
アラブニュース
ドバイ:18年前の2月、著名な政治家で元レバノン首相のラフィク・ハリーリ氏がベイルートでトラックの自爆により暗殺された。政界に入る以前は慈善家だった同氏は建設業で財を成し、レバノンの戦争や紛争の犠牲者に数百万ドルを寄付した。後には内戦終結と首都再建において主要な役割を果たした。
ハリーリ氏の暗殺は、レバノンにおける劇的な政治的変動や民主主義を求める運動の始まりを告げるものとなった。同氏暗殺後の数年間、同国におけるシリアやヒズボラの影響力に反対する政治家や著名人が標的とされた。
ハリーリ氏の死に関する調査を求める声が激しく高まった後、国際法廷が同氏暗殺に関与したとしてヒズボラのメンバーに有罪判決を下したにもかかわらず、ヒズボラはレバノンに対する支配をひたすら強め、この国を悲惨な状況に陥れ続けている。
アラブニュースの時事トーク番組「フランクリー・スピーキング」では毎回、トップの政策立案者やビジネスリーダーに話を聞いている。同番組において、レバノンのエコノミスト、ナディム・シェハディ氏は次のように語った。「ハリーリ氏は18年前に殺害された。そして約15年かけて、彼が築こうとしたもの全てを含む国全体が破壊されてしまった」
「レバノン特別法廷と独立国際調査委員会がレバノンに来てから結果を出すまで約15年間かかった。そして、これまでに何度か暗殺事件が起こったレバノンにおいて、史上初めて有罪判決が下された」
しかしシェハディ氏は、ハリーリ氏の事件において有罪判決が下されたにもかかわらず、ヒズボラはレバノンに対して影響力を持っているため真の暗殺実行犯は罰せられず、同組織は引き続きこの国を人質に取り続けるだろうと言う。
近年、レバノンの様々な政治的・経済的危機は高まるばかりだ。2021年には同国のインフレ率は世界最高となった。レバノンポンドの価値は大幅に下落している。
昨年には、凍結された預金の引き出しを求める人々が武装して銀行を襲撃する事件が相次いだ。かつて「東洋のパリ」と呼ばれた首都を有するこの国では、今や人口の3分の2が貧困に苦しんでいる。定期的な停電や、医薬品や水などの必需品の不足もますます日常化している。
レバノンの慢性的な不安定さは、新型コロナパンデミックや2020年のベイルート港爆発事故を経て、近年ますます深刻化している。爆発事故では数百人が死亡、数十万人が家を失い、ベイルートの半分以上が被害を受け、莫大な経済損失が生じた。
不正や不平等に反対する運動を行っている2つの国際機関、ヒューマン・ライツ・ウォッチとアムネスティ・インターナショナルは、この爆発事故に対する調査を「茶番」と呼んだ。
シェハディ氏は、レバノンは歴史的に「非常に健全で機能的な司法制度」を有しているものの、ヒズボラが調査に干渉していると主張する。
一連の災難を受け、レバノン国民の多くは政治階級全体の廃止を求め始めたが、シェハディ氏はそれを「馬鹿げた要求」と見る。
同氏の意見では、レバノンの政治制度は一部の観測筋が言うような「宗派主義」ではなく、「コミュニティ間の社会契約に基づいた政治制度であり、国家が成立する以前から(…)この国を維持してきたもの」なのだという。
同氏は「フランクリー・スピーキング」の司会者ケイティ・ジェンセンに対し次のように語る。「この国には地域の金融の中心だった銀行システムがある。政党もある。これらはレバノンを際立たせている柱だ(…)ところが、これらの柱を全て撤廃しろというのに近いことを革命勢力は言っている」
シェハディ氏は、レバノンの政治階級はシリア体制による15年間にわたる占領と政治的浸透によって損なわれているため、彼らに問題があることは間違いないと認めつつ、「だからといって制度全体の廃止を求めることは正当化できない」と言う。
総選挙が行われて8ヶ月が経つが、レバノンでは依然として大統領や機能する議会に関するコンセンサスが得られていない。
国際通貨基金(IMF)からの30億ドルの緊急融資を得るために早急な政治改革が必要とされているが、レバノンの政治制度はめちゃくちゃになっており、議員らの退場が定期的に起こっているような状況であり、この融資を得られる可能性は低そうだ。
シェハディ氏は、様々な政治的意見のある「分裂した」議会には反対しないとしながらも、次のように言う。「今の状況は分裂した議会ではない。15年、いや17年近くかけて酷くなってきた、全制度の麻痺状態だ」
また、レバノンとその制度はヒズボラの「拒否権の人質」に取られているとしたうえで、同組織は暗殺や政治的同盟の形成といった手段でレバノンに足掛かりを築いてきたと指摘する。
シェハディ氏は、ヒズボラがレバノンの国家機関に徐々に浸透している様を、中南米の麻薬国家で力を持つ麻薬カルテルの振る舞いと比較する。
「彼らは政治家、裁判官、警察、軍に賄賂を贈っている。それによって取り込むことができない人々はおそらく殺されるか、陥れられたり脅迫されたりしている。それが、この犯罪組織が国の中で力を得るやり方だ」
昨年9月29日以降、レバノン議会は大統領を選出するための投票を11回実施したが、いずれも選出には至らなかった。
ここに来て、レバノン軍司令官のジョセフ・アウン氏が有力候補として浮上している。しかし、同氏が大統領になるには憲法改正と、現在ナビーフ・ビッリー氏が議長を務める議会からの承認が必要だ。
シェハディ氏はビッリー議長について、レバノンのもつれた政治的網の目の裏も表も知っている「聡明なやり手」だとしながらも、「彼自身も人質になっている」と言う。
ビッリー議長が率いるアマル運動は、1980年代にヒズボラと数年間にわたって戦争した。この戦争では数千人が死亡した。
「イランとシリアの仲介のもと、両者の間で協定が結ばれて戦争は終わった。それによって、両者は基本的に一つの議会陣営、一つのリストを形成した。つまり、シーア派の議員枠を独占したのだ。シーア派からの支持を独占しているわけではないが、自分たちの地域のリストを操作することでシーア派の議員枠を独占している」
2022年9月から今年1月までの、大統領を選出するための複数回の投票においては、多くの議員が白票を投じた。初期の投票では、「レバノンに」「正義の独裁者」「該当者なし」などと書かれた票さえあった。
シェハディ氏は、レバノンの政権内における主要な決定や人事は総意で行われなければならず、また大統領、議会議長、首相の署名が必要だと説明する。今のように政治権力が空白の時は、レバノンの政府はほぼ機能停止するということだ。
「以前にもそのような状態が29ヶ月続いた。大統領不在、議会不在、機能する政府不在で(…)暫定政府はあったが。その後、政治家たちが言わば妥協してヒズボラが推す候補を選出することを受け入れた。現在はそれと同じ状況にある。難しい状況だ。長く抵抗すれば被害が大きくなるからだ。この国の経済崩壊の主因は政治の麻痺にあると思う」
「今優先すべきなのは、国家制度がこれ以上崩壊しないように、大統領を選出し、機能する議会と機能する政府を作ることだ」
シェハディ氏は続ける。信頼できる候補が不足しているわけではないが、議会は「人質に取られており、制度全体が人質に取られている。選出プロセスを開始するには3分の2プラス1という一定多数が必要だからだ。つまり、議会の3分の1でプロセスを阻止することができるのだ」
そういった数多くの政治的課題が克服され、レバノンが何とかIMFからの支援を受けられたとしても、IMFの融資はレバノンの財政問題を全て解決することはできないだろうとシェハディ氏は言いつつも、「IMFとの関与は極めて重要だ」と強調する。
「特に財政・金融政策に関しては、IMFの勧告に従うことが非常に重要だ。IMFが求める改革の一部に対しては多くの反対があり、それについても理解はするが」。観測筋の多くは、30億ドルの融資はレバノンの900億ドルの債務の軽減にはほとんど役に立たないと言っているという。
「しかし私の考えでは、関与を続けることの方が重要だ。この国は麻痺しており、欧米諸国やアラブ諸国から孤立している。今後、IMF、世界銀行、国連などの国際機関からも孤立するだろう。IMFのルートを無視することのダメージは非常に大きい」
シェハディ氏は、レバノンの経済崩壊は近年で最悪の現代的危機だという世界銀行の評価に同意する。しかし、この苦境からの出口はあると思うかという質問に対しては次のように答えた。「出口はある。ただ、レバノンだけの問題ではない。地域全体が同じ問題に直面しているのだ。レバノンの状況はパレスチナ、シリア、イラク、イエメンで起こっていることと似ている。そしてそれは地域の他の脆弱な国にも広がる可能性がある」
「地域の現象として扱う必要がある。地域における基本的な問題はイスラム革命防衛隊(IRGC)の役割だ。準軍事組織、非国家主体であるIRGCは、イラン国家と社会を乗っ取っているのだ。レバノンにおけるヒズボラや、イランが支援する民兵組織がイラクにおいてそうであるのと同じように。ハマスがパレスチナの和平プロセス全体を麻痺させているのと全く同様にだ」
このような状況のもと、レバノンの多元的な危機は「地域全体の問題」の一部であり「そのようなものとして扱う必要がある。レバノンは断層線あるいは一番弱い部分なのだ。地域全体の害悪や問題の多くは、まずレバノンで表面化する」
そのため、レバノンの危機を解決するうえでは国際社会や地域との関与や協力が極めて重要であり、また国際社会はレバノンの状況を絶望的と見なすことを控えなければならないと同氏は言う。
「我々は人質に取られていることには間違いないが、それでもこの国についての発言権は持っている。我々は(ヒズボラの)支配から抜け出すために国際社会からの支援を必要としている。繰り返すが、その支配は地域全体の問題だ。だから、我々の運命はイラク、パレスチナ、シリア、イエメンと似たものになる」
「断片的な見方をするのは正しくないと思う。もう駄目だと思われているという理由でその国を見捨てることも間違っている。レバノンにはまだ希望がある」