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イラクとレバノンにおけるイランの代理人は自らの首を締めている

2019年12月1日、イラクのナジャフで続いている反政府デモ運動中に負傷した男性を運ぶ医療スタッフ。(ロイター/アラア・マルジャーニ)
2019年12月1日、イラクのナジャフで続いている反政府デモ運動中に負傷した男性を運ぶ医療スタッフ。(ロイター/アラア・マルジャーニ)

すでに400人の死者を出しているイラクでの殺人行為は、聖地ナジャフのイラン領事館が放火されたことを受け、この週末に恐ろしいほどエスカレートした。わずか48時間の間に約70人のデモ参加者が射殺されたのだ。手を下したのは主に、責任を負わないテヘランの支援を受ける民兵たちだった。最高指導者アリー・ハーメネイーの代理人は、過激派のアル・ハシード・アル・シャアビに対し、領事館放火の責任を負う者たちを「追跡」して「根絶」するように煽り立てた。

レバノン、イラク、そして自国の街頭におけるテヘランの弾圧戦略は、次第に自暴自棄の様相を呈している。時間稼ぎと上辺だけの政治改革はすでに失敗した。デモ運動を脅しによって鎮圧する試みは、怒り狂って反抗する数千人のデモ参加者をさらに生み出しただけだった。ヒズボラの構成員が彼らの黄色い旗と党派を支持するスローガンでデモ隊をなじると、市民たちは反抗して言い返し、「ここはレバノンだ、イランではない」「ヒズボラはテロリストだ」と大声で繰り返した。以前は「ユダヤ主義の密告者」となっていることや、「抵抗の枢軸」を支えられなかったことへの非難がヒズボラの批判者たちへの脅しとなり、彼らを黙らせたものだった。現在はそのような脅し文句も、デモ隊の仮設キャンプで徐々に冷笑されるようになっている。

最近開かれた国際会議で政権とつながりのあるイランの学者たちは、ヒズボラを純粋な政治団体へ転換することを提案してきた。ヒズボラはテヘランの国外での扇動行為に関して、最も重要な存在である。そのことが現実的な意味をなくそうとさえしているいう事実が、政権内のパニックの程度を示唆している。パニックの原因は、現在の展開がもたす存続に関わる脅威である。

イラン人抗議者たちを厳しく弾圧してきたハーメネイーは、イラクとレバノンにおける代理人たちの攻撃的な態度が十分ではなかったと信じている。11月21日、ハーメネイーは民兵組織のリーダーであるファリフ・アルファヤッドやハディ・アルアミリを含むイラク当局者たちをテヘランに呼び出し、例え死者が数千人に拡大するとしてもデモ隊を鎮圧するために「極端なレベルの暴力」を求めたという。ハーメネイーは「イランがイラクをあきらめることはなく、イランの影響力が低下することも許さない」と言ったと伝えられている。

コドス軍のガーセム・ソレイマーニーは弾圧を細かく管理してきた。イラクにおける死者の大部分は、彼の民兵組織の協力者たちの仕業である。目撃証言によれば、ナシリヤやアマーラなどシーア派が大多数を占める町にいるアサイブ・アフル・アルハクの構成員が、彼らのオフィスの屋根からデモ隊に向けて発砲を開始し、さらに車で走り回って無差別に市民を撃ったという。民兵による組織的な拉致行為も増えており、拷問の実例も報告されている。

ナジャフの領事館事件の直後、代理人のリーダーであるアブ・マハディ・アルムハンシス(カターイブ・ヒズボラ)とカイス・アルカザリ(アサイブ・アフル・アルハク)は、彼らの率直な擁護者である大アヤトラのアリ・アルシスタニをデモ隊が攻撃する計画を立てているというありそうもない主張をし、聖都に彼らの部隊を配備することを求めた。実際には、アルシスタニがイラクの指導者たちに求めたのは、アーディル・アブドゥルマフディー首相の強制的な辞任で高く評価されている「彼らの選択を再検討する」ことだった。テヘランはイラクの聖都における存在感を強化するために、さまざまなことを口実にしてきた。最近では拒絶された「巡礼者を保護する」ためという理由で、20,000人のイラン人治安部隊を送ることを提案した。

