
モスル:積み重なる厨房用品、連なる肉屋:イラクのモスルの歴史的卸売市場は、商業ハブとしての街の名声を復興するため、過激派からウィルス流行に至るまでの逆境と戦っている。
北部のこの都市は何世紀にもわたる商業ハブであり、南はバグダッドへ、西はシリアへ、北はトルコ以北へ、東はイランへと結ぶ輸送ルートに沿い戦略的に配置されていた。
30年前、モスルは「アルブルサ」と呼ばれる巨大市場をオープンした。この市場では、食品、家庭用品、その他商品を消費者だけでなく小規模店にも直接販売していた。
モスル出身の経済学者モハマド・ネフ氏は、「市場は毎月約1200万ドルもの利益があった」と述べた。
しかし、このような黄金時代は、2014年、ダーイシュグループがモスルに対し残忍な統治を始めたため、急に打ち切られた。この統治は数ヶ月の激しい闘争後2017年に終焉した。
アルブルサのある西モスルは廃墟となったが、起業家精神のある住民たちが復興のために熱心に取り組んだ。
最初に戻ってきたのは、掃除用品を販売し、アルブルサの遺産を誇りに思う若いアブダラ・マフムード氏(27歳)だった。「ブルサは1990年にオープンし、年月が経つにつれて、このような簡素な小規模店が州全体で最も重要な市場となった」と氏は述べた。
2014年にそこにあった500店舗のうち、約300がすでに個別の資金で再開したと氏は述べた。
売買の水準は目覚ましい回復を遂げたものの、まだ以前の水準には達していない。
「多くの事業家が退去したまま二度と戻らないため、現在、アルブルサの月間取引上限は800万から1000万の間である」とネフ氏は語った。
モスルとより広域のニーナワー州は、ダーイシュとの闘争中に退去率が最も高かった。
銃火が止んだ後でも、都市の大部分はまだ水、電気、学校などの主要なサービスが不足しており、多くの世帯が帰還を躊躇した。
アルブルサは正常な状態への復帰を表す。
市場に頻繁に出入りするもう1人の27歳の商人、オベイダ・アル・アイシャ氏は、「住民が戻ってきて、地域全体に活気を取り戻すのに役立った」と語った。
毎朝、アルブルサは、子供のおもちゃからコーヒーや挽きたてのスパイスまであらゆるものを購入するために、徒歩や車、オートバイで訪れる買い物客で混雑する。
買い物客は、あらゆるニーズに応えるワンストップショップだと語るが、卸売業者も好都合だと考えている。
「私にとって途方もない時間とエネルギーの節約になる。以前は、モスル市外の町の小さな市場個々へ販売に行かなければならなかった。」と農民のカラフ・オワイド氏は語った。
「現在では、私が早朝にここに来ると、小さな店のオーナーがみんな各自の店の在庫を買いに来てくれる。以前のように自分が出向く必要はない。」
ユネス・アベド氏(50歳)は、街の西にある自身の食料品店をストックするためにアルブルサに買いに来る。
「ここでは全て見つけることができるが、一部の店主はまだ戻っていない」とアベド氏は述べ、このような店主たちは闘争で損失した資産の補償を望んでいると付け加えた。
モスルの住民は、闘争で破壊された家、車、店先について政府に補償を申請したが、3年間でほとんど返済されていない。実際、アルブルサの元の店舗の約200は放棄されたままで、金属製のドアはまだ吹き飛んだ状態で、へこみ傷のある壁には落書きがされている。
「なぜこんな破壊が?」アルブルサ近郊で崩壊したコンクリートの梁には1つのメッセージが黒く走り書きされている。
店主たちはまた、トルコなどイラク隣国からの安価で大量生産された輸入品との競争に苦労している。
2014年にダーイシュがモスルとその周辺の農地を奪取したことで、農民と地元の生産者がイラク市場から切り離され、そこで生じたギャップはすぐにトルコの商品で埋められた。
「現在アルブルサで購入できる製品の約90%は輸入品である」と、地区の事業家の1人アフマド・アルシャマリー氏(42歳)が推定した。
そしてもちろん、新型コロナウイルスと原油価格暴落により引き起こされた経済減速があり、州の月収は大幅に減少した。
政府の財源が枯渇したため、イラクの公共部門の労働者400万人が、賃金支払いがいっきに数週間遅延することを経験している。
AFP