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シリアの反乱軍支配地域で病院が被った損害を計算する

2021年6月13日、反乱軍が支配するシリア北部の都市アフリンにて、砲弾が直撃した翌日のアル・シファア病院の病室に血痕がみられる。(AFP・資料画像)
2021年6月13日、反乱軍が支配するシリア北部の都市アフリンにて、砲弾が直撃した翌日のアル・シファア病院の病室に血痕がみられる。(AFP・資料画像)
2021年3月21日、シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃を受け、血痕とほこりまみれの野戦病院の病室。(AFP・資料画像)
2021年3月21日、シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃を受け、血痕とほこりまみれの野戦病院の病室。(AFP・資料画像)
2021年3月21日、シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃を受けて損壊した野戦病院入口の病室の前を通り過ぎる男性。(AFP)
2021年3月21日、シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃を受けて損壊した野戦病院入口の病室の前を通り過ぎる男性。(AFP)
2021年3月21日シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃の後、野戦病院の入口のがれきに佇む男性。(AFP)
2021年3月21日シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃の後、野戦病院の入口のがれきに佇む男性。(AFP)
2021年3月21日シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃の後、野戦病院の入口のがれきに佇む男性。(AFP)
2021年3月21日シリア北部アレッポ県のアタレブ村にて、政権軍が行ったとされる砲撃の後、野戦病院の入口のがれきに佇む男性。(AFP)
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04 Jul 2021 12:07:31 GMT9
04 Jul 2021 12:07:31 GMT9
  • アフリンのアル・シファア病院にミサイルが直撃した6月12日には、民間人18人以上が死亡した
  • 病院への爆撃は軍事レベルの精度で計画・実行されたように見える

ウバイ・シャハバンダル(Oubai Shahbandar)

シリア、アレッポ:アラビア語で「シファア」とは「治癒」という意味を持つ。シリア北西部のアル・シファア病院は反乱軍が支配するアフリンでかつて最も大きかった病院で、毎月何万人もの患者の治療にあたっていた。緊急治療室、そして産前産後の母親や子供のケアも行う産科病棟も備えたアル・シファア病院は、シリア人に命という贈り物を提供していた。

しかし、それももう過去のこととなった。病院が忙しく稼働していた6月12日の午後、軍事用語で「ダブルタップ」として知られる攻撃手法により、ミサイル2発が間髪あけずに撃ち込まれた。スタッフ5人を含む民間人18人以上が死亡した。さらに約40人が負傷した。誰の責任でこの殺戮行為が行われたか、依然として明らかになっていない。

「医療施設や医療従事者等の民間人、および民間インフラに対するこのような野蛮な攻撃は許されるものではなく、止めさせなければならない」と、国連のシリア担当特使ガイル・ペデルセン氏は爆撃後の声明で述べた。

「すべての当事者が民間人および民間施設の保護を含む国際人道法の下の義務に、全面的に従わなければならない」

2019年以来3回目となったアル・シファア病院への爆撃は、私が医師や医療従事者にインタビューを行うためシリアに滞在していた際に起きた。彼らは北部の県に暮らす何百万人もの避難民の苦しみを和らげるため、悲惨な状況の下でも根気強く働いていた。

これらの医師の多くは包囲下に置かれた仮設病院で絶え間ない空爆や同僚・家族の死を嘆きながらも、可能な限り多くの人の命を救おうと励んでいた。

過去2年間にわたり国連から資金援助を得ていたアル・シファア病院が破壊されたことは、2011年の戦争勃発以来、特にバシャール・アサド大統領の支配が及ばない国内の地域でシリア人がこれまで耐えてきた、絶え間ない恐怖を象徴する出来事となった。

アル・シファア病院は、バアス党国家の枠組みの外でも社会が機能し続けることができることを示す証であった。そして、この反逆的な立ち位置こそが、この病院がその他多くのシリア北西部の病院と同様に、即座に破壊された理由だったようだ。

2021年6月13日、反乱軍の支配下にあるシリア北部のアフリンで、アル・シファア病院が砲撃を受けた翌日の病室を調査するシリアの市民防衛隊(ホワイトヘルメット)隊員。(AFP・資料画像)

国連の監視団によると、今年に入って医療施設や医療スタッフへの爆撃はすでに10回起きており、614人以上の医療従事者が死亡したという。ロシアとシリアの当局はこれらの攻撃への関与について一貫して否定してきた。

アル・シファア病院への爆撃は軍事レベルの精度で計画・実行されたように見える。この爆撃の前には、アフリンの街へのミサイル攻撃が数回にわたり起きていた。

イドリブでは3月に同様の戦術が展開された。以前の爆撃の負傷者を搬送していた救急車がドローンの追跡を受け、シリア・アメリカ医療協会の支援を受けるアル・アッタレブ病院が爆撃されたのだ。

これらをあわせて見れば、これらの爆撃が、最大限多くの死傷者を出して一般市民を脅かすための意図的な戦略によるものであることを示す証拠だといえるだろう。

アル・シファアおよびアル・アッタレブの座標は爆撃のずっと前に国連と共有されていたのだから、紛争のすべての当事者が両病院の位置を、そして両院が国際人道法の下保護される立場であることを十分に理解していたはずだ。

シリア・アレッポ県北部のゾグラ(Zoghra)国内避難民キャンプで暮らす子供たちの多くは、避難民になる前の生活を覚えていない。(AN画像/ウバイ・シャハバンダル)

