



【東京】東京の湯気の立つキッチンに何かをあぶったようなにおいが漂う。篠原祐太氏がラーメンのダシのしたくをしているのだ。ダシは豚骨でも鶏ガラでもなく、コオロギだ。
「この鍋の中の1万匹のコオロギで、100人前のスープができます」。大きな銀色の鍋をかきまぜながら、篠原氏はそう説明する。
篠原氏とその仲間がプロデュースするラーメンは、日本中のラーメン屋の出すラーメンと見た目も香りも変わらない。かぐわしいスープの中の細麺、そこにチューシューとメンマが載っている。
篠原氏(26)はコオロギをスープやオイル、醤油さては麺にまで使っているが、そうと言われなければまずわからない。スープに添えられた三つ葉のとなりにじっくりと揚げたコオロギが載っているのが唯一の例外だ。
篠原氏はプロの調理師ではなく、「地球少年」という自称を使うことを好む。昆虫食へ向かったのも、ともかく自然に関係するものには何であれ目がないためだ。
「昆虫食の楽しさを伝えたいんです。そうやって、昆虫にも動物や植物並みの敬意を払ってもらえればと」
篠原氏の昆虫愛の遍歴は少年のころからだ。野山に入り浸ってバッタやセミを採集していたのだ。
あまりにも虫が好きなものだから、ついには賞味するまでにいたった。人目に触れないようにだが。
「20歳ごろまでは、虫が好きだとか虫を食べてるなんて誰にも言えませんでした。そんなことを言って蚊帳の外に置かれたりいじめられたりするのがこわくって」。同氏ははにかみながらそう語る。
「人類は何万年も昆虫を食べてきているし、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、オセアニアの多くの国ではいまも日常食なんです」
とはいえ西洋などの多くの人は、昆虫など食料としてとうてい見ることはできないという偏見が依然として強い。
環境や農業の専門家らはこうした障害の打破に尽力している。彼らは昆虫を、ミネラルとタンパク質に富んだ環境に優しい資源だと宣伝している。
篠原氏は昆虫食を強力にサポートしているとはいえ、急場しのぎの食料として昆虫を見ることは嫌う。
篠原氏はむしろ昆虫は味わうべき珍味であると考えている。
モンクロシャチホコという蛾を例に取ろう。その幼虫は白い毛がびっしりと生えていて、日本ではサクラを食害することから嫌われ者だ。
篠原氏の目には、しかしこの毛虫はごちそうに映っている。
「とてもおいしいんですよ。繊細な和菓子のような味がします」
「この毛虫は桜の葉っぱしか食べませんから香りが移るんですね」
篠原氏はほかの毛虫も好物だ。幼虫の食性により柑橘系の香りのするものもあるという。
「幼虫の風味から、その幼虫が何を味わってきたのかが想像できるんです。それってびっくりですよね」
篠原氏とその仲間は東京都心にANTCICADA(アントシカダ)と名づけた昆虫食レストランをこの4月にオープン予定だった。が、新型コロナウイルスの感染拡大のためやむなく開店を延期した。
そこで篠原氏らは自宅で調理できるコオロギラーメンを立案、5月中旬現在、オンライン経由で600セットが売れている。
「おかげさまで最終出荷分が3時間ほどで完売しました」と篠原氏。
篠原氏らは、ほかにも佃煮という日本で好まれるおかずの昆虫バージョンなど、さまざまな料理を試している。佃煮は通常なら、魚介類や肉、海草といったものを醤油で煮しめて作るものだ。
篠原氏のチームに醸造食品の専門家として参加する山口歩夢氏(24)は商品開発を担当している。
「昆虫と合わせるフレーバーの組み合わせをいろいろと試しているんです」と山口氏は語る。
「蚕のサナギはピスタチオとカルダモンと合わせるとイケますね」
一匹まるごとの揚げコオロギの付いたラーメンパックを注文したというホリグチ・カズヒコさんは、AFPの取材に対し、びっくりしたけれども楽しい食体験だったと語った。
「すごく独特の風味があるけれども嫌いじゃないですね。感動しましたよ」とホリグチさん。
「虫のままだと見たくもないという人でも、料理の中に調理ずみで出てくれば食品として食べられる人も多いんじゃないかと思いますよ」
「コオロギラーメンは多くの人にとってまずは手始めの昆虫食となるかもしれません」
さらなる昆虫食商品をそろえるにあたり、篠原氏の望みは遠大だ。コオロギ製ビール、蚕沙(蚕の糞)茶といったものも見据えている。
「可能性は大いにあると思っています」
AFP