アブドゥルマフディー首相の辞任はデモ参加者たちから歓喜をもって祝福されたが、状況は何も変わっていない。同首相は数週間にわたり辞任するように脅され、それを阻止することができるのはソレイマーニー、アルアミリ、およびアルムハンシスの介入だけだった。レバノンと全く同じように、新しい政府を構成するには数ヶ月かかる可能性があり、同じように腐敗した信用のない顔ぶれの新たな組み合わせが昇格するだけである。デモ参加者たちの目標が達成されるのは、テヘランが資金援助する派閥制度全体を跡形もなく破壊した時だけである。

ハーメネイーは迅速で決定的な解決策を必死に求めている。レバノンとイラクにおいて長期化している不安定な状況が彼の支配能力を弱めており、一方で騒乱がイランの各都市へとさらに伝染するリスクがあるからだ。普通のレバノン人たちに対して危害を加えていることと共に、銀行システムの崩壊が差し迫っていることも、イランとヒズボラに影響を与えるかもしれない。イランとヒズボラはそれらのチャンネルを通して資金を組織的に洗浄し、貯め込んできた。さらにテヘランは、1982年に起こったのと全く同じように、イスラエルがレバノンの内戦を利用して「抵抗」を決定的に根絶しようとするかもしれないことを恐れている。

ヒズボラがレバノンで権勢を振るうには、ミシェル・アウン大統領やジブラーン・バシール外務大臣などキリスト教徒のリーダーたちとの協力を通すしかないが、彼らのコミュニティ内での支持は急速に失われている。ハサン・ナスルッラーフは、デモ参加者を殺すことでレバノンがさらに団結してヒズボラに対抗することになるのを恐れている。それにもかかわらず、ハーメネイーがナスルッラーフに圧力をかけてシリアの紛争に干渉させたのと同じように、もしヒズボラの資金提供者が血を望めば、従順にベイルートの通りが赤く染められるだろう。

ハーメネイーは迅速で決定的な解決策を必死に求めている。レバノンとイラクにおいて長期化している不安定な状況が彼の支配能力を弱めており、

バリア・アラムディン

西側諸国のリーダーたちからの疲れ切った反応は、罰されることなく市民を制圧できるイランの協力者たちを勇気づけてきた。もし死者の急激な増加を避けるのであれば、外交官たちはデモ参加者の強い願いが無視され、当局者たちが抑圧の道をずっとたどるのであれば、間違いなく重大な結果(国連による措置、制裁、戦争犯罪捜査、外交措置など)になることを強く示す必要がある。

ハーメネイーは残忍な弾圧のモデルを国内の騒乱に対する魔法の解決策として広めようとしているが、イラン国内の抗議運動は根強く残っており、さらに勢いを増す可能性がある。イランの抗議者たちは最近の数年間で何度も何度も残忍に鎮圧されてきたが、未だに勇ましく迫害者たちに対して反対の意志を表明する。

1970年代後半、イラン国王はイラン人抗議者たちを鎮めるために、必死になって訳の分からない試みの間で右往左往し、弾圧に失敗した。成功したのは、イラン全体を自身に反対する方向に団結させたことだけだった。その結果、1979年に革命が起こり、アヤトラのルーホッラー・ホメイニーが頂点に立って他の全ての勢力を情け容赦なく潰してしまった。

現在のイラクとレバノンの抗議者たちは、もう戻れない地点を通り過ぎる一歩手前にいるようなものである。残忍で過剰な力に対する依存が高まっているにもかかわらず、アル・ハシード・アル・シャアビとヒズボラはじりじりと自らの首を絞めようとしている。彼らは自らの草の根の支持者たちの間に残っているあらゆる人気の正当性を、むしばみ続けているからだ。

もしこれが実際にイラクとレバノンにおけるイランの支配の終わりの始まりだとすれば、我々の前途にはまだ長くて血だらけの道が続く。ハーメネイー、ナスルッラーフ、そしてアルアミリは決して敗北を認めない。テヘランは自らの地域支配戦略に数十億ドルを投資しており、単純に立ち去ることはない。最近の失敗に対する彼らの反射的な反応が、殺人を増やすことになる可能性がある。これが恐ろしい犠牲を出すことになるかもしれないが、そのような残虐行為は最終的にイランの影響の全ての現れを永久に排除しようとする、大衆の決意を強化する結果となるだけである。

バリア・アラムディンは受賞歴のあるジャーナリストであり、中東および英国のアナウンサーである。彼女は『メディア・サービス・シンジケート』の編集者として、多数の国家元首にインタビューを行ってきた。

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