にも、シリア北部の医療施設、燃料貯蔵庫、農地に、対テロ戦を装った誘導ミサイルや砲弾の雨が降り続けた。

私は2020年3月、最後にシリア北部を訪れたときに、これと同様の爆撃が病院に行われるのを目撃した。現在はアレッポ北部のバブ・アル・サラマ(Bab Al-Salamah)病院で働いているある医師に会い、当時アサド政権軍の攻撃の最前線であったマアラト・アル・ヌマンの仮設病院でただひとりの外科医として働いていたときの経験について話を聞いた。

マアラト・アル・ヌマンはやがて政権および同盟関係にあるイランの民兵組織の手に陥落したが、この外科医や同様の立場にあったスタッフらは毅然とした姿勢を崩さず、自分の持ち場を維持しようと物資不足や爆撃、そして自らの疲労と戦った。私が会った医師や看護師、薬剤師の多くも住処を追われており、同じ意識で働いていた。

現在はゾグラの避難民キャンプの保健施設で働くジャラブルス出身のある医師は、シリアを出て外国で働くオファーを複数受けたがすべて断ったと語った。

現場に残り、40℃を超える暑さの中診察室のトレーラーで患者に尽くすには、特段の献身が必要となる。

シリアについて、単なる統計上の数字の羅列として捉えるのは簡単だし、人類が戦争の本当の代償の形を見失うのはさらに簡単だ。しかし、シリアの避難民キャンプを訪問してみれば、戦争の厳しい現実が浮き彫りとなる。

シリア・アレッポ県北部のゾグラ国内避難民キャンプでは、気温が40℃以上にも上る中、少人数の医療スタッフチームがトレーラーで診療所を運営している。(AN画像/ウバイ・シャハバンダル)

ゾグラの避難民キャンプに入ると、訪問者はホムスのシンボルである時計塔のレプリカに迎えられる―離れた故郷を思って建てられたモニュメントだ。キャンプ内の何十人もの子供たちのほとんどがキャンプの外での生活を覚えていないが、状況が違えば私もこのような子供たちの一人になっていたのかもしれない。

そして今ゾグラで暮らす家族の中にも、私がまだ十代だった1999年の夏に家族と一緒に訪れたホムスの街で見た家族がいるのかもしれない。

つまりシリアには、救う価値のあるものがあるのだ。アル・シファアの爆撃で犠牲になった、緊急治療室で世話をした患者たちのことを話してくれた、生き残った検査技師の疲れ切った目の中に、それを見ることができる。自分たちの小さなオアシスを見せびらかしたくてウズウズしている、ホムス出身の2人の老人がキャンプの真ん中に作った小さなバラ園にも、それを見ることができる。

世界はジレンマに直面している。シリアを引き続き孤立させ、制裁を加え続ければ民衆の苦しみが長引くだけかもしれないが、アサド政権を再び国際社会に受け入れることには深刻な倫理的・現実的問題が伴う。

アル・シファア病院への爆撃は軍事レベルの精度で計画・実行されたように見える。この爆撃の前には、アフリンの街へのミサイル攻撃が数回にわたり起きていた。(AN画像/ウバイ・シャハバンダル)

多くの人にとって、自国民に対して化学兵器を使い、意図的に病院を狙った空爆を行い、政治犯その他の戦犯を大量処刑した政権を許すという発想は受け入れられない。

しかし、国連の人道援助が通過できる検問所として唯一残されているトルコ国境のバブ・アル・ハワ検問所を経由する越境支援許可が更新されなければ、反乱軍の支配下にある北部に暮らす100万人以上の人が切り捨てられるおそれがある。更新の決議は7月10日に行われるとみられる。

2020年には、その他バブ・アル・サラマとアル・ヤルビヤの2カ所の検問所を開いておくための決議案について、中国とロシアが拒否権を行使した。ロシアは今や、ダマスカス等を通る他のルートも使えるとして、バブ・アル・ハワの決議の更新を拒否することをほのめかしている。

援助を行う機関には、シリア政府がかつて反乱軍の支配下にあった地域や街に罰を与えるために支援物資を利用するであろうと信じるだけの理由がある。

政権がこれまで贔屓する民兵軍に国連の支援物資を横流ししてきたことや、怪しいNGOが支援物資の闇市場を設立するのを阻止する能力も意志も持ち合わせなかったことを鑑みれば、政権に支援物資の分配権を独占させることなど多くの援助国にとって考えられないことだ。

2020年1月にはアル・ヤルビヤの検問所が閉鎖され、イラク経由の国連の越境支援は途絶えた。この検問所を通る予定だった国連の越境支援は、代わりにダマスカス経由となるはずだった。しかし、政権の官僚主義による弊害や通行制限により、目的地に届く支援物資の量は急速に減った。

アムネスティ・インターナショナルによると、バブ・アル・ハワを閉鎖し外部からの援助を断てば、反乱軍の支配下にある地域のシリア人一般市民から食糧や不可欠な薬を「無情にも」奪い取ることになるという。

私はシリアを後にしてまもなく、ホワイトヘルメットの名で知られるシリア市民防衛隊の救急隊の拠点となっていたイドリブの田舎の小さな施設に政権軍が空爆を行ったというニュースを耳にした。

建物の正面に「一人の命を救うことは、全人類を救うこと」という救急隊のスローガンが掲げられていたが、完全に破壊されてしまった。

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ツイッター@OS26

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