ラワー・タラス
ドバイ:2020年8月4日、ベイルート。スルタン・エル・ハラビ氏の朝は、いつもと同じように始まった。彼は母親と一緒に故郷のシューフからレバノンの首都を訪れ、海に面したホテルに宿泊していた。
しかし、午後6時過ぎ、彼の母親が奇妙な揺れを感じたと言いだした。エル・ハラビ氏が原因を調べようとバルコニーに向かった瞬間、窓が枠ごと部屋の中に吹き飛び、彼の目の前で崩れ落ちた。幸運にも、二人とも無傷で済んだ。
建築学科を卒業した23歳のエル・ハラビ氏は、ベイルートの港で200人以上が死亡し、約30万人が家を失った大惨事から1年以上が経過した今、彼が住むドバイでアラブニュースの取材に応じ、「あのようなことが起こるなんて、誰も予想していませんでした」と語り始めた。
「私が覚えているのは、爆発後の街の様子です。空気中に酸や化学物質が含まれている可能性があるので、ホテルにいる人は屋内に留まるようにと警告されていました。それから、空の色が赤く変わり始めました。まるで戦場のようでした。ほんの1秒ですべてが消えてしまったのです」
1年以上経った今でも、その傷跡は目に見える形で街並みに残っている。しかし、家や仕事、愛する人を失い、生き残った人々に残された、目に見えない精神的な傷跡もまた、消えてはいない。
「レバノンでは、まるで今日が最後の日であるかのように生きなければなりません」とエル・ハラビは言う。「何が起こるかわからず、愛する人と常につながっていなければならないのです」
この悲劇を受けて、エル・ハラビ氏はドバイのアメリカン大学の卒業プロジェクトで、荒廃した港を修復し、アクセスしやすく、多機能且つ雇用を生み出す場所に変え、「人々に還元する」ことをテーマにした。
「リパーパス607(Repurpose 607)」と名付けられた彼のプロジェクトは、被害を受けた5つの倉庫区画を、記念館、サウンドヒーリング・セラピー・スペース、円形劇場、地下駐車場に置き換えることを想定している。
敷地内には、図書館、オフィス、カフェが設置され、半円形のスロープからは港の様子を一望することができる。
自然光が差し込むサウンドヒーリング・セラピー・ビルでは、爆発によるPTSDに苦しむ人々のために、瞑想や認知行動学のセッションが行われる。
「被害者の多くの人々は今日まで、ちょっとした音や奇妙な音を聞くと、常に爆発を連想したり、避難したりしていました」と彼は語る。サウンド・セラピーは、心に傷を負った多くのベイルート市民の心を落ち着かせ、立ち直らせることに役立つだろうと。
この記念館では、爆発の日までのベイルートの歴史を記した年表や、大きな三角形の石に刻まれた犠牲者の名前などを展示するとしている。
エル・ハラビ氏は、これを9.11テロ事件の後、アメリカ人がニューヨークで死者を追悼したことになぞらえている。
「彼らはツインタワーを再建したのではありません。あの土地を人々に捧げ、人々の記憶が永遠に残るように、美しい記念の場所に変えたのです。これに触発されて、私もレバノンのために同じようなことをしたいと思いました」
提案では、歩行者用の小道、緑地、座席などが設けられ、都市の喧騒から離れて静かに考えを巡らせることができるスペースがある。また、地下にはレバノン人アーティストの作品を展示するギャラリーも設置されるとしている。
幾何学的で大胆なデザインのこの場所は、人々のために設計されたものであり、「人々がいつまでも恐怖心を抱くのではなく、トラウマを克服し、この場所の美しさに気づくことができるように」と彼は語る。
彼のデザインでは、爆発事故の重要な痕跡が、1つだけ手付かずで保存されている。それは、専門家たちが、都市をさらなる被害から守ったと指摘する、巨大な穀物サイロである。「この建物は、強さと力を象徴しています」とエル・ハラビ氏は語る。「私たちがどんな障害も乗り越えられるということを世界に証明するものです」
この若き建築家は、レバノンの首都で心に傷を負った住民が、改修された場所を訪れる心の準備ができるまでには時間がかかることを認めている。「もちろん、賛否両論あることは承知しています」
「多くの人が異なる意見を持っており、そう簡単に変わることはありません。物事の捉え方には人それぞれの自由があります。しかし、少なくともこの提案の背景にある利点を知ってもらうことはできるでしょう」
最先端のデジタル技術を身に着けた学生だったエル・ハラビ氏は、アントニ・ガウディやフランク・ゲーリーといった先駆的な建築家のアイデアに憧れ、特に2020年のドバイ万博でハヤブサの羽の形をしたUAEパビリオンを設計したサンティアゴ・カラトラバ氏に注目した。
人生のほとんどをドバイで過ごしてきたエル・ハラビ氏は、世界で最もドラマチックで実験的な都市景観のひとつとされる、進化し続けるこの都市環境からも大きな影響を受けてきたと言う。
「すべては砂丘から始まったのです」と、ここ数十年で天文学的な成長を遂げたドバイを振り返って語る。「彼らはUAEを、天国のような場所に変えることができました。これは私にとって大きな刺激です。短期間でも、不可能なことはないということです」
彼はまた、建築は様式的な要素だけではなく、最終的には人々の生活を向上させるものでなければならないという考え方にも賛同している。
「それは、人々が必要としているものの中で、欠けている満足感を見つけ出し、それを提供しようとすることです」と彼はいる。「建築は、単に建物を設計したり配置したりするだけのものではありません。人々のことを考え、彼らのための施設を提供する必要があるのです。また、周囲の環境に完全に適合することも必要です」
昨年10月、ドバイ・デザイン・ウィークの一環として開催された「MENA・グラッド・ショー」では、「Repurpose 607」が60件の応募作品の中から選ばれた。このショーでは、地域の卒業生が社会、健康、環境問題を解決する「デザイン・ミーツ・パーパス」プロジェクトを発表する。
同ショーの2021年版編集者であるカルロ・リッツォ氏は、エル・ハラビのプロジェクトを「トップエントリー」の一つと表現して賞賛した。
「『Repurpose 607』に関しては、まずその共感性に心を打たれました」とリッツォ氏はアラブニュースに語っている。「これは、建築を超えた『建築ソリューション』です。コミュニティの回復力を高めるためのプラットフォームとしての建築環境に注目し、メンタルヘルスと、ウェルビーイングをその出発点としています」
「犠牲者を追悼し、この場所を癒しの場に変えることは、クレバーで思慮深いアイデアであるだけでなく、非常に現実的なニーズに対応する緊急の解決策といえます」
現在、ドバイの建築事務所で働いているエル・ハラビ氏は、ベイルート港のプロジェクトをいつの日か実現したいと考えている。
「爆発事故以来、レバノンには2回行っています」と彼は語る。「港の前を通るたび、実際にはどのように見えるのかを想像し、自分のプロジェクトがそこに建設されることを期待しています。その可能性はあると思います」
ツイッター: @artprojectdxb