことですが、同時にロールモデルになることには責任も伴います。常に正しくあらねばならない、間違いはできないです」

ドキュメンタリーを観ると、モハメド・アリがAl-Selwadyに及ぼした影響は歴然としている。またAl-Selwadyは、「世界最強の男」として知られるボクサー、モハメド・アリや世界的に有名な格闘技のスター、ブルース・リーなどの精神を自分に刷り込んでくれた父親の貢献が大きいとする。

「よく父と一緒にボクシングや映画を観たものです。そのことも小さい頃から格闘技に夢中になった理由の一つです」とAl-Selwady は言い添えた。

「子供の頃これらのスターたちは私のあこがれで、ずっとモハメッド・アリやブルース・ リーのようになりたいと思っていました。記者会見でのアリの話を聞いて自分にも自信がみなぎりました。彼は人一倍練習を積み、技術的にも素晴らしかった。私はずっとそんな風になりたいと思ってきました」

しかし現在、世の中の人々がコロナウィルスの感染拡大によって家の中に閉じこもっており、彼もじっと待ちながら、自分一人でトレーニングに励むしかない。

「一生懸命準備に励んでいます。この騒ぎが終わったらまたリングに戻って戦うことができるように」と彼は言った。「私の目標は世界最大のMMA組織である UFC に所属し、そこでチャンピオンになることです」

[caption id="attachment_12333" align="alignnone" width="550"] Photo: Supplied/BBC[/caption]
topics
特に人気
オススメ

return to top