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映画監督の新生の星: サウジアラビアの映画監督レイド・アルセマリの輝かしいスタート

04 Feb 2020
 アルセマリの短編風刺映画「Dunya’s Day」が、自国で撮影された初の映画としてサウジアラビアの映画館で上映された。(外部供給)
アルセマリの短編風刺映画「Dunya’s Day」が、自国で撮影された初の映画としてサウジアラビアの映画館で上映された。(外部供給)
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Updated 04 Feb 2020
04 Feb 2020
  • サウジアラビアの映画監督レイド・アルセマリのデビュー作である短編映画「Dunya’s Day 」が国際的評価を受ける。彼の作品はまだ続く。

ウィリアム・ムラリー

ドバイ:レイド・アルセマリのキャリアは始まったばかりだが、リヤド出身のこの映画監督はすでにサウジアラビアの歴史に名を刻んでいる。2019年1月、アルセマリによる短編風刺映画「Dunya’s Day」が、自国で撮影された初の映画としてサウジアラビアの映画館で上映された。

「この映画を撮影した時には映画禁止令がまだ解禁になっておらず、サウジで映画が観られるとは、ましてや自分の生まれた町の一般の観客の前で上映されるとは想像もしていませんでした」とアルセマリ は言う。「数ヶ月経った今でもまだピンときていません。これがこの国の史上初だということを知ったのは上映の翌日だったんです。夢のようです」

リヤドでの2018年の「ブラックパンサー」上映が、サウジアラビアで30年ぶりの映画解禁の皮切りとなり、世界中のトップニュースとなったわけだが、アルセマリの快挙はさらに大きな出来事だと言えよう。とりわけ、自国の国民の才能を開花させることを目指して映画産業をもり立てていこうというミッションに国を挙げて取り組んでいる現在はなおさらだ。

アルセマリ — 彼は現在ニューヨーク大学の修士課程を終わらせようとしていおり、オスカー受賞経験のあるスパイク・リーをはじめとする教授陣について学んでいる。彼は幼い頃からずっとストーリーを語ることが好きだったが、リヤドでの幼少時代は映画監督になるという可能性など考えになかった。

「サウジでの子供時代は、観ることのできたDVDといえば全てハリウッドやヨーロッパの映画でした」と彼は言う。「大学に入るまで中東の人間の映画作品は全く観たことがありませんでした。文学を勉強していたのですが、皮肉なことに、マサチューセッツへ行く機会があって、そこで多くのアラブの映画や文学に出会ったのです」

映画に没頭するにつれて、国際メディア、そしてアラブの映画監督による作品においても、アラブ世界やイスラム教徒の女性たちの描写のしかたについてアルセマリは釈然としないものを感じるようになった。

「多くの場合、犠牲者と聖人を描く二面的なものばかりなんです。私はそういったものから全く切り離された登場人物を描いてみたいと思いました。それがさっきお話ししたような、欠点だらけだけど熱血漢、といった主人公です」と彼はアラブニュースに語る。「また僕は『ミーン・ガールズ』とか『ヘザース/ベロニカの熱い日』といったぶしつけで生意気な会話の展開する、キャストほとんど女性という映画も観てきました。リヤドではいろいろな劇場コメディアンや俳優と仕事をして来ましたが、映画の中で女性がそんな風に振る舞うのは見たことがありませんでしたね」

そうした中から Dunya が生まれた。「Dunya’s Day」は世界中の映画祭で高く評価されて次々と受賞を重ねている。この映画は卒業パーティーの日のある若い女性のストーリーを物語っている。彼女は自分にふさわしいと考える社会的地位を獲得するには手段を選ばない、そういった女性なのだ。

アルセマリと共同制作者たちは、WhatsApp やソーシャルメディアを使ってリヤド中から出演者を公募した。(外部供給)

「私有地であるこのロケーションを思う存分使うことができました。人々はリヤドの郊外にゲストハウスを所有しているのですが、そこには実際に住んでいるのではなく、ゲストをもてなすために使われています。このロケーションも大邸宅で、上流階級の主人公にはうってつけでした。」とアルセマリは説明する。

