




アレックス・ホワイトマン
ロンドン:イランでは、悪名高い道徳警察の拘束中にマフサ・アミニさん(22)が死亡したことをきっかけに、全国的な抗議行動が1ヵ月の間、続けられている。この状況を受けて今、1979年のイスラム革命以来続いている過激な聖職者政権が、終焉を迎えようとしているとの見方が強まっている。
9月16日のアミニさんの死は、生活水準の低下や女性・少数民族への差別に対するイランの鬱積した不満に火をつけ、2009年の「緑の運動」以来最大となる大規模な抗議行動の波をもたらした。
彼女の死から1ヵ月後、「無慈悲な」弾圧により200人以上の死者が出たにもかかわらず、騒乱はなお続いており、抗議行動は少なくとも80都市に広がっている。
2022年10月15日に公開されたUGC動画から取った画像。テヘラン科学文化大学で抗議するイランの学生らが写っている。(AFP)
その抗議行動の規模、激しさ、決意の強さから、多くのイランウォッチャーや社会運動の研究者が、政権交代の可能性について公然と語り始めている。
この規模の非暴力の抗議運動が成功するのは、前例がないことではないのは確かだろう。ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェス氏の研究によると、非暴力の抗議運動が成功する確率は、武力紛争の成功率の2倍だという。
1986年のフィリピン、2003年のグルジア、2019年のスーダンとアルジェリアなど、過去1世紀にわたる数百の抗議行動を考察したチェノウェス氏は、真の政治変化を確実に起こすためには、そうした行動に積極的に参加する人の割合として、その国の全人口の約3.5%が必要であることを明らかにした。
チェノウェス氏の研究の影響力は大きく、この現象は 「3.5%ルール」と呼ばれている。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのロハム・アルバンディ准教授(国際史)は、今回のデモをきっかけに「何か根本的なこと」が変わったと考えており、それは「イスラム共和制の終わりの始まり」を意味するかもしれないという。
2022年10月15日公開のUGC動画から取った画像には、中心都市イスファハンの芸術大学で抗議するイランの学生たちが写っている。(AFP)
アミニさんの死の直後、抗議運動の焦点は主に、道徳警察とその女性に対する厳しい服装規制に当てられた。ソーシャルメディアで共有された初期のデモの映像には、女性たちが反抗を示すためにヘッドスカーフ(ヒジャブ)を脱いだり、燃やしたりしている様子が映し出されている。
Violent treatment of agents of the Islamic Republic with protesters in Ardabil
— 1500tasvir_en (@1500tasvir_en) October 17, 2022
October 15, 2022#MahsaAmini #IranRevolution #مهسا_امینیpic.twitter.com/BNiNrBK6Lc
しかし、間もなく、欧米の制裁による生活水準の低下や、少数民族の基本的権利の否定など、さまざまな不満を訴える抗議の声が広がっていった。
しかし、アバダンとカンガンの製油所やブシェールの石油化学プラントの労働者が抗議行動への参加を決めたことで、政権は、もう限界に達した可能性があるとの思いを強めた。
2022年10月10日にツイッターで公開されたUGC動画から取った画像には、ブシェール州のアサルーイェ石油化学精製所の従業員が、マフサ・アミニさんの死に抗議している様子が写っている。(AFP)
アルバンディ氏はアラブニュースの取材に対し、このようなストライキが、イランの1906年と1979年の革命で重要な役割を果たしたとし、今では「イラン・イスラム共和国を麻痺させ、この運動を前にした国家の無力さを示す」役割を担うことができると主張した。
英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の中東・北アフリカプログラム担当副所長兼上級特別研究員のサナム・バキル氏もこの見解に同意し、1979年に経験したような一連のストライキは、「経済を麻痺させるとともに、より幅広い支持基盤の存在を示す重要な要素」になり得るとアラブニュースに語っている。
しかし、バキル氏は、この運動の成否を決める要因はいくつかあるという。その最たるものが、リーダーシップだ。
「この運動の長所と短所は、明確な指導者がいないことだ」。バキル氏はアラブニュースにこう話した。「明確な組織系統や指導者がなければ、完全に一掃することが難しくなる。これは長所だ。しかし、この運動が政権にとっての真の対抗軸となるためには、組織系統や指導者という要素も強く求められる」
また、2009年と2019年の抗議行動は、街頭に出る人数という点では規模が大きかったかもしれないが、アナリストは、今回は人々が世代を超えて運動に参加しているという点、そして運動に加わっている都市や地域の数が非常に多い点を指摘している。
「イランの大統領に『失せろ』などと言う小学生は、めったにいない」とバキル氏は言う。
