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スエズ運河の封鎖で露呈した世界貿易の流れの脆弱性

2021年3月26日に撮影されたMaxar Technologies社によるこの衛星画像には、スエズ運河に浮かぶコンテナ船「エバーギブン」号が写っている。(ロイター)
2021年3月26日に撮影されたMaxar Technologies社によるこの衛星画像には、スエズ運河に浮かぶコンテナ船「エバーギブン」号が写っている。(ロイター)
エジプトのスエズ運河をふさいでいるコンテナ船「エバーギブン」号の離礁作業にあたるタグボートや浚渫機。(AFP)
エジプトのスエズ運河をふさいでいるコンテナ船「エバーギブン」号の離礁作業にあたるタグボートや浚渫機。(AFP)
スエズ運河をふせぐように座礁し交通を遮断している貨物船「エバーギブン」号の竜骨を掘り出すバックホー。(AP経由でスエズ運河当局から提供)
スエズ運河をふせぐように座礁し交通を遮断している貨物船「エバーギブン」号の竜骨を掘り出すバックホー。(AP経由でスエズ運河当局から提供)
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28 Mar 2021 01:03:57 GMT9
28 Mar 2021 01:03:57 GMT9
  • 巨大貨物船「エバーギブン」の撤去の遅れによって、パンデミックによって引き起こされたグローバルサプライチェーンの問題がさらに悪化することになった
  • 今回のスエズ運河封鎖により、貨物船のサイズ、水路の交通容量、現地生産の利点に対し疑問が生じている

コーネリア・マイヤー

ベルン(スイス):国際水路の重要性において、スエズ運河ほど重要な水路はない。運河当局によると、2019年にこのエジプトの水路を通過した貨物は10億トン以上だったが、これはパナマ運河を通過するトン数の約4倍に相当する量である。

スエズ運河への依存度は、特にヨーロッパに高い。エネルギー、原料、消費財、部品をアジアや中東から供給するのに、この運河に頼っているからだ。だから、火曜日に巨大貨物船「エバーギブン」号が座礁し、世界貿易の重要な動脈をふさいでしまった時には、すぐに不安がよぎった。

船は来週の水曜日まで撤去されない可能性があると分かったときには、その波紋は同船の所有会社や運行会社、保険会社のオフィスを超え、大きく広がっていった。

エバーギブン号は、日本の商栄汽船が所有し、台湾のエバーグリーン社が運航する船舶である。IHS Markit社によると、スエズ運河では毎日約100億ドル分の価値のある貨物が通過しているが、エバーギブン号だけで10億ドル分の価値のある貨物を運ぶことができると推定されている。

スエズ運河は1869年の開通以来、1957年~1958年にエジプトのガマル・アブデル・ナセル大統領(当時)が水路を国有化した際と、1967年~1973年、2度のアラブ・イスラエル戦争の際にそれぞれほんの僅かの間中断されたことを除いては、運用が中断されたことはなかった。

 

この50年以上という間、スエズ運河はほとんど問題なく運用されてきた。むしろ、グローバル化とともにその重要性はますます高まり、東洋と西洋の結びつきを強めてきたとも言える。

だからこそ、この一時的な難局が、単に座礁船の撤去というだけにとどまらず、それよりはるかに大きな問題をはらんでいることは驚くにあたらない。今回のスエズ運河の一時的な閉鎖によって、船舶のサイズに関する問題がいくつか浮き彫りにされたほか、国際水路、グローバルサプライチェーン、輸入品の脆弱性という問題も浮かび上がった。

1980年から2019年にかけて、世界の貿易額は10倍に成長し、19.5兆ドルという規模に至るようになった。この成長に伴い、需要に応えるために、船舶のサイズもますます大型化していった。全長1,444フィート(エンパイアステートビルの高さとほぼ同じ)、幅194フィート、重量4億ポンド以上というエバーギブン号のサイズは、まさに巨大級だといえる。

スエズやパナマといった水路では大規模な拡張工事がこれまでに何度も行われ、浚渫も定期的に行われている(スエズ運河の最後の拡張工事は2015年に完了した)が、これらの巨大な船舶の通過を許可すれば、それなりに固有の危険性が伴うことにもなる。まさにその適例となったのが、火曜日の事故だった。

「どのくらいの大きさが大きすぎるのか」という問題は、これまでも当局、造船所、船舶所有会社、運営会社を悩ませてきた。これは保険業界にも関わる問題である。エバーギブン号事故もそうだが、将来また同じような事故が起こるとすれば、そのツケを払わなければならないのは保険会社だからだ。

さらに、「ジャストインタイム(JIT)」式のサプライチェーンがどれだけ信頼できるかという問題もある。この問題は、海洋安全保障にとどまらない。この4年間だけを見ても、米中間の貿易戦争により、グローバルサプライチェーンには大きな亀裂がもたらされていたのである。