「あの主人公とロケーションが揃えば、リヤドでの卒業パーティーの場面はとても自然なサブカルチャーとして描くことができます。メトロポリタンオペラのガラレベルの卒業パーティーで、ビーガンが主流、みたいな世界ですね。そんな世界を描くことに意味を感じたのです。そうした世界に何かを感じ取ってもらうことに意味があるはずだし、それに、肌の色の濃い女性たちや、特にアラブの女性たちは、普通そんな風に描かれることがないですよね。ましてや、好きになれないタイプだけどそのストーリーの中ではヒーローで、なにか観客の共感を呼ぶような人物という設定はありません」と彼は続ける。

一つだけ問題があった。アルセマリ自身はそういった類のパーティーに招かれたことがなかったのだ。

「私は子供のころリヤドで過ごしました。Dunyaのような世界に住む友達や親戚もいます。なのでこの主人公のことは想像がつくのですが、卒業パーティーの場面そのものはかなり縁のないものでした」と彼は言う。「この映画のプロデューサーたちの話をたくさん聞かなければなりませんでした。プロデューサーは全員サウジアラビアの女性たちなんですが、彼女たちには出演もしてもらいました。リサーチという感じではなく、彼女たちの話やものの見方を詳細に聞き取り、制作デザイナーや撮影監督が、場面の情景や雰囲気を正確に把握してもらえるようにしたのです。上流階級の世界についてだけでなく、話の流れ全体についてもです。

アルセマリは現在Dunyaの結婚式前後にまつわる標準の長さの映画に着手している。(外部供給)

アルセマリと共同制作者たちは、WhatsApp やソーシャルメディアを使ってリヤド中から出演者を公募した。しかしそうした映画出演の機会にもかかわらず、オーディションには一握りの応募者しか集まらなかった。

「その理由の一つは、多くの若い女性たちがやはり映画の大画面に映ることへの社会的な反応について家族の思惑を心配していたわけです。今でもタブーはありますから。ですから応募者は十数人どまりでした」とアルセマリは言う。

その十数人の中には アルセマリがDunya役としてふさわしいと思う女性はいなかった。彼女たちは才能はあるのだが、Dunyaを自分なりに解釈し、その役柄に対して敬意を持った演技をするのではなく、Dunyaの振る舞いを矮小化して笑いを取る役回りを演じた、と彼は言う。配役ディレクターのサラ・バルゴーネイム(Sara Balghonaim) が応募者たちに台本を読んで聞かせているのを見ていて、アルセマリ にある考えが浮かんだ。サラ にDunyaをやらせればいいじゃないか。

「サラは自分にそんなことができるかどうか迷っていました。そんな立場に置かれたら、最初は誰でも心配ですよね」とアルセマリは言う。「どんな社会であっても俳優になる決断をするのは勇気がいります。過去にそんなことをする女性がほとんどいなかった場合には、尚更萎縮してしまいます。彼女はしばらく時間が必要でしたが、なんとか同意してくれました。彼女が引き受けてくれて本当に感謝しています。彼女の演技によってこの映画は俄然素晴らしいものとなったからです」

撮影を終えてニューヨークに戻ると、アルセマリは取るものも取りあえず、彼の超大物教授に未完成のコピーを持って行った。何度となく映画の中で有色の人々を描写してきたその教授の反応を知りたかったのだ。

「自分の作った短編映画をスパイク・リーに彼のオフィスで観てもらって彼の意見を聞くこと自体、夢のようでした。彼は笑いました!私の映画を楽しんでくれました。彼は次はどんな作品を作るのかと尋ね、いくつかのアイデアをくれました。彼にこの映画を観せることができて感激です。それがこの映画のごく初期の頃の反応です。まだ音声も色も調整が済んでいなかった頃のことです」とAlsemariは語る。

Dunyaのストーリーはここで終わりではない。アルセマリは現在Dunyaの結婚式前後にまつわる標準の長さの映画に着手している。

「まだ今は台本を作っている段階ですが、また違ったストーリーになる予定です。一つの特徴として、主人公や舞台設定や映画のトーンは共通するようなものにしたいと思っています」と彼は言う。「リヤドの結婚式、それに、若くて上流階級育ちの人間やサウジアラビアという国の馬鹿げた側面などについては、まだまだ詳しく探ってドラマ化していく余地があると思っています。」

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