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欧米の権力者らを冒す宿痾は内訌という名の疫禍

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02 Mar 2020 10:03:39 GMT9
02 Mar 2020 10:03:39 GMT9

ドナルド・トランプ大統領の弾劾に同意せず同氏を大統領職にとどめることにした米共和党の穏健派の上院議員らは、その根拠として、大統領も弾劾手続きを経て膺懲されれば以前よりはルールに則りまともな政権運営をするだろう、という見込みを示していた。それが見込み違いであったことがかくもあっという間に、劇的な形で証明されようとはまさか思いも寄らなかったはずだ。

弾劾の窮地を脱したトランプ氏は強権を振るった。自分に仇なしたと思われる者全員に部下を使い断乎たる処断を下したのだ。一例として、国務省の官僚だったアレクサンダー・ヴィンドマン氏の即席解雇が挙げられる。勇気をもって議会の調査に出席したことを親トランプ派のメディアから叩かれていた人物だ。同氏は議会で、米政権がウクライナの大統領に圧力をかけてトランプ氏の政敵と結び付きのある企業への調査を開始させようとした経緯について証言していた。トランプ氏は最近では、現在進行中の司法省の調査に影響力を行使すべくみずからのツイートを利用、自分こそが米国の「法執行機関のトップ」だなどと言明している。

米国は伝統的に「よき統治」の範たる影響力を有していただけに、こうした振る舞いが米国外へ与える衝撃といっては、およそ肝胆を寒からしめる。このていたらくで、フィリピン、ロシア、トルコ、エジプト、ブラジル、イスラエル、ハンガリーといった国々へ国際的な圧力をかけられる余地など那辺にもあるまい。

先週トランプ氏が訪印した際は、トランプ氏がインドのナレンドラ・モディ首相を偏愛するさまを私たちは目の当たりにした。折しもインドではここ数年間、最悪の宗教暴動が広まっている。原因はモディ氏のヒンズー至上主義政策であり、このためイスラム教徒の市民権は毀損されている。しかるに米政権は同じように法の支配に無頓着であることから、モディ氏を褒め称えているわけだ。

国際的に法や紛争解決を扱う機関を形なしにすることも、こうした無法が世界に行き渡ることに拍車をかけている。中国やロシアが国連安保理決議をはねつける一方で、トランプ政権も負けじと、激しく領有権が争われているアラブ人の土地をイスラエルに明け渡すといった法を法とも思わぬ挙に出ている。

トランプ氏がみずからの政権を粛清によりスカスカにしているのと同じ不吉な徴候を、私は英政府にも見ている。英政府高官らの間では声高な批判が、ボリス・ジョンソン首相の筆頭格の黒幕、ドミニク・カミングス氏へ向けられ、政権全体が「身の毛もよだつような毒々しい雰囲気」だとしている。ジョンソン首相自身は昨年12月の総選挙以来、おなじみの眠そうな顔もあらばこそ、主要官庁への闘争ではひとりカミング氏が一騎当千の強者ぶりから政界各派の憎しみを買っている形だ。

カミング氏の「暗殺リスト」に載るのは、外務省、財務省、内務省の官僚トップとされる(サイモン・マクドナルド事務次官、トム・スカラー事務次官、フィリップ・ラトナム事務次官)。理由は私怨であったり、ブレグジットなどの政策課題をめぐる理念の違いだったりだ。ラトナム次官は2月29日に退職を強いられるにいたっており、同氏は、自身に向けられた「悪しき組織的政治運動」により強制的に退職させられたとして政府を告訴する意向を示している。

統治機関というものには不断の刷新が必須だ。が、大なたをふるう必要はない。熟慮を重ねた身を切る改革で示せばよい。

バリア・アラマディン

先の内閣改造ではサジド・ジャヴィド財務相が解任された。補佐官チーム全員の解雇を拒絶したためだ。

英国では政府省庁の官僚は比較的政治的な影響から独立した形で指名されるのが習いだ。このため、政権交代が起きても官僚はそのままポストに留まったりする。閣僚があわただしく交代する(特にこの数ヵ月は顕著だが)なか、官僚組織には最低限の継続性が求められるのだ。

