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西澤龍一氏、ビデオゲーム『ワンダーボーイ』や『モンスターワールド』の生みの親

西澤氏は、『ワンダーボーイ』と『モンスターワールド』のビデオゲームシリーズの制作者として非常に知られている。(提供)
西澤氏は、『ワンダーボーイ』と『モンスターワールド』のビデオゲームシリーズの制作者として非常に知られている。(提供)
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04 May 2021 12:05:15 GMT9
04 May 2021 12:05:15 GMT9

アミン・アッバス

ドバイ:日本のビデオゲーム制作者である西澤龍一氏は、ウエストンビットエンタテインメント社の共同設立者だが、『ワンダーボーイ』や『モンスターワールド』シリーズの作品で非常に知られている。

アラブニュースは今回、西澤氏をインタビューした。彼は18歳で働き始め、アーケードゲームの企画とピクセルアートを担当した。

 UPLを退社した後、独学でプログラミングを学び、そこからプログラミングとデザインの両方を担当しながら『忍者キッド』などのアーケードゲームを制作するようになった。

その後、ウエストン社を設立し、後にウエストンビットエンタテインメントに社名変更した。ディレクター兼ゲームデザイナーとして西澤氏は、『ワンダーボーイ』のアーケード版や『モンスターワールド』シリーズのコンソール版を含むいくつかのゲームソフトに携わってきた。

アラブニュース・ジャパンの独占インタビューで彼は、ビデオゲームのインスピレーションについて次のように語った。「私の体の半分は『スターウォーズ』、残りの半分は『未知との遭遇』からできています。15歳だった1978年に初めて見たこの2作の映画は、私を創造の世界に惹き込んでくれた初めてのものでした。ゲームに限らず、何かを創るとき、私はこの2作の映画から強い影響を受けているのを感じます」

お気に入りのビデオゲームについては、次のように語った。「ゲームを制作するとき、他のゲームからインスパイアを受けることもありますが、私の主なインスピレーションの源は、ゲームよりも映画です。『ゼルダの伝説』シリーズは最初のゲームが発売されたときからのファンです。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』も大好きでした」

日本の文化で最も影響を受けて日常生活にも取り入れてきたものについては、次のように述べた。「子供の頃に見たアニメ、10代の頃に読んだ漫画、大人になってから見た映画、それらすべてが私の作品に大きな影響を与えています。子供の頃はテレビを見るのが大好きでした。『ウルトラマン』、『仮面ライダー』、『キカイダー』などの特撮ものや、ハンナ・バーベルの『スーパースリー』、『怪獣王ターガン』、『チキチキマシン猛レース』といったショートアニメが好きで、毎日テレビの前に座って見ていました。これまでのゲーム開発も、多くの形でこれらのテレビ番組の影響を受けたと感じています」

西澤氏は『ワンダーボーイ』と『モンスターワールド』ビデオゲームシリーズの制作者として非常によく知られており、両シリーズの制作秘話についてアラブニュースに語ってくれた。3本のゲームの企画とプログラミングを担当した後、彼は1985年に、自身のゲーム開発会社を立ち上げたという。

「最初の仲間は3人でした。初めて開発したのは『ワンダーボーイ』というアーケードゲームです。当時のアーケードゲームは、ほとんどがシューティングゲームで、画面の暗いものが多かったので、私たちは明るい画面のものを作ろうと決め、アクションゲームを開発することにしました。ファミコン(NES)で『スーパーマリオブラザーズ』が流行りだした頃で、その影響もあったと思います」と西澤氏は続けた。

「当社1作目の『ワンダーボーイ』がヒットしたため、開発チームの人数を倍に増やし、2作目のゲームに取り掛かりました。その2作目が『モンスターランド』でした。『モンスターワールド』という名称は、商標上の理由からコンソールへの移植版で初めて使われたもので、当初のアーケード版は、『モンスターランド』と呼んでいました。『モンスターランド』は、キャラクターのレベルを上げながらプレイヤーが世界を旅していくもので、ロールプレイングゲームの要素を取り入れた最初のアーケードゲームでした。そしてそれはロングヒットとなりました」と彼は語った。

西澤氏は、1992年から開発を始めた発売間近のアクションプラットフォームゲーム『時計じかけのアクワリオ』について、特別な開発秘話をアラブニュース・ジャパンに語ってくれた。「『時計じかけのアクワリオ』は、開発に2年をかけたアーケードゲームで、1993年に完成したのですが発売されることはありませんでした。当時のアーケードゲームは格闘ものが全盛で、2Dプラットフォームゲームは廃れつつありました。しかし27年を経た今年、未公開だったそのゲームが発売されることになったのです。この復活プロジェクトの秘話は非常に興味深いものでして、それについてお話ししましょう」

『アクワリオ』復活プロジェクトの時系列

1.2006年に、『アクワリオ』をロケテストしたひとりの日本人プレイヤーが、写真入りでゲームのレポートを自身のブログに投稿する。多くの海外レトロゲームファンが、この時初めて『アクワリオ』の存在を知る。

2.2012年、Xbox Liveアーケード上の『モンスターワールドコレクション』発売に合わせて、米国のゲームSNSで『アクワリオ』が紹介される。

3.『アクワリオ』をプレーしたいと海外の『モンスターワールド』ファンからの要望が高まる。

4.西澤氏は、『アクワリオ』に興味ある人々の存在を知り、ある日、それを探してみようと決意し、会社の保管施設に隠されていた『アクワリオ』のソースコードをなんとか見つけ出す。そしてそのニュースをツイッターで紹介した。

5.ストリクトリー・リミテッド・ゲームズ社のデニス・メンデス氏が、ソースコード発見のニュースを聞きつけ、『アクワリオ』復活プロジェクトを立ち上げる。

西澤氏は、自身のビデオゲームのいくつかには中東地域からのインスピレーションを受けたものもあると説明した。「日本で最近発売された『アーシャ イン モンスターワールド』の設定は、4世紀から5世紀の中東をベースとしています」と彼は言う。

「ゲームに出てくる宮殿の建物をデザインするとき、私たちは、ドバイの豪華なリゾートホテルや、アブダビのシェイクザイード・グランドモスクのような建物を参考にしました。また、ペルセポリス遺跡や、イスファハンの建造物なども参考にしています」

「ゲーム開発を通して中東の歴史や文化に浸ったとき、この地がかつては世界の中心地だったことを彷彿させる無数の壮大で荘厳な建造物や、周囲の自然に溶け込む美しい街並みに驚きました。一方で、巨大な高層ビル、リゾート地、美しい夜のビル群などもあり、新旧のコントラストが実に見事です。その意味で、この地域の歴史の長さに思いを馳せるとき、私が住んでいる京都の街と非常に似ているようにも思うのです」と彼は付け加えた。

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