
クーデターと評する議員もいる。下院議長は「憲法違反」だと非難した。英国のボリス・ジョンソン首相は議会を閉会し、合意なき離脱に向かい突き進む動きを止めようとする議員たちを阻んだため、イギリス政治は前代未聞の混乱状態へと突入した。
国会議員の大多数が合意なき離脱に強く反対しているので、ジョンソン首相は10月31日までに英国とEUの関係を断ち切るという自らの公約を果たすため、民主主義に反する手段を行使している。議会を「閉会する」動機について嘘をつくに至っている。ジョンソン首相は、議会を閉会する口実として「大胆かつ野心的な法案」を発表するためには時間が必要だと主張している(その法案が成立することはない。首相が議会を解散して総選挙を実施するか、合意なきEU離脱の結果不況となり、財政支出計画に大幅な変更を余儀なくされるからだ)
ジョンソン首相の行動は、有権者から与えられた負託から逸脱するものだ。合意なきEU離脱に反対する英国人は4分の3にのぼる。ジョンソン首相の議会に対する「クーデター」に反対する署名は急速に数を集め、2百万近くに達した。ジョンソン首相が率いる連立政権は、北アイルランドの民主統一党所属10議員のおかげでわずか1議席差の過半数を得ている。民主統一党としては合意なきEU離脱に反対している。
ジョンソン首相は、穏健派を追い出し、ジェイコブ・リース=モグ、ドミニク・カミングス、ドミニク・ラーブなどEU離脱強行を主張する偏狭で強硬な右派議員たちを入閣させ、自らの保守党内での立場を弱めるに至った。
英国は憲法上の是非が不透明な状態に陥った。今回は何が合法または政治的に可能なのかが初めて問われる前代未聞の状況となり、目下問題となっているのは誰が主導権を取れるのかということだ。ジョンソン首相がクーデターを起こしたことで、反対派は守りに入り、今までならあり得なかった手段を必死に考慮せざるを得なくなっている。
こういった新EU派の議員たちに残された国会期間はもはやわずか4日しかなく、何かしらの対抗策を議会に出さなければならない。対抗策としては、政府に対し離脱日延期をEUに要請するよう政府に義務付ける法律を成立させるか、不信任案可決という「核オプション」を利用する手もあるだろう。相当数の保守党議員を説得して、党首のジョンソン首相に不信任票を投じさせる必要が出てくるだろう。
ジョンソン首相は自分がEU側との交渉妥結を望んでおり、反対勢力の動きはブリュッセルのEU本部と交渉する上での自分の立場を弱めるものだと、今なお主張している。しかし、EU各国の首脳たちはジョンソン首相の要求には根拠がないと一蹴しており、ジョンソン首相の方は好戦的で離脱期限の延長を一切認めない構えだ。離脱期限が延長されなければ、議会側としてはいかなる合意があったとしても承認できなくなるだろう。実際、ジョンソン首相の出している要求に対して交渉の余地はない。ジョンソン首相とその過激な信者たちには明らかに、同意なき離脱という破滅への道を突き進む意図があるようだ。
英国が輸出する食糧の70%はEU向けで、輸入する食糧の60%はEUからのものだ。EUの貿易障壁は高いため、合意なき離脱となれば農業は壊滅的な打撃を受けるだろう。ある報告の推定によると、英国の農民の半数が廃業を余儀なくされるという。消費者は価格の急上昇・スーパーの品切れ・薬や必需品が手に入らないことに耐える一方で、無用な国境の両側ではトラックの巨大な列が並び食料が腐ることになる。自動車や航空機メーカー・鉄鋼・化学・製薬などの大企業は海外移転を余儀なくされ、何千人もの雇用が失われている。
合意に至る上で最大の障害となっているのは、アイルランドの地位に関するものだ。北アイルランドとアイルランド共和国は、ジョンソン首相が無情にもオオカミに向けて投げ出そうとしている脆弱な和平合意の恩恵を受けてきた。英国警察連盟は、合意なき離脱の結果として北アイルランドで「大規模な混乱」が生じ、暴力が広がると警告している。スコットランドでは再び独立機運が盛り上がりを見せるなか、「連合王国」は目の前で崩壊の兆しを見せている。
保守党党首を目指していたジョンソン氏は、2016年のEU離脱を問う国民投票の際イギリス国民に対し「主権を取り戻す」という嘘の演説をぶった。今日では、パングロス教授と同じく、ジョンソン首相が「楽天主義」を唱えている。外国嫌いの右翼メディアによる有害な反EUプロパガンダに洗脳された国民は、今後失業や生活費の急上昇に耐えなければならなくなるのだ。多くのイギリス人が懐古的で孤立主義的神話に未だ囚われている。新たに独立したイギリスが、外国による制約から逃れ、誇り高く夕日の向こうへと出航していくという神話に。彼らは合意なき離脱は危険だという警告を聞くと肩をすくめていう「やるしかないんだよ!」
中小企業も大企業も同様に不当な経済的大損害を被るなか、ほんの一握りの超裕福なエリート層だけは英国がヨーロッパの端にある規制のないタックスヘイブン(租税回避地)となることにより利益を得ることになる。アメリカのトランプ大統領は英国との貿易交渉について、悪意のこもった話し方をする。英国が悲惨な状態にあり、どのような内容でもやがて署名せざるを得なくなることを知っているのだ。しかしイギリス人は、スーパーに化学物質で処理された質の悪いアメリカ製品があふれている姿を見たくはないのだ。
国内の苦悩にエネルギーを奪われ、英国は外交政策に関し無頓着になってしまった。外務省はもはや世界の遠く離れた場所での出来事について弱々しい「懸念」を表明しジャーナリストをわざわざ困惑させることなどほとんどなくなり、合意なき離脱の先には間違いなく新たなレベルの孤立主義が待っている。
合意なき離脱のもたらすインパクトは第二次世界大戦による影響と比較されている(それどころか、最後の議会の強制閉会によりイングランドは17世紀にイギリス革命へと突入し絶対王政が終焉を迎えた)一方でジョンソン首相は、国力を衰退させて無力な発展途上国にすると決意している。
長らくイギリスの経済的豊かさの前提となっていたのは、世界からヨーロッパへの入り口としての重要な位置にあるという点だった。合意なきEU離脱により貧困・景気悪化・失業が生じる最中、国民が政治家たちに対し不満や怒りを抱くのは容易に予想可能なことだ。これほど不幸をもたらし誤った判断に基づく孤立主義政策を取ったことに対する当然の報いなのだ。
したがって、全政党から理性的な判断のできる政治家が結集しイギリスを救出するには数日しか残っていないというのは誇張ではない。多くの人々がうまくいくよう祈り、私もその1人となる。