
久之浜、日本:日本は11日、この国に深い心の傷を与えた、大規模な地震、致命的な津波、そして原発事故という、現在の日本の人々に記憶されている最悪の自然災害から10年を迎えた。
東日本大震災の死者・行方不明者は約1万8500人。そのほとんどが、史上最大級の地震の後、東北地方沿岸部に押し寄せた巨大津波によるものだと言われている。
その後、福島第一原子力発電所でメルトダウンが発生し、周辺地域が放射能で覆われ、いくつかの町は何年も人が住めなくなり、数万人の住民が避難した。
この日には多くの私的・公的な式典が行われ、現地時間14時46分には1分間の黙とうが全国で行われる。2011年3月11日のその時刻にマグニチュード9.0の地震が発生し、震災が起きた。
福島県久之浜で太陽が昇る中、熊木俊男さん(78)は津波の後に建てられた巨大な防波堤に沿って歩いていた。
「ここには毎朝散歩に来ますが、今日は特別な日です」と、彼は両手を合わせて朝日の方向に祈りながらAFPに語った。
海岸に近い地区の一つである大久地区では、7メートルの津波が押し寄せたとき、小さな神社以外の全てが流され、約60人が死亡した。
震災を思い出す熊木さんの目には涙があふれていた。
「本当に怖かったです」
10年経っても行方不明者が見つかるという希望を捨てない家族がいるため、宮城県と福島県では今週、行方不明者の捜索が行われた。
成功の可能性は低いように思えるかもしれないが、ちょうど先週、津波の後、行方不明になっていた女性の遺体の身元が特定された。その女性の生き残った息子は、気持ちを整理して前に進むチャンスだと述べた。
東京では、新型コロナウイルス対策のルールを守る、規模を小さくした式典が国立劇場で執り行われる。菅義偉首相の式辞に続いて、天皇陛下がお言葉を述べられる。
首都圏では現在、新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が発令中であるため、招待者は例年より少ない。
新型コロナウイルスは、岩手県田老地区の、人目を引く防波堤で毎年開かれる追悼集会など、他の地域で行われる行事にも影響を及ぼすだろう。
参加者は、通常であれば津波の犠牲者に祈りをささげるときに手を握るが、今年は死者を思い出しながらソーシャルディスタンスを守るだろう。
国連のアントニオ・グテレス事務総長から歌手のレディ・ガガまで、世界中の人々が哀悼のメッセージを寄せ、10年目の思いを述べた。
震災の犠牲者が追悼された2週間後には福島県で五輪の聖火リレーが始まる。東京五輪を「復興五輪」とする取り組みは、了解を与えられている。
パンデミックは五輪に大きな影響を及ぼし、前例のない1年延期を余儀なくされたが、政府と主催者は聖火リレーによってこの地域に再び関心が集まることを期待している。
宮城県仙台市の雁部那由多(がんべなゆた)さん(21)は、防災に関するイベントで定期的に講演を行い、津波の体験を共有しているが、普段は一個人としてこの日を迎える。
「クラスメートを亡くした日です。私の目の前で人が死にました。3月11日は、二度と来てほしくない日です」と彼は先日AFPに語った。
だが彼は、現在進めている、自分が体験したトラウマの整理に役立つことを願い、今年は10年目のイベントに参加することを決めた。
多くの人にとって、この日は、放射線を恐れて避難した数万人が今も避難しており、福島の約2%が今でも立ち入り禁止になっているという、今もなお続く悲劇について一人で考える機会となるだろう。
福島第一原発周辺の、大部分が今でも立ち入り禁止になっている区域にあるいくつかの教会で牧師をしていた佐藤彰牧師は、今はもう使われていない教会の一つを訪れ、自分と向かい合うつもりだ。
「妻と一緒に震災の日々を静かに振り返り、祈りをささげます」
AFP