ドバイ:がんと診断され、長期の治療を受けることは、どのような状況下であれ恐ろしいことだ。戦時中にその試練に耐えることは、さらに全く別次元の恐怖となる。
ガザ地区の約200万人の民間パレスチナ人は、数ヶ月に及ぶイスラエルの激しい砲撃により退避を余儀なくされ、人道支援物資のガザ地区内への搬入に対する厳格な規制により最も基本的な物資の供給さえ断たれている。
世界保健機関(WHO)によると、ガザ地区内の36の病院の内、およそ3分の2が戦闘による損傷のため活動不能となっている。他方、13の病院は、燃料や物資の不足ために「限定的な機能」に留まらざるを得ない状態でありながら、本来の対応能力の何倍もの稼働を強いられている。
ガン治療を受けている人々にとって、医療インフラの破壊や、生命維持のための薬と治療行為へのアクセスの喪失、避難場所における不便で不快な生活は死刑宣告と同義になり得る。
「キュレウス・ジャーナル・オブ・メディカル・サイエンス」に掲載された論文は、パレスチナ保健省の報告書の数値を引用し、2021年のこの地域のがん罹患率は人口10万人当たり91.3人であるとしている。
「紛争の長期化により、状況はさらに酷く悪化します」と、シャルジャのメドケア病院 で腫瘍学のコンサルタントを務めるソーハ・アブデルバキ博士はアラブニュースに語った。
「紛争地域のがん患者は、進行してしまった段階で初めて診断されることが多く、その場合、最適な治療を受けられる可能性は低くなります。がんは急速に進行するため、患者にとっては一日の遅延であっても深刻な違いとなり得るのです」
イスラエルは、ハマスによる2023年10月7日の襲撃への返報として、ガザ地区で軍事作戦を開始した。ハマスの襲撃では、そのほとんどが民間人だった1,200人が殺害され、外国人を含む240人が拉致され人質となった。
それ以来、ガザ地区を2007年から支配下に置いていたハマスに対して、イスラエルは空と地上から猛烈な軍事作戦を展開した。ガザ地区の保健省によると、この攻撃で26,000人以上のパレスチナ人が殺害されたという。
ガザ地区内では依然として約130人の人質が拘束されていると考えられており、イスラエル政府はハマスの敗北まで作戦を継続する決意を確言した。しかし、戦後のガザ地区の統治やより広範な和平プロセスについては未だ何も決定されていない。
他方、ユーロ・メッド・モニターによると、ガザ地区ではこの大虐殺の最中、2,000人以上のがん患者や生存のために透析を必要とする1,000人以上の心血管患者、約60,000人の糖尿病患者が緊急に基本的な医療サービスを必要とする状況に置かれているという。
この戦争での空爆以前から、イスラエルによる16年間にわたる厳しい禁輸措置を受けてきたガザ地区で、慢性的な疾患を抱えていた人々にとって医療を受けることは極めて困難だった。
2020年にパレスチナ保健省がソーシャルメディアに投稿したインフォグラフィック。2023年10月7日以降、ガザ地区の病院の数多くが破壊され損傷を受けたため、患者の多くの現況は不明である。
パレスチナ保健当局は、2023年11月に、ガザ地区で唯一がん医療を提供していたトルコ・パレスチナ友好病院が損傷を受けて稼働を停止したと発表した。
トルコ・パレスチナ友好病院の稼働停止の数日後、伝えられるところでは、燃料不足により同病院の患者の内4人が死亡し、70人のがん患者が内戦で荒廃したガザ南部のハーン・ユーニスのダル・アルサラーム病院に搬送された。
ガザ地区には、約25,000人の医師や看護師、医療関連の専門家を擁した十分に発達した医療システムが以前には存在していた。しかし、数ヶ月に及ぶ戦闘により、ガザ地区の医療インフラは崩壊した。
援助機関は緊急医療サービスを優先する必要に迫られている。その結果、がんの症状がある人々や、複雑な慢性疾患を抱えている人々は、自力での対応を余儀なくされ、彼らの生存の可能性は低くなってしまっている。
「早期発見が非常に重要です」と、とベイルート・アメリカン大学の精神医学および心療内科の準教授で精神腫瘍学の責任者であるマヤ・ビズリ博士はアラブニュースに語った。
「がんに必要な手術をが4週間遅延する毎に死亡リスクが最大8%上昇することを念頭に置く必要があります」
医学専門誌「カンサー・メディシン」による2020年の研究には、乳がん治療中の患者の場合、手術が3ヶ月遅延すると死亡リスクが26%増加することが示されている。
「JCOグローバル・オンコロジー」が2022年に実施した別の研究では、一般的な5種のがんで治療が4ヶ月送れただけで3,600人以上死亡者が増加すると推定された。
