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イスラエル・パレスチナ紛争:これは占領なのだよ、愚か者め

31 Jul 2020
2016年4月27日、エルサレムとラマッラーの間の重要な交差点であるカランドイヤ検問所のイスラエル治安部隊。(AP写真)
2016年4月27日、エルサレムとラマッラーの間の重要な交差点であるカランドイヤ検問所のイスラエル治安部隊。(AP写真)
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31 Jul 2020

イスラエル占領が始まった1967年6月5日(月曜日)、私は12歳だった。両親の外出中、私と兄弟はサイレンを聞いた。兄は、安全な地下室に行くべきだと言った。私たちはボードゲームとトランジスタラジオを持っていった。ラジオではエジプトから「英雄的な」ニュースを放送していた。カイロに拠点を置くソート・アル・アラブは、エジプトが近隣のアラブ系軍用空港に先制攻撃を行った数十機のイスラエル戦闘機を撃墜していると偽った主張を展開していた。

外では現実が明らかだった。近隣の村から、持ち物を手にした子連れの何百人もの人々が、より安全であると考えられたベツレヘム中心部に向かって歩いていた。私たちは叔母の家がベツレヘム中心部にあったため、同じようにすることに決めた。兄と私は、降誕教会の近くの叔母の家までの約3キロの距離を、妹たちをおぶって歩かなければならなかった。

叔母の家は救急病院に変身しており、私のいとこのムバラク・アワド(後に非暴力的な闘争を引き起こそうとしたかどでイツハク・シャミールにより強制送還された)は負傷者を連れて来ていた。私の最も鮮明な記憶はひどく負傷した何人かのパレスチナ人を見たこと、そして町が爆撃されるので出ていくよう人々に促す拡声器の音声だ。1948年に父親と家を失ったいとこは応急処置に当たるとともに、表に立って、イスラエルの呼びかけを聞かずに家にいるよう同胞のパレスチナ人に促していた。このいとこのおかげで、何十もの家族が難民にならずに済んだかもしれない。

近所の家の破壊も鮮明に覚えている。どうやら、イスラエルはその家の家族の1人が抵抗行為に関与しているとことを疑っていたらしく、イスラエル軍が来て家を爆破したとき私たちは皆ショックを受けた。そのような野蛮な方法でお向かいの家が爆破されるのを見るほど、私たちの記憶にこびりついたものはなかった。

それから何年も経った後、私はエルサレムでジャーナリストになり、イスラエル軍の検閲に反対する平和的なデモに参加したとしてイスラエルに拘束された。エルサレム郊外に住む親として、私は子どもたちの学校への送り迎えのためイスラエル軍の検問所を超えるのに何時間も費やしてきた。

私がこれらの話に言及するのは、何十年にもわたり軍事占領、家屋の破壊、土地の没収、軍の検問が行われてきたにもかかわらず、イスラエルが1967年に軍事力をもって奪った地域が占領地域であると納得しない人がいるためだ。

アメリカの民主党は今週、次の選挙に向けた外交政策案の決議を行ったが、それは我々が住む地域における「占領」の存在にすら言及していなかった。また、概ね親イスラエルであるこの政策案には、「エルサレムは最終的な地位交渉が待たれる事柄であるが、イスラエルの首都であり続けるべきだと考える」という矛盾した条項が含まれている。交渉されるべき事柄であるならば、なぜ民主党は、パレスチナもエルサレムを首都とみなしていることを重々承知しながら、偏った解決策を主張しているのか?

国連総会、国連安全保障理事会、ハーグの国際司法裁判所を含む国際社会は、我々の土地の地位が軍事占領の地位であると主張している。1949年の第4回ジュネーブ条約は、皮肉にも、長期占領における占領権力の役割を規制することに合意した。これは、集団処罰(家の破壊や移動制限など)を禁止し、占領国による占領地域への自国民の移動、資源や考古学的遺物、土地、水の権利を略奪する権利を否定するものだ。これらはすべて、1967年以来毎日、我々の土地で行われてきたことだ。国連はイスラエルが先月だけで100のパレスチナの構造物を破壊または押収したと報告した―これは2017年以来最大の数字だ。標的となった構造物のうち、検疫所として使用されたテントを含む10カ所が、人道支援のために使用されていたものだ。

トランプ政権およびマイク・ポンペオの指揮下にある米国務省は、議会で義務付けられている年次人権報告書から「占領」という言葉を削除した。しかし、パレスチナ・イスラエル紛争を扱う外交政策案の中で民主党がこの言葉の使用を拒否するのを見るのは、非常に奇妙なことであった。

政治家、思想家、そして成人となった私自身の子どもたちは、多くの違法なユダヤ人入植地とイスラエルが西岸地区の最大30%を併合するという計画により、イスラエルの隣に独立パレスチナ国家を持つという考えはもはや実行可能ではないと精力的に主張している。彼らは、すべての市民が平等な権利を持つ単一の国家を主張している―完璧に聞こえる考えだ。しかし、今のところ、私のたった一つの願いはもっと単純なものだ。

治療を始めるには、まず病気を認識しなければならないことは明らかだ。

パレスチナとイスラエルがどのような解決策を受け入れようと、イスラエルによる占領と何百万人ものパレスチナ人の支配を終わらせる合意から始めなければならない。様々な解決策が議論されているが、治療を始めるには、まず病気を認識しなければならないことは明らかだ。

パレスチナ人とイスラエル人は自由かつ安全に暮らす権利を有するが、一方が他方を占領している間は、どちらの側も安全と独立を享受できないであろう。

イスラエル軍が我々の祖国に侵攻してから半世紀以上が経った今、パレスチナ人がイスラエルの軍事支配下に暮らしているのは事実だ。かつての民主党大統領選挙運動で使われたスローガン「それ(大事なこと)は経済なのだよ、愚か者め」から拝借して、私は民主党に対し「これは占領なのだよ、愚か者め」と、思い出してもらいたいと思う。

  • ダウド・クタブは、受賞歴を持つパレスチナ人ジャーナリストであり、プリンストン大学元ジャーナリズム教授である。ツイッター: @daoudkuttab

 

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