
ロンドン:ロシアがウクライナへ本格的な侵攻を開始してから2年、そして、イスラエルのガザ地区への攻撃を引き起こしたハマス主導の襲撃から6ヶ月が経過した現在、これらの並行する危機への対応は、国際秩序における二重基準の存在を示すものだと評論家らは語っている。
2022年2月24日にロシアが隣国への侵攻を開始した後、米国と欧州諸国は一致団結して対応し、ロシアの行動を国際法違反であるとして非難し、ロシアに制裁を課して、ウクライナ政府に武器と資金を提供し、ウクライナ難民を保護した。
ロシアによるウクライナ侵攻時とは対照的に2023年10月7日のハマスによる襲撃後、欧米諸国では次に必然的に発生する事態について救いようのない悲観的な空気が漂った。襲撃の起点となったガザ地区に対して、イスラエルは、残忍な反撃を行い、その過程で民間人に多大な犠牲を強いるだろうと欧米諸国の多くの人々が感じたのだ。
イスラエルの空爆によりガザ地区での死者数が増加するのに伴い、ウクライナの場合と同様に、国際社会が侵攻側に対して非難の大合唱を行い、負傷者たちとの連帯を表明すると期待する事も自然だったのかもしれない。
国連安全保障理事会で、パレスチナの人々への惜しみない援助と共に、即時停戦や、イスラエルへの制裁、イスラエルの外交的孤立といった、ウクライナの場合と同様の要求が提起されるとの期待も不自然ではなかった。
米政権にとっての優先順位は、おそらく、米国上院が承認した最近の対外援助パッケージに示されている。ウクライナには約600億ドル、イスラエルには140億ドル、そしてガザ地区を含む世界的な人権活動に割り当てられている援助はわずか100億ドルなのだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのワシントン支部責任者であるサラ・イェーガー氏は、こうした欧米の二重基準は、ウクライナとガザ地区という2つの危機が継続する期間をはるかに超えて、国際人道法への信頼を損なう影響を持つに至ると考えている。
「ロシアによる病院や学校への無差別空爆は、当然ながら、(米国)政府の当局者たちから非難を集めている」と、イェーガー氏はフォーリン・アフェアーズ誌の記事で書いている。「しかし、イスラエルは、米政府からの強い抗議を受けることなく、病院や学校を攻撃している」
「米国は長期にわたって同盟国であるイスラエルの支援のためなら多少の偽善を為しても良いと主張する人々もいるかもしれない。しかし、国際法の侵害に加担することは、ガザ地区の危機への加担に留まることなく米国に非常に有害な結果をもたらすことにるだろう」
「残虐行為に関する国務省の将来の宣言は空虚なものとなり、加害者の責任追及や、国際犯罪の抑止が困難になる。アゼルバイジャンやスーダンといった紛争当事国に法の順守を迫るための圧力も重みを失うだろう」
アムネスティ・インターナショナルのアグネス・カラマール事務総長も、同様に、ウクライナ支援とイスラエル軍のガザ地区攻撃に対する沈黙が対照的だとして、欧米諸国を非難した。
カラマール事務総長は、最近、こうした二重基準は、「ウクライナはロシアに侵略され人々は彼の地で信じられないほど苦しんでいるのだから、私たち全員が、当然の事ながら、ウクライナの防衛に全力を尽くすべきだという呼びかけ」において明らかだと述べた。
「同時に、(欧米諸国は)ガザ地区の人々に対する空爆や彼らの苦しみに対しての行動をしないようにと言っているのです。現在、こうした政府の二重基準が人権に対する一層深刻な脅威になっています」
イスラエルは、軍が医療従事者や民間インフラを意図的に標的化しているとの非難を否定している。それどころか、イスラエルは、ガザ地区の病院の地下にあるトンネル網を活用して攻撃を指揮し、武器を保管し、人質を隠匿しているとしてハマスを非難した。
故に、医療施設が被ったいかなる損害もハマスの責任だとイスラエル当局は主張し、患者と医師を人間の盾として利用しているとしてハマスを糾弾した。
英国の王立国際問題研究所の国際安全保障プログラムに所属している準研究員ジェイミー・シェイ氏は、ウクライナとガザ地区の状況がほとんど同等に見えたとしても、これら二つの紛争のそれぞれを「同じ基本的な政治的対立の一部」であると見做すことは誤りだと認識することが重要だと語った。
「戦争が民間人に及ぼす深刻な影響や、地域における紛争の激化を避けたいという欧米諸国の願望など、(戦争には)いくつかの類似点が常にあるものです」と、シア氏はアラブニュースの取材に応じて語った。
「とはいえ、ウクライナとグルジアの紛争がロシアを介して関連があるとか、または、イスラエルのガザ地区に対する空爆が理由でフーシ派のような中東の親イラン民兵組織が動員されているといった意味での同じ基本的な政治的対立の一部分をウクライナやガザ地区が担っているわけではありません」
二重基準への非難に対するもう1つの反論は、イスラエルとパレスチナ間の紛争にはロシア・ウクライナ戦争のような道徳的明快さが欠如しているというものである。
英国議会のウクライナに関する全政党グループの共同議長を務める労働党のアレックス・ソーベル議員は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に12月に掲載されたコメントで、「ロシアの侵攻に道徳的な正当性は皆無です。ゼロなのです」と述べている。
「しかし、イスラエルとパレスチナの場合、非常に狭い土地に2つの民族が存在し、双方の政治的、軍事的上層部が、提案されている条件で妥協する気が全くないという事実から問題が発生しています」
さらには、イェーガー氏がフォーリン・アフェアーズ誌の記事で指摘しているように、ハマスによる境界線を越えての襲撃に対するイスラエルの報復とは異なり、ロシアによるウクライナ侵攻は、議論の余地はあるにせよほぼ間違いなく、挑発された結果ではない。
それでもなお、イェーガー氏は「国家が軍事力の行使を決定する場合には、戦争行為を管理する法律を完全に順守しなければなりません」と強く訴えた。
ジュネーブアカデミーで武力紛争法を専門とする研究員のユージェニー・ダス氏は、国家主体にも非国家主他にも同様に適用されるこうした法律の目的は民間人の保護なのだとアラブニュースの取材に応えて語った。
しかし、数多くの欧米諸国の政府の見解では、こうした法律はガザ地区の民間人には適用されないようである。他方、ロシアの軍事攻撃から逃れた1,200万人のウクライナ難民は、受入国に歓迎されており、彼らの権利は正当に尊重されている。
「約2年前に(英国に)やって来た数多くのウクライナ人を知っています」と、英国のウクライナ文化協会の創設者で会長のアラ・シレンコ氏はアラブニュースに語った。
「そうしたウクライナ人たちは主に子供連れの女性や高齢者で、大抵は勤勉な人たちです」
「彼らのほとんどは、苦境から立ち直る力や、知性、勤勉さ、人柄の良さ故に敬意を集めています。安全が確保され次第ウクライナに戻ることを大半が心待ちにしていますが、英国国民は彼らに対して非常に友好的な気持ちを持っています」
こうした歓迎ムードは英国政府によって奨励されたものだ。英国政府は、ウクライナ難民を収容するために予備の部屋を提供する経済的なインセンティブを英国民に提供した。ガザ戦争を含めて中東における紛争から逃れて来た難民を対象とした同様の制度は欧米諸国では一般的に存在していない。例外はカナダである。カナダ国内に既に居住している親族がいてガザ地区から退避して来た人々に、同国の政府は一時的なビザ延長制度を提供している。
シア氏は、このように、パレスチナよりもウクライナの民間人の命が重いとされているような二重基準を欧米が有している事を認めた。しかし、シア氏は、欧米諸国がガザ地区からのパレスチナ人の大規模退避を阻止しようとしているのは次に何が起こるかを懸念しているためだと確信している。
「欧米諸国は、パレスチナ人のガザ地区からの大規模な脱出を(ヨルダン川西岸地区への移住も含めて)阻止しようとしています。そうしなければ、イスラエルがガザ地区を再占領する事が可能となり、二国家解決の実現時にパレスチナ人たちが利用出来る土地がさらに狭小になってしまうからです」と、シア氏は語った。
「イスラエルによるさらなる入植の可能性を考慮すると、パレスチナ人たちは一度ガザ地区から退避すると戻れなくなる可能性が高いのです。そして、ヨーロッパのウクライナ人たちとは対照的に、パレスチナ人たちは、既に深刻な経済的ストレスに晒されているエジプトやヨルダンのような国々から歓迎されにくいのです」
もちろん、欧米諸国のウクライナ支援にも限界はある。ウクライナでの戦争がますます膠着状態に陥っているように見受けられる中、米政権内の政治的思惑が米国からのさらなる援助配分を妨げている。欧米諸国の国民は同時多発的な危機に疲弊しており、彼らの善意が急速に消滅してしまう可能性もあるのだ。
英国のノッティンガム・トレント大学で政治コミュニケーションの上級講師を努めるコリン・アレクサンダー氏は、「よくある事です…。国民は、複数の紛争のニュースに一気に接した結果、圧倒されてしまう事があるのです」と語った。
アレクサンダー氏は、アラブニュースの取材に応えて、現実がはるかに複雑であったとしても、ジャーナリズムは「読者を引き付けるために感情を喚起する事」に頼っており、複数の紛争において複数の犠牲者が出ている状況においては、共感を生じさせようとする企てが視聴者や読者の一部にとって「過剰に圧倒的」になってしまい得るのだと語った。
「世界は、現在、外交的にも軍事的にも困難な状況に向かって少しずつ進んでいます」と、アレクサンダー氏は述べた。「中東にウクライナ、北朝鮮、台湾 — 突如として最も熱心なニュースの読者ですら理解しきれなくなるほど多くの危機が発生し得るのです」
とはいえ、ウクライナ文化協会のシレンコ氏は、これまでの所、「ニュース疲れ」といった感覚や、ガザ地区に対する政策との比較から生じる二重基準の認識によって、英国に安全な居場所を見つけたウクライナ人に対する英国の国民の同情のレベルが低下する兆しはないと語った。
「英国に避難しているウクライナ人たちは、パレスチナで起きている戦争が原因で、嫌がらせを受けたり、ないがしろにされたりしているとは感じていません」と、シレンコ氏は語った。「私たちは、皆、ガザ戦争について残念に思っていますが、それは、英国にいるウクライナ人たちの生活や英国人の彼らに対する善意に影響を与えてはいません」