「4週間は30日に過ぎませんが、ガザ地区の戦争は現時点で既に100日以上継続しています。つまり、見方を変えると、がん医療を混乱させる事は、戦争で民間人を殺害する別の手法として武器化され得るということになります」と、ビズリ博士は述べた。
「医療の兵器化は、ジュネーブ条約に違反しているにもかかわらず、ウクライナやシリア、そして最近ではガザ地区でも、医療従事者を標的とするなど、様々な戦争で記録されています」
イスラエルは、自国軍が医療従事者や民間インフラを意図的に標的としているとの非難を否定している。イスラエルは、それどころか、ガザ地区の病院の地下のトンネル網を用いて、攻撃を指示し、武器を保管し、人質を隠しているとしてハマスを非難している。このため、イスラエル当局は、医療施設の受けるいかなる損害もハマスの責任であると述べ、患者たちと医師たちを人間の盾として利用しているとしてハマスを批判している。
世界の他の紛争地域では、医療インフラの崩壊に伴い経済的余裕のある人々は近隣諸国へと退避し、医療を受けるために一時的な移住を選択するといった事例も多い。
WHOによると、2022年、ガザ地区では122人の子供たちが、主に白血病などのがんと診断されたという。こうした子供たちは、ガザ地区内の医療サービスでは十分ではなく限定的な治療のみしか受けられないため、多くの場合さらなる治療のために、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区やエジプト、イスラエル、ヨルダンの病院に日常的に転院していた。
WHOとセント・ジュード小児科研究病院は、病気の子供たちをガザ地区外に退避させ治療を受けさせるキャンペーンを開始した。しかし、長期にわたって継続しているイスラエルによる封鎖のため、ガザ地区のがん患者の大多数にはそのような選択肢は無い。
ガザ地区外への移動に必要な許可証の取得が容易ではないことにより、がん患者が最善の治療を受けることがさらに困難になっている。
今回の紛争まで、患者とその親族はイスラエル調整連絡管理局に医療許可申請を提出する必要があった。医療を受けるためにガザ地区を離れる許可を求める患者数は毎年約20,000人で、その3分の1近くが子供だった。
WHOによると、2022年にイスラエル側が承認したのは医療許可申請の63%に過ぎなかったという。
保健関連の組織や機関は、人道的アクセスを可能とするために停戦を繰り返し要請し、国際人道法に従って医療従事者と医療インフラを保護するよう紛争当事者に求め、イスラエル当局に検問所での遅延を改善するよう訴えてきた。
ガザ北部の病院に重症患者を搬送し物資を配送しようとしていた際に、医療パートナーが拘束され、患者1人が死亡した事例をWHOは挙げている。
今回の戦争が開始されて以来、救急車や救援車が攻撃を受けた事例も多数報告されている。こうした攻撃の結果死亡した医療従事者の人数は300人以上となっている。
負傷した民間人を治療するという重い責務に対処するためのスタッフやリソースは限られており、ガザ地区に残っている専門的スキルを有するがん科医たちも、戦禍がもたらすより直接的な必要性に応えることが求められている。
その結果、「現在、非常に高度な技術を持つ医師たちが戦争による負傷の治療や救命処置を主に行うようになっています」と、ビズリ博士は述べた。
また、見落とされがちな点は、がんという診断が患者に及ぼす心理的な影響である。戦時下における治療の遅延や中断は患者の心理状態を悪化させやすく、より重い負担を感じていると患者が心情を述べることもある。
アブデルバキ博士によると、紛争地域でがん治療を受けている患者は、恐怖や不安、苦痛の増大を感じるという。
うつ病を含め、心理状態の悪化は、「診断や治療、予後、維持の計画に対処する患者の能力に悪影響を及ぼす可能性があり得ます」と、アブデルバキ博士は語った。
現在進行中の戦争が終結したとしても、がん患者の置かれている状況が即座に改善する見込みは低い。壊滅したインフラを修復し、新たな医療専門家を訓練するのには長い年月を要し、また、他方、障害や深い精神的外傷を負った人々のケアも重要となる。
診断や化学療法、放射線療法のための機器の不足は、サプライチェーンの混乱、援助への依存、そして戦後統治関連の未解決の問題により、戦争終了後も継続する可能性が高い。
停戦が宣言されて、ガザ地区への十分なアクセスを援助機関が与えられ、同地区住民の差し迫った健康ニーズへの対応が可能とならない限り、がんを初めとする慢性疾患を抱える人々の予後が良好となる見込みは低い。