私が先週書いた記事のタイトルは「イギリスを救うための4日間」だった。しかしここ数日間、予想を超えた気が遠くなるほど劇的な変化が起きた。
ボリス・ジョンソン首相が自らが党首を務める保守党内部の反対派や造反者に先を越され、下院の支配権を奪われた(ジョンソン首相が議会を閉会しようとした矢先に)。さらにジョンソン首相が合意なしにイギリスをEUから無理やり離脱させることを阻止する法案が可決されてしまった。多大な敗北を喫したため、ジョンソン首相は即時に解散総選挙の実施を模索した。しかし、反対派はジョンソン首相にあと数週間圧力をかけ痛めつけることを選び、自らが深い不信感を抱く首相が新法を覆して合意なきEU離脱を強行しないという確証が得られるまで、総選挙を阻止する構えだ。ジョンソン首相に残された選択肢は(EU離脱を遅らせるくらいなら「溝でのたれ死んだ方がまし」だという)嘆かわしいほど限られているので、辞任を余儀なくされるか、自らに対する不信任案を提出する可能性もある。党首を務める保守党から追放されなければの話だが。元司法長官ドミニク・グリーブ(造反者の1人)を含む法律に詳しいベテラン議員たちは、ジョンソン首相が議会の可決した法案を無視した場合、「逮捕される可能性もある」と警告した。
ジョンソン首相が党首を務める保守党議員たちを特に激怒させたのは、彼が21名の議員を「スターリン主義者的に」党から除名したことだ。この21名は合意なき離脱とそれに伴う経済的破滅を阻止するため造反したのだ。除名された国会議員には、フィリップ・ハモンド、ケネス・クラーク、アリスター・バート、ウィンストン・チャーチルの孫ニコラス・ソームズのような大臣経験者や大物が含まれている。
今回の除名騒動は保守党が右派ポピュリズム政党へと変貌する前兆だ。経済的公正性・法の支配・伝統的な倫理観を守る政党から脱皮して、トランプ大統領流の正直さと倫理観を備えた、厚顔でなりふり構わない財政運営をする組織へと変身するのだ。現在の保守党を牛耳っているのは、女性蔑視で慣例を無視するイートン校卒業生からなる偏狭な一味で、何世紀にも続く議会の伝統をあからさまに軽視している。
ドナルド・トランプ政権の初期に白人至上主義の第一人者スティーブ・バノンがイデオロギー面で影響力を行使したのとちょうど同じく、ジョンソン政権の憎まれ役はドミニク・カミングスだ。ジョンソン首相の「カミカゼ的」な合意なき離脱に向けた戦略を練り上げたのはカミングスだと非難する向きが多い。保守党の大物議員たちは、カミングスを党に対する脅威だと見なし激しく非難している。
右翼ポピュリズム的な論調の新聞ですら、極左のジェレミー・コービン労働党党首に対する絶え間ない批判の手を若干緩めた。ジョンソン首相の複数回にわたる耐えがたいほどひどい演説を含め、繰り返しミスを犯した点を皮肉ったのだ。ジョンソン首相の弟自身が、家族と国益との「相容れない相違」を理由として閣僚を辞任している。
ジョンソン首相のブランドとなっているトランプ流ポピュリズムが「溝でのたれ死んだ」と宣言するのは時期尚早だ。ジョンソン首相が時期選挙を経て生き残るシナリオはまだ複数ある。しかしジョンソン首相の企みが悲喜劇的に不発に終わったことで、イギリスのポピュリズムに対する悪い印象はますます強まってきている。実に清々しいことだ。
最近イタリアにいた間、私はイギリス同様に大きな政界再編を目撃した。マッテオ・サルヴィーニを筆頭とする極右勢力が政権の座から降ろされたのだ。ほんの数週間前まで、サルヴィーニは、イタリアの政界地図を書き換えるのみならず、移民・少数民族・法を順守する市民に対しヨーロッパ大陸の環境を敵対的なものに作り変えるために動いており、その勢いを止めるのは不可能だと思われていた。オーストリア、ポーランド、ドイツ、スロバキア、およびスペインでも、ポピュリズムはますます守勢にまわっている。
私が初めて選挙を経験した場所はベイルートで、夫が(私の了解を得て)代理で自分の叔父に投票した。政治というものは既得権益を守る縁故集団の利益を代弁するものでしかないという、不快な印象だけが残った。あれからレバノンは大きく様変わりした。
内戦が勃発してイギリスに逃れた際、私はジャーナリストとして国会議事堂を訪れ、議会の審議を傍聴した。生死に関わる問題に対し熱い議論が交わされる様子を見て、私は元気が出た。ある選挙期間中に、ジェフリー・ハウ外務大臣に同行したことがある。要職に就いているにも関わらず、ハウ外相とその妻は律儀に各家を周り選挙ビラを配って歩いていた。一方市民の方は遠慮なく政権批判をしていた(ほとんどの場合マナーを守って)。これこそが本物の民主主義なのだ。私が中東で見た様子とは全く次元の異なるものだった。
極右ポピュリズムの始まりは2016年ではないが、この年に驚異的なスピードであっという間に広がりを見せた。極右ポピュリズムの不快な点とは、移民排斥を訴える排外主義者の存在だけではない。民主主義社会の繁栄に必要な価値観である、説明責任・相互尊重・常識的配慮を覆そうという意図が見られる点だ。しかしコービン党首が労働党を暴力革命・反ユダヤ主義・無秩序で選挙での当選を考えない極左路線に導いていなかったら、保守党の路線が右に急旋回していた点にも世間の注目は行かなかっただろう。
トランプ大統領、ジョンソン首相、ロシアのウラジミール・プーチン大統領、イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相は、政治的に不適切な言動が明らかになると、ほぼ毎回非難を浴びている。ニューヨークの5番街で誰かが銃殺されても自分なら抜け出せると、トランプ大統領が暴言を吐いたのが最も極端でよく知られる例だが。現代社会は罪を犯しても責任を問われない時代に突入した。その証とはロシア軍のフェイクニュースをまき散らすハッカー部隊、恥知らずと言えるほど嘘つきで罵り言葉を駆使するゲリラ攻撃、国際法を効果的に順守させるためのメカニズムの崩壊である。
英国政府が屈辱を味わった週の締めくくりとして、イギリス当局がアメリカの抗議を無視して釈放したイランの石油タンカーがシリアの沖合に姿を現した。イラン政府がアサド政権に対する国連制裁決議に違反することはないと確約した後だったにも関わらず。しかもイランは自らが違法に抑留したイギリスのタンカーを解放していない。さらには英国とイランの二重国籍を持つ無実の人々を拘留し続けている。ジョンソン首相の「主権を取り戻す」戦略によりイギリスは世界中で仲間外れとなり、敵対的な三流国家にしか相手にされなくなった。
ジョンソン首相の失策により、市民が許容する嘘や違憲行為には限界があるという点が明らかとなった。ネタニヤフ首相は来週の選挙で敗北する可能性もあり、複数の汚職罪により逮捕される可能性がある。サルヴィーニ氏は、自らが代表を務める政党がロシアから不正に資金を得ようとしていた疑惑により捜査を受けている。FOXニュースですら、先週トランプ大統領を笑いものにした。大統領がサインペンで改ざんした地図を使って、アラバマ州がハリケーン「ドリアン」の進路に入っていたという自分の主張の根拠を証明しようとしたからだ。
ナチズムに関する実体験のない世代であるからこそ、悪意に基づく大衆扇動からなