
【ベイルート】日産自動車の前会長夫妻カルロス・ゴーン氏とキャロル・ゴーンさんはベイルートで再会した。手をつないで通りを歩きながら、アラビア語とフランス語混じりでささやきあう。キスを交わす。
カルロス・ゴーン氏がかつて本拠とした場所日本に話題がおよぶと、二人の結束ぶりは最高潮に達する。
ベイルートの私邸で夫とともにインタビューに応じたキャロルさんは言う。「日本とは縁を切りました」
2週間前、カルロス・ゴーン氏は事実上の自宅軟禁下にあった日本から劇的な逃走劇を演じた。日本で同氏は、報酬の過少申告、特別背任罪、会社資金の横領といった嫌疑で公判を待つ身だった。同氏はすべての嫌疑を否認している。
ゴーン氏のベイルート入りの直後、日本当局はキャロルさんに、ゴーン氏の横領罪にからみ偽証の疑いで逮捕令状を発付した。
「私を告発するなんてちゃんちゃらおかしいことです」、そう語るキャロルさんは54歳のレバノン系アメリカ人。ニューヨークで長くファッションデザイナーとして過ごし、子供たちはいまも米国で暮らしている。
「何時間も証言した末に、自由の身だと言われていました。ところが9か月経ったら……この始末。これは復讐心から出たことで、法とは何の関わりもないことです」
ゴーン氏のほうはさらに頑なだった。「私は日本で18年間過ごしました。このように残忍に、不公正に、思いやりのかけらもなくあしらわれようとは思いもしませんでした」
「夫は陰謀の疑いを訴えましたが東京の検察当局には却下され、夫のしたことの弁明にはならないと言われました」
幼少期を過ごしたレバノンへの逃亡計画は少人数を交えてすばやく進められた。「大した額はかからなかった」し、計画は極秘だった、と同氏は語る。
「こういったことをやる場合、家族には大いに心配をかけることになりますので、気づかれないように進めるのが鉄則です」と同氏は言う。
知らされていたら逃亡を制止したか、との問いにキャロルさんは即答した。「もちろんです!」
が、しばし考えると夫のほうを見ながらこう話した。「いえ。何というか……言い直しましょう。もし最初から打ち明けられていたら、返事はノーだったでしょう、もちろん。逃げてはだめ。正面から戦って無罪を立証しようとしてたんだし……。でも、だんだんと、検察の姿勢がわかってきたから……。私は、『何てことなの、夫は公正な裁判なんて受けられっこないじゃないの』と口に出して絶望していたんです」
「夫のしたことに満足しています」。キャロルさんは語った。
日本の法務大臣は、ゴーン氏が公判から逃げたことは罪になりかねないとしている。
ねらいは人権問題化
レバノンは日本との間に身柄引き渡し協定がないため、ゴーン氏の弁護団は同氏がレバノンで公判を受けられるよう強く要請している。が、ゴーン氏は先週、自身の事件でレバノンと日本の関係に傷が入るのは本意ではない、と述べている。レバノンは目下経済危機の苦境にあり、日本は世界第三の経済大国だ。
ゴーン氏夫妻の意向は、今回の一件を人権問題とからめることだ。2018年11月の逮捕以降いかに非人道的に扱われてきたかを話すのが骨子だ。ゴーン氏は自身が隔離状態に置かれ、弁護団ともごく限られた接触しかできず、最大の不満点として、妻との面会を阻止された点を挙げる。ゴーン氏の一度目の逮捕のときには、夫妻は結婚2年目だった。どちらも再婚となる。同氏によれば、9か月で2時間しか面会を許されなかったという。
「私をつぶし、私をみじめな境遇へ追いやろうと彼らはしていた」とゴーン氏は言う。
日本の森雅子法相はこうした批判に対し、「とうてい看過できない」としている。
キャロルさんは夫の勾留中、ヒューマン・ライツ・ウォッチの支援を求め、パリで著名な人権問題の弁護士を雇い、ドナルド・トランプ大統領とエマニュエル・マクロン大統領にじかに夫の事件での援助を請うたと語っている。
ゴーン氏は、昨年後半までは日本に留まり取り調べと公判に最後まで臨む構えだったと語る。クリスマスの日になって裁判に5年はかかるらしいことがわかったので逃走を決めた、と言う。
ベイルートでの夫妻の暮らしは、弁護団との共同作業や友人たちと夕食をともにすることといったことで占められる、という。
夫妻にはそれぞれの悔いもある。キャロルさんの場合それは、17世紀に創建されたベルサイユ宮殿で豪壮な50歳の誕生パーティーを催したことだ。このパーティーについては、フランス国内で独立した捜査案件となっており、夫妻は否定するがゴーン氏夫妻による不正流用の疑いがもたれている。また、夫妻の派手な暮らしぶりへの批判も呼んだ。
「すばらしい催しでしたが、結果は惨憺たるものでした。いま思うと不適切でした。あんなことはしなければよかった」。キャロルさんはそう話す。
夫妻とも、このままずっとレバノンで暮らすことになっても不満はない、と語った。
日本へ戻る考えは?
「まったくありません」とキャロルさん。
ロイター