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パレスチナのホテルでの隔離生活

モハメッド・サルハン
モハメッド・サルハン
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16 Mar 2020 04:03:28 GMT9
16 Mar 2020 04:03:28 GMT9

ハゼム・バルーシャ

ガザ市:「ショックでした、受け入れることができませんでした。私が感染しただなんて信じられず、恐くて不安でした。私が死んだら子どもたちはどうなるのだろうと思いました」これが、コロナウイルスに感染しているとパレスチナ保健省から知らされたときのモハメッド・サルハンの反応だった。

30歳のサルハンは5人の兄弟とともにベツレヘムのエンジェルホテルでシェフとして勤務して2年になるが、兄弟のうち2名もコロナウイルスに感染している。彼は結婚しており、3歳から6歳まで3人の子どもがいる。

「私たちは3月4日にホテルに来るように言われ、ホテルに滞在していたギリシャ人観光客グループが帰国後コロナウイルスに感染していることがわかった後、私たちからも検体が採取されました」と彼は電話インタビューでアラブニュースに語った。「翌朝、ホテルで働く7人が感染していると知らされ、私たちは皆ホテル内での隔離生活に入れられました。3月6日には、私も他の人と同様に感染していると知らされました」

パレスチナ保健省は、西岸北部のトゥルカルム市の1例を除きすべてベツレヘム市内となる38人のパレスチナ人の感染を記録した。

パレスチナ政府はその後1ヶ月間の非常事態を宣言。学校や大学を休校とし、カフェやレストランを閉店させ、パレスチナの市内での集会を阻止し、ヨルダン国境の閉鎖を発表するとともに、モスクや教会も閉鎖した。

サルハンは省が隔離センターに指定したエンジェルホテルに、COVID-19の他の29人の感染者および毎日検査にあたる医師ともに滞在している。

サルハンは当初はショックを受けたが、Facebookを通じて彼に連絡してきたパレスチナ人たちから多くの支援を受け、この状況に耐える力を得た。

「最初は死は避けられないと思っていました。状況は恐ろしく、私は家族のことを考えたり、私がいなくなったら子どもたちはどうやって生きていくのだろうと思ったりしましたが、時が過ぎるとともに、これはいつか終わり、私は普通の生活に戻ることになるのだと気づきました」と、彼は言う。

深夜に寝て朝7時半に起きるという彼の毎日のルーチンは隔離生活で変わっていない―ただ、仕事に行かない。

「隔離されて以来、兄弟たちも私も症状は出ていません。私はとても健康で、朝食を食べ、ほとんどの時間をFacebookやTikTokで過ごし、妻や子どもや父母と話しています」

「母が当初最もショックを受けていましたが、徐々に安心してきました。いつも泣いていましたが、今では慣れ、私たちが健康であること、この危機がもうすぐ終わることをわかっています」

彼は毎日ホテルで宿泊客のために料理を作っていたが、今日彼は朝食、昼食、夕食時には持ち込まれた食事を取り、省から提供されたビタミンCとDも摂取している。

「自分や家族のためによく作っていた伝統料理マクルーバが恋しいです。私たちに提供される食事は完璧ではありませんが、文句は言えません。今生きている現実に対処しなければなりません。私の通常の生活ではないのです」

サルハンは、隔離から釈放後およびコロナウイルスからの回復後、少なくとも最初の期間は正常な生活に戻れることを期待していない。親戚や隣人との普通の交流もなくなる。

「家族が恋しいし、私を恋しがっている息子たちと触れ合えられなくて寂しい。この悪夢が終わる日を待ちます。それだけが今私が気にしていることです」

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