At the same time Ebrahim Raisi visited Al-Zahra University in Tehran today, students chanted "Raisi get lost" and "Mullahs must get lost!" #مهسا_امینی #MahsaAmini #IranRevolutionpic.twitter.com/83IBjgLTk7
— 1500tasvir_en (@1500tasvir_en) October 8, 2022
オックスフォード大学のイラン政治専門家であり、学術誌「クリティーク」(Critique)の編集者でもあるヤサミン・マザー(Yassamine Mather)氏は、今回の運動による政権交代の可能性を高める上で、イラン社会の多くの層にまたがる幅広い支持基盤が、重要な強みになっていると考えている。
「今回はヒジャブの問題を超えて、弾圧、政治犯、基本的な食品の価格高騰、失業や安定した雇用の不足、汚職といった他の問題に取り組んでいることも強みだ」。マザー氏はアラブニュースに対し、このように語った。
「さらに、アサルーイェなどの特定地域の石油労働者、ハフトタペ(Hafttapeh)のサトウキビ労働者、イランの教員組織、法曹界の一部による支援もある。テヘランでは今週、弁護士たちがデモを行っている」
「そして、デモ参加者の多くが若い人たちであることは言うまでもない。小学生が参加している場合もあるが、彼らは簡単に怖がることはない。政権が、持続的な親政府系のデモを起こしたり、成功させたりすることができなかったのも幸いしている」。マザー氏はこう続けた。
また、同氏は、イラン国会前議長のアリ・ラリジャニ氏が、米国とイスラエルの情報機関が抗議行動を捏造したという政府見解から公然と距離を置いたことを挙げ、イラン上層部の不一致が表面化していると指摘した。
2022年9月20日、テヘランで行われたマフサ・アミニさんの死に対する抗議デモ。交差点の真ん中では火炎瓶が燃えた。(AFP)
イランのニュースサイトによると、ラリジャニ氏は、ヒジャブに関する政府の「過激主義」政策が、イラン国民の間に過激な反動を生んでいるとし、より寛容になるよう求めた。
「強硬派と距離を置こうとする政権内の改革派の中には、治安部隊に対して『抗議する人々』の味方をするよう呼びかける者もいるが、おそらく少し遅すぎたのだろう」とマザー氏は言う。
「事実、デモ参加者は政権そのものから距離を置いており、『ハメネイであれシャー(国王)であれ、独裁者には死を』というスローガンが非常に目立つようになった」(マザー氏)
国外にいるイラン人反体制派グループは、イランで起きている出来事を注意深く見守っているが、戦いを挑まずに政権が崩壊する可能性は低いと懸念している。
イラン国民抵抗評議会(NCRI)女性委員会のメンバーであるイルハム・ザンジャニ氏はアラブニュースに対し、抗議行動が政権交代につながる可能性は「確かにあり得る」ものの、必然的にそうなるとは言い難いと述べた。
「イラン国民の大多数は政権に反対しており、『ハメネイを倒せ』『ムラー(宗教的指導者)もシャーもいらない』と唱えている。彼らが求めているもの、つまり自由と民主主義、宗教と国家の分離などの命題には、この政権が続く限り光が当たらないということに、ほとんど疑問を感じていない」とザンジャニ氏は述べた。
2022年9月26日、オーストリア・ウィーンのイラン大使館付近で、反体制派組織のイラン国民抵抗評議会(NCRI)とモジャーヘディーネ・ハルグ(MEK)の支持者らがデモを行った。(AFP)
「しかし、2019年11月に5日間で1,500人以上のデモ参加者を殺害したように、イラン政権の恐るべき弾圧の可能性を過小評価することはできない」(ザンジャニ氏)
実際、その苛烈な暴力は、最終的に抗議運動を抑え込むのに十分だろう。
「現政権に代わって誰が、あるいは何ができるのかについて、明確な代替案も戦略もないことも問題だ」とマザー氏は言い、次のように続けた。「それに加えて、治安部隊はデモ参加者を殺害、負傷させ、逮捕する能力を備えているのだ」
また、外部勢力からの援助は、この運動を汚し、外国による陰謀という政権の主張に説得力を与える可能性がある。
2022年10月15日、米ワシントンDCで行われた「イラン連帯の行進」で、国会議事堂前に集まりスローガンを唱えるデモ参加者。(AFP)
「西側諸国の政府による支援は、民主化のための政権交代を目指す『カラー革命』や、イランを小さな地域国家に分割することを目的とした外国からの介入という概念を呼び起こすため、潜在的な弱点にもなる」。マザー氏はこのように話し、1990年代に旧ソビエト連邦が、主に民族・言語的な境界線に沿って分断されたことに言及した。
しかし、ザンジャニ氏にとっては、最終的な政権打倒のためには、国際的な支援が重要な要素になることに変わりはない。その際、平和的なデモ参加者に対してこれ以上の弾圧を政権に行わせないために、支援策には懲罰的な措置を盛り込むことが必要である。
「私たちは、この邪悪で抑圧的な権力を、何らかの方法で克服しなければならない」と、ザンジャニ氏はアラブニュースに語った。
2019年、テヘランで行われたイスラム革命防衛隊(IRGC)の士官候補生の卒業式に参加するイランの最高指導者アヤトラ・アリー・ハメネイ師。(AFP、資料写真)
2019年10月2日、テヘランでイスラム革命防衛隊(IRGC)の幹部らを前に演説するイランの最高指導者アヤトラ・アリー・ハメネイ師。(KHAMENEI.IR、AFP)