Since 1975
日本語で読むアラビアのニュース
  • facebook
  • twitter

「もう一つの現実」と武器化されたデータで溢れる世界をどう生きるか

Short Url:
29 Mar 2022 06:03:52 GMT9
29 Mar 2022 06:03:52 GMT9

世界のどこに行っても耳にするのが、「もう、どの情報源を信じればいいのかわからない」という言葉だ。大量に流れ込んでくる情報の多くは政治的なプロパガンダであり、どのバージョンの現実を信じたいかによって、それらの情報をそのまま鵜呑みにしてしまうことは容易い。

インターネットの時代が到来し、プロパガンダや検閲は過去の産物として歴史のゴミ箱に追いやられるものだと思われていた。2011年のアラブ革命はSNSによって勢いづき、ムアンマル・カダフィ大佐やバシャール・アサド大統領、ジン・エル・アビディン・ベンアリ大統領などの独裁者たちが真実を独占することはもはやできないはずだった。だが、どうしたことか、インターネットの出現により、ポスト真実世界のディストピアが出現し、世界中の人々が自分たちも食いついた嘘を練り上げ、発信することに熱心に参加するようになったのだ。

選挙を目前に控え、レバノンの人々は突如としてこれまでと同じ腐敗した政治派閥の、あらゆることを公約する執拗なプロパガンダ攻撃にさらされることになった。だが、数百万ドル規模を費やしたヒズボラの強引なプロパガンダは他の派閥すべてを凌駕し、テレビや学習センター、社会、文化、教育部門などにまでその力を及ぼし、人々の心と思考を支配しようとしている。残念ながら、ヒズボラの用いるレトリックはいまだに2006年、何千人ものレバノン人が殺傷された「神の勝利」の時点にとどまったままだ。「ヒズブ・アル・シャイタン」は、現在レバノンの人々が直面している悲惨な状況に対する解決を何一つ示していない。

QAnonもまた、こうした極端な「もう一つの現実」の一つで、米国は悪魔崇拝をし、小児性愛者で人肉を食らう「ディープステート」によって支配されていると強く主張している。時間をとってこのような人々の見解に耳を傾けることには価値がある。純粋に、人間の心がどこまでのことを信じることができるのかを垣間見ることができるからだ。

ドナルド・トランプ元大統領、ウラジミール・プーチン大統領、習近平氏という「善玉」がウクライナと台湾に隠されている生物兵器を世界から排除するために秘密裏に協力し合っているおかげで新たなパンデミックで世界が大混乱に陥らずに済んでいるのだと確信しているQAnon支持者の動画を見た。トランプ氏を支持する人々は高い割合でQAnonの様々な見解を組み合わせて信じており、共和党員の約3分の2が、2020年の選挙は不正だったという神話を信じている。

皮肉なことに、このように錯乱したグループの多くは、ロシアの同じように狂った戦争をウクライナの「ネオナチ」に対する戦いとして受け入れている。FOXニュースの司会者、タッカー・カールソン氏のようにプーチン大統領政権の論調に共鳴するコメンテーターもいる。カールソン氏の挑発的な発言の動画はロシアのテレビで何度も流され、両者は互いの信じる「もう一つの現実」を強化し合っている。

ロシア人の家族を持つウクライナの人々は、彼らはウクライナにいる血のつながった親戚の話よりもモスクワの国営放送の方を信じるのだと知った。QAnonという悪質な「もう一つの現実」カルトがアメリカの過程を引き裂く様子を見ていなければ、ほとんど信じられない事実だろう。

真実でないことを広めているという評判が裏目に出ることもある。イランや中国、トルコ、ロシアなどの権威主義国家では、COVID-19のワクチン摂取率が特に低い。国民が政府のプロパガンダはほぼ真実ではないと考えることに慣れているためだ。イランは、米国で製造されたからという理由で、100万人分近くのワクチンをポーランドに送り返した。このような自滅的で愚かな行為で、何千人もの命が奪われている。

