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日本の人権活動家がナクバを記念するイベントを開催

東京・飯田橋で開催されたナクバ74周年記念イベント。(ANJP写真)
東京・飯田橋で開催されたナクバ74周年記念イベント。(ANJP写真)
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24 May 2022 01:05:39 GMT9
24 May 2022 01:05:39 GMT9

アラブニュース・ジャパン

5月15日(日)、日本で「ナクバ」(大惨事)74周年を記念するイベントが開催された。この言葉は、イスラエルの建国をめぐる戦争で何十万人ものパレスチナ人が家を追われ、逃亡した時の大量移動を表現するために使われる言葉である。

このイベントは、日本の人権活動家であるニッキー・マツモト氏によって主催され、東京の飯田橋にあるマツモト氏が所有するイベントスペースで開催された。新型コロナウイルス感染症の流行以前にパレスチナを訪れた日本人の多くが、そのイベントスペースを訪れた。

マツモト氏は冒頭、短いスピーチを行った後、パレスチナ人のムーサという人物に連絡を取り、彼の姿が大型スクリーンに映し出されると、パレスチナの現状について話し合った。ムーサ氏はパレスチナの現状を説明する中で、「紛争を止めようとする我々の絶え間ない試みは、決して望んだ地点に到達しないようだ」と述べた。

日本人参加者の1人が、ジェニン難民キャンプでイスラエル軍の作戦を取材中に殺害された、衛星放送アルジャジーラのパレスチナ人ジャーナリスト、シリーン・アブアクラ氏について、「シリーン氏の殺害が、イスラエル軍の襲撃未遂に対する反動でないとなぜ言い切れるのか?」と、ムーサ氏に懐疑的に質問を投げかけた。

この質問に対し、ムーサ氏は、アブアクラ氏は人気のジャーナリストであり、単にニュース番組のための報道を行うという一般的な職務を果たしただけだと述べた。彼は、アブアクラ氏が報道用ヘルメットと防弾チョッキを着用しており、それがはっきりと識別できる状態だった点を強調した。

アブアクラ氏はMENA(中東および北アフリカ)地域で広く知られており、25年にわたりパレスチナの大義とその地域で起きている出来事を伝える窓口となっていた。

ワリード・アリ・シアム大使の短い映像が映し出された後、続いて、以前パレスチナに住んでいた佐藤真紀氏が、市松模様のパレスチナのケフィーヤを身につけながら、ダブルスタンダードな振る舞いに重点を置いた内容のプレゼンテーションを、日本語で1時間にわたって行った。ケフィーヤは、独立の象徴であり、アイデンティティであり、パレスチナ文化を表現するシンボルであり続けている。

佐藤氏は平和教育支援のNGO職員として、5年間パレスチナに滞在した。その間、2002年にジェニンでの人道支援活動を阻まれ、イスラエルへの入国を拒否された。イスラエルへの入国を拒否された後、彼はさらなる人道的活動を求めてイラクへと向かった。最近では、イスラエルとパレスチナ両国の若者のための対話プログラムのアドバイザーとして関わっている。

また、アメリカ人のグレゴリーという参加者は、前腕にアラビア語でパレスチナという文字の入れ墨をしていた。彼は旗を持ってイベントスペースに入り、ウクライナの国旗の色を使ってパレスチナの大義を強調した自作のチラシを配布し、一般的に、世界は特定の場合においてダブルスタンダードの基準を持ち、人権に対する認識にはいくつかの偏りがあるという考えを力説した。

「私個人は悪くないとしても、アメリカ人が常にイスラエルに与えている支援について、アメリカ人を代表して謝罪する必要性を感じている」と、グレゴリー氏は語った。

最後に、中東からの参加者(匿名希望)が次のように語って、このイベントを締めくくった。「大海の真ん中で、ただ嵐の中に生まれてくる人もいる。しかし、そういう人たちこそ、真実に近い人たちなのかもしれない。そして、真実を目撃すること以上に良いことはないだろう。イスラエルのシオニストとの戦いも、日本の地震も、シリアの破壊も、レバノンあるいはその他の地域のソフト・パワーによる戦争も、ただ戦う意味を見出そうとしている人たちがいることを忘れてはいけないと思う。私たちは、何かのために戦っているのであれば、恵まれているのかもしれない」

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