
ベイルート:ベイルートの灯りのない通りの暗闇の中、男たちが警棒と懐中電灯を持って自分たちの手で治安を守ろとしている。近隣の安全を守るための取り組みだが、レバノンの物騒な過去を想起させる不穏な光景だと批判的に見る人もいる。
ベイルートで最も環境の良いいくつかの通りで今月始まった近隣監視は、1975~1990年の内戦以来最悪のショックとなった、国家の大半を麻痺させ貧困を深刻化させた2019年の経済崩壊以来レバノンを苦しめている危機の最新の症候だ。
キリスト教徒の政治家ナディム・ジェマイエル氏が発案し同氏が設立した市民社会団体が組織したこの取り組みを支持する人々にとっては、ベイルートのアーシュラフィーフ地区に配置された人々は犯罪を心配する住民に安心を提供している。
しかし批判者にとって彼らの姿は、国が崩壊し民兵組織が街頭を支配しベイルートが分割された内戦の頃を思い起こさせるものだ。
市長は、他の人々の追随を助長しかねないとして懸念を表明した。
カターイブ党の議員であるジェマイエル氏はそういった批判をはねつけている。同氏の父バシール・ジェマイエル氏は、1982年に大統領に選出され暗殺されるまで、内戦の中で主要なキリスト教民兵組織を率いていた。
ナディム・ジェマイエル氏は、「我々は民兵組織ではない。武装していないしロケット弾やドローンも持っていない」と述べ、イランが支援するシーア派重武装組織ヒズボラを引き合いに出した。
同氏は、「今のベイルートやレバノン全国で我々を悩ませている最大の問題は、電気がないこと、安全がないこと、安心感がないこと、全ての通りが暗いことだ」としたうえで、国家が「不在」だと表現した。
「彼らが義務を果たして通りに灯りをつけていれば、我々は通りを照らす必要に迫られることはなかった。彼らが(…)国を崩壊させていなければ、今我々は人々を安心させるために通りに立つ必要に迫られることはなかった」
同氏は、現時点で98人が採用されているこの取り組みは治安当局と連携して開始されたもので彼らの業務を補うことを目的としていると説明し、治安部隊は危機のせいで人員不足に悩まされていると付け加えた。
レバノンの治安当局は、国の他の機関と同様に、通貨価値が95%下落したことで兵士や警察に支払われる賃金の価値が崩壊したことから大打撃を受けている。
米国は給与支援などの援助で彼らを支えている。
国内治安部隊(ISF)の報道官はコメントの要請に応じなかった。
危機の中、武装強盗、自動車強奪、バッグひったくり、インターネットや電話用のケーブルの窃盗などの犯罪が急増している。
それでも、軍トップのジョセフ・アウン大将は、レバノン市民の平和の屋台骨である軍は秩序を維持できると言った。「治安状況はコントロールされている(…)これまでに安全や安定の侵害は許していないし、今後も許すつもりはない」
ベイルートのジャマル・イタニ市長は、ニュースで近隣監視の取り組みについて知って緊張を引き起こしかねないと心配したと語った。
同市長は、「例えば、彼らが一方の勢力から泥棒を捕らえたり、銃を持った者たちが介入したりすれば、状況が手に負えなくなる可能性がある」と述べた。
「第二の不安は、他の地区もこのような取り組みを求めて、全ての地区が自分たちで治安を管理するグループを持つ事態になることだ」
レバノンの宗派的諸政党は内戦の終結と共に武装解除したが、ヒズボラはイスラエルとの戦闘のために武器を保持した。
彼らの影響力は行き渡っており、表面化することもある。銃で溢れた国では緊張は日常となっている。
ベイルートではつい昨年まで、異なるグループの支持者同士が激しく衝突していた。
カーネギー中東センターのモハナド・ハゲ・アリ氏は、近隣監視の取り組みは政治の傘の下で治安がローカルに組織されていることの明確な例だとしたうえで、この傾向は危機の初期から表面化しており別の場所ではより見えにくい形で展開していると指摘した。
また、安全は電気のようにそれにお金を出せる人のみが享受できるものにますますなっていくだろうと付け加えた。
ジェマイエル氏は、資金は地元の寄付者から集め、備品は警備会社が調達していると述べた。採用された人々の賃金は6時間労働で月200ドルであり、多くの人にとって大いに必要な収入だ。
同氏は拡大を予定している。
商店を営むゲオルゲ・サマハさん(51)はそれを歓迎する。
彼は、「私たちが暮らしているこの悪い状況の中では何も保証されていないから、この取り組みで安心できた」と話す。
しかしポーラ・ヤコビアン議員は、この取り組みは「近視眼的」だと言う。
「民兵の時代に逆戻りしたのだろうか」
「この国は分解してバラバラになりつつある。この取り組みは国の崩壊に貢献するものの一つだ」
ロイター