プロパガンダの嘘や歪曲は、最終的には現実が暴かれる。嘘を広める者たちにとっては手痛いダメージがあるだろう。そして、嘘を広めることは、我々国民が信じようという意志があってのみ可能なのだ。

バリア・アラマディン

中国、イラン、ロシアは、プロパガンダの生態系としてインターネットを武器化することに最も力を入れてきた。中国の検閲体制は、恐ろしいほどに効率よく「逸脱した」ミームや物語を排除する。プーチン大統領政権は「トロール」を量産し、嘘の情報を信じさせることより、人々が何を聞いても信じられなくなることを目指している。

英国では、外国人排斥主義のタブロイド紙や利己的な政治家たちが国民を煽り、EUからの離脱という破滅的な事態に追い込んだ。シリア紛争の最中で、反難民の敵意に満ちた風潮が蔓延していた時期のことだ。現在、ボリス・ジョンソン首相は「ブレグジットをやり遂げた」と自負し、これをウクライナの自由を勝ち取るための戦いになぞらえている。ウクライナの最大の願いの一つは、EU加盟によって自由と権利、利益を獲得することであるにもかかわらずだ。

グローバリゼーションが終焉を迎えつつある中、それぞれの国がまったく異なる、相容れない物語を信じるという状況が致命的にも当たり前のことになりつつあり、大衆主義のメディア機関が異なる国同士の国民を扇動し合うことで、新たな世界紛争があちこちで発生する可能性がますます高くなっている。それは、ルワンダやミャンマー、旧ユーゴスラビアの過激派の政治家がメディアを利用して人々に同胞の虐殺を命じたことを彷彿とさせる。

先週、北朝鮮はこれまでで最長の弾道ミサイルを発射した。これは、サングラスをかけた金正恩氏が、長年目指してきた米国本土への核弾頭発射に向けての新たな一歩を祝うハリウッド風の奇妙なビデオによって締めくくられた。西側諸国の指導者たちが、ロシアがウクライナでの軍事攻撃の失敗に対し核攻撃を行う可能性を考慮しなくてはいけない現状では、見過ごせない事態だ。一方、イランは核開発能力の達成に近づいており、フーシ派の傀儡組織がサウジアラビアにミサイルの雨を降らせている。我々はいくつかの小さな不注意がハルマゲドンを引き起こしかねない時代に住んでいるのだといっても過言ではない。

しかし、すべてが失われたわけではない。イランの最高指導者が高齢化していることにより、劇的な政治的変化が起こる可能性も出ている。中国政府では反欧米的レトリックが主流だが、中国の指導者たちはウクライナ騒動から重要な教訓を学ぶ可能性もないとはいえない。たとえば、武力行使の限界や、指導者が自らを賞賛する意見だけに耳を傾けないようにする必要性などだ。

本人たちはまだ知らないかもしれないが、何千人ものロシア人の母親たちがすでにウクライナで息子を失っている。アメリカがベトナム戦争後のトラウマの渦中で知ったように、多くの国民が遺体袋に入って帰国する時、もしくは帰ってくることすらない時、プロパガンダを広める者たちはすべての信用をあっという間に失う。

1967年6月11日、アラブ世界、そしてアラブ民族主義の大義を揺るがす決定的な瞬間が訪れた。「アラブの声」ラジオが6日間、イスラエルに対しての輝かしい勝利を宣言し続けた後、アラブ諸国は、エジプト、シリア、ヨルダン軍の惨敗の後、停戦協定が調印されたことを知ったのだ。

プロパガンダの嘘や歪曲は、最終的には現実が暴かれる。嘘を広める者たちにとっては手痛いダメージがあるだろう。そして、嘘を広めることは、我々国民が信じようという意志があってのみ可能なのだ。市民として我々にできるのは、ただ、開かれ、疑問を呈することを忘れない心を持って世界を見つめることだ。

  • バリア・アラマディン氏は受賞歴のあるジャーナリストで、中東および英国のニュースキャスター。『メディア・サービス・シンジケート』の編集者であり、多くの国家元首のインタビューを行ってきた。
topics
特に人気
オススメ

return to top