 

企業が製品を原産国に戻す「リショアリング」がますます一般的になってきている。地政学的緊張や信頼性の低いサプライチェーンに直面した製造業者が、自社の投資の保護に気をつけるようになったからだ。

いずれにせよ、この傾向は新型コロナのパンデミックによってさらに悪化してしまった。昨年は世界中の国々が供給量の限られた個人用保護具(PPE)をめぐって争奪戦を繰り広げていたが、現在それはワクチン入手をめぐる争いとなった。

こうした政治的緊張の高まりによって、特に重要な商品であれば国内で、あるいは少なくとも同じ大陸で生産することの必要性が明らかになった。その例として、インテル社の最高経営責任者(CEO)であるパット・ゲルシンガー氏は、アジアのマイクロチップ・サプライチェーンへの依存度を下げるために、米国とヨーロッパに近々より多くの工場を設立すると発表した。

JIT式のサプライチェーンは、高精度のアクロバットのようなもので、1つの部品が少しでも遅れて到着すると、パフォーマンス全体が台無しになってしまう。そんなわけで、非常に脆弱なやり方なのである。これはエバーギブン号事故からも明らかだ。部品が遅れると、企業の製造工程全体が危険にさらされてしまうのだ。

専門家が取り組んだとしても、エバーギブン号の撤去および水路の清掃には、最大1週間かかるのではないかと言われている。これは、貨物の到着を待つ企業にとっては悪い知らせである。ビジネスの見合わせや遅延により、1日あたり約100億ドルの損失が発生しているのだ。まさに、「時は金なり」なのである。

喜望峰を経由する迂回ルートに変更する船舶も出てきたが、その場合、アフリカ大陸を大回りしなければならないため、追加で距離にして6,000マイル、燃料費も船舶サイズによっては最大40万ドルもの追加費用がかかることになる。船の所有会社や運営会社の多くがスエズ運河の両端で事態の推移を見守っているのも無理はない。

さらに、問題はそれだけにとどまらない。パンデミックの影響で、輸送用コンテナの物流はすでに混乱しており、金属製のコンテナが不足しているのだ。40フィートコンテナの価格は、過去12か月で4倍にも高騰した。

インフレを誘発する圧力は、輸送費関連にとどまらない。スエズ運河の閉鎖が長引けば、原油市場にも影響を及ぼす可能性が出てくる。

幸いなことに、スエズ運河は、湾岸からの石油輸送ルートとしてはその重要性をすでに失っている。その理由の一つは、アジアが湾岸産油国の最も重要な顧客となったことにある。スエズ運河を通過する石油の量は、2000年代初頭には日量380万バレルだったのが、現在は日量210万バレルにまで減少している。

原油市場は、事故に関わらず火曜日に上昇したが、その後は不安定な動きを見せ、金曜夕方(中央ヨーロッパ標準時)の終値は1バレルあたり64.66ドルとなった。封鎖が長期化すればヨーロッパへの原油供給にも影響が出る可能性があるが、ヨーロッパでの現在の需要は、コロナ規制措置やロックダウンにより低迷している。

頼みの綱もないわけではない。紅海から地中海に至るSUMEDパイプラインで、日量250万バレルの交通容量を持ち、しかもOPEC+の減産により、現在はほとんど使用されていない。

全体として見ると、今回のスエズ運河の封鎖により、国際航路の脆弱性やサプライチェーンの脆弱性が明らかになった。封鎖自体は間もなく解消されるかもしれないが、今回の事故により、船舶のサイズや、基本的には19~20世紀に人が作った水路がどうすれば巨大な船舶を収容できるのか、といった妥当な問題が浮かび上がることになる。

この事件により、特にヨーロッパやすでに過熱状態の海上コンテナ市場は、インフレという短期的影響を被ることになる。スエズの砂州からエバーギブン号を撤去するのに時間がかかればかかるほど、サプライチェーンや海上コンテナ市場により大きな影響を与えることになるのだ。

また、貨物運送が真に国際的なビジネスになっていることから、コンテナの遅延によるインフレの影響は世界中に波及することになる。

今回の事故は海運にとって大事件となったが、もっと最悪の事態となっていたかもしれない。エバーギブン号は日本が所有し台湾が運営する船だったことから、スエズ運河において事態が進行するなかで、通常この地域の表面下を流れる地政学的的な流れが表面化するようなことは起こっていない。

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コーネリア・マイヤーは、博士の学位を持つ経済学者で、投資銀行や産業界において30年の経験を持つ。ビジネスコンサルタント会社Meyer Resourcesの会長兼CEOも務める。ツイッター:@MeyerResources

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