
エルサレム:ガザ地区に拉致された大勢のイスラエル人の中にいたある看護師は、地下トンネルで拘束中、視覚や聴覚に問題がある高齢の人質に対し、ハマスとの交渉の末にようやく手に入れたわずかばかりの医療品で手当てを行っていたと語った。
ニリ・マルガリートさんは11月のイスラエルとハマスとの停戦で本国に帰還した。地元テレビのインタビューに応じた彼女は、パレスチナの民間人によって彼女が暮らす村で捕らえられ、戦争の原因となった10月7日の攻撃を主導したイスラム武装勢力に「売り渡された」と話した。
41歳のマルガリートさんは、父親をはじめ約1,200人が殺害されたことを知らずに、息が詰まるようなハマスのトンネルに裸足で拘束されたが、そこには乱暴な扱いでさまざまな傷を負った人質が集められていたという。
「私たちはショック状態にありました」と、彼女はチャンネル12テレビの時事番組「Uvda」で語った。
しかし、マルガリートさんは、ベドウィン族の患者がいるイスラエル南部の病院の救急室で学んだ基礎的なアラビア語を使い、自分が看護師であることをハマスのメンバーに告げた。ハマスは人質の医療ニーズを担当するという彼女の申し出に同意した。
「お年寄りたちのことが心配でした。私は彼らに、心臓病、血圧、腎臓などの大事な薬をリストアップするよう頼みました」とマルガリートさんはいう。彼女はハマス向けにそれらを英語で書き留めた。数日後、医薬品が入った黒いバッグが届いた。しかし、一部の処方箋に食い違いがあり、不十分であることが判明した。
「病気の人や慢性疾患を抱えている人たちがいました。薬が足りませんでした。食べ物も足りませんでした」と彼女は語った。
しかし、それらの不足が一時的に奏功することもあった。飢えに近いということは、治療できない糖尿病患者が高血糖になるのを免れることを意味した。数錠の抗生物質しか与えられなかったマルガリートさんは、それを取っておくことに決め、代わりに炎症を抑えるために傷口に蜂蜜を塗った。
新しい物資を入手するには、ハマスと定期的に交渉する必要があり、マルガリートさん曰く、その中には人質を検査し、ヘブライ語で会話するパレスチナ人高官も含まれていた。
「私は、いわば悪びれることなく彼らと渡り合いました」と、中には病気で命を落とす可能性がある人質たちがいるとハマスに警告したことを思い出しながら彼女は語った。「彼らはそれを恐れました。人質が死ぬことを望んでいなかったのです」
イスラエルが多数のパレスチナ人捕虜を解放した協定により、マルガリートさんとともに複数の高齢女性人質が解放された。イスラエル当局によると、ガザ地区には今も人質132人の中に高齢男性が残っており、うち25人は死亡した。ハマスは、ガザ地区への砲撃でその一部が死亡したと述べ、戦争初期には自らも人質を処刑すると脅していた。
マルガリートさんは、もう医療品は枯渇しているだろうという。そして、「私たちはトンネルの中にいたこと、そして現在、私たちが拘束されていた場所の上で戦争が行われていることも知っています」と語った。
マルガリートさんと一緒に捕らえられた人質の中には、妻シリと二人の幼い息子アリエルとクフィルとは別に拘束されたヤルデン・ビバスさんもいた。マルガリートさんによると、ビバスさんが家族の運命について取り乱すあまり、人質を拘束していたパレスチナ人らは、ビバスさんの妻と息子たちがイスラエルで発見されたと偽って告げたという。
その後、ハマスは話を変え、シリ、アリエル、クフィルがガザ地区へのイスラエルによる空爆で殺害されたとビバスさんに語り、心に傷を負った彼の反応を動画に記録して、それを公開した。
マルガリートさんによると、ハマスのメンバーが腹を立てると、人質に対する罰として、地下監房の照明時間や換気扇の使用の制限などがあったという。
拘束の40日後には、彼女はテレビニュースを見ることを許され、眼鏡や補聴器を持たずに捕らえられたために報道内容についていけない高齢の人質たちの耳に向かって、大声で情報を伝えた。
ハマスは、食料と医薬品の不足をイスラエルによるガザ地区攻撃のせいだと非難したとマルガリートさんは言い、10月7日の攻撃を阻止できなかったことに続いて、「私たちは再びイスラエルに見捨てられたと感じ始めた」と語った
ハマスが彼女の要請に応じて提供した鎮静剤と睡眠薬は、長い夜の不安に苛まれていた人質たちを助けた。
「みんなを落ち着かせたかったのです。自分用にも欲しかったんです。今にも気が狂いそうでした」とマルガリートさんは語った。
ロイター