私は元官僚の方々から、英国が米国のような政治の影響を受けやすい体制へ転換しかねない恐れを吐露された。体制に従順でなければ「スターリン主義的粛清」に官僚がさらされるというのだ。英国政府は、権力に真実を語り、政策選択において不偏不党の助言をおこなう伝統を失おうとしている。カミング氏の恐怖支配が裏で支えるジョンソン政権では、能力・経験・良識といったものに増して空っぽの政体へ隷従する忠誠心のほうが重んぜられるのだ。

一体、統治機関というものには不断の刷新が必須だ。が、大なたをふるう必要はない。熟慮を重ねた身を切る改革で示せばよい。ジョンソン氏やトランプ氏の政策の一部になら同意する向きもあるにはあろうが、その目的達成のため政府機関が吹っ飛ぶようでは慄然とするよりない。

EUとの貿易交渉が次なる段階に向け立ちはだかるにつれ、ジョンソン氏はまたぞろ、経済に壊滅的な影響のある「合意なき離脱」をちらつかせている。労働者の権利と食品規格に関する欧州全体にまたがる法制を回避したいねらいとみられる。ジョンソン氏はさして考えたふうもなくこうした高度に複雑な交渉を6月までに終わらせたいとしているが、6月ではまだ交渉のとば口へも辿り着いていまい。いずれにせよ影響は甚大というしかない。英国は欧州に食料の輸出入とも60%以上依存している現実があるのだから。

地上で最も古い民主主義国の数々も、そのいずれもが、もはや黄昏の時期を迎えているのが明白だ。古くからの習わしや予防措置は、政治や特定個人の方針の下、あるいはおろそかにされ、あるいは故意にサボタージュされている。政党同士は鋭く対立しあい、ネットでは陰謀論熱に浮かされた傍流の話が跋扈、さては衆目を集めるのが目的の外国人嫌悪から一匹狼を気取る政治傾向までといった風潮が幅を利かす。欧州全体にポピュリズムが伝播しその衝撃はもはや則を超えたものだ。このため、イタリアやオーストリア、スペインといった国々では政界がバラバラになって両極に分かれ、一部では統制不能にまでなる恐れがある。

したがって、2020年の今の文明社会を脅かす高い伝染性をもった疫病はコロナウイルスだけなのではない。ポピュリズムに堕したこうした暗黒時代から脱するには思った以上の傷と時間が必要かもしれない。米国の民主党支持者らは、カリスマをもち、国をひとつにまとめ上げる人物を3年の間待った。そうした人物こそが民主党の大統領候補となり、トランプ退治ができるはずだからだ。民主党の予備選が内輪の対立に終始する茶番劇であるのを見て、その希望は潰えた。

トランプ氏やカミング氏のような人物が蛮勇をふるい偶像破壊よろしくこれまでの制度をなぎ倒したり、あるいはヴラジーミル・プーチン氏、習近平氏、レジェップ・タイイップ・エルドアン氏がおのれを利するためのみに改憲したりするようなものは改革などとは呼べない。つねに優位とすべきは、熟慮を重ね細心の注意を払って立案された改革のほうだ。何となれば、世界がバラバラに引き裂かれポピュリズムをあおった者らの意のままとなった数年後では、ルールに則った私たちの政治規範は時計の針をリセットするくらいのことでは取り返せないほど申し訳程度でしかなくなっている可能性があるからだ。

すべてがなぎ払われる前に人々は立ち上がり、ルールに則ったシステムを守るべきだ。それが私たちの権利と自由を明記し、世界に70年以上とりあえずは平和と進歩と繁栄とを謳歌させた実体であるからだ。

バーリア・アラムッディーン氏は、中東およびイギリスで活動する実績あるジャーナリストで放送媒体にも出演。また、Media Services Syndicate編集人として多くの国々の指導者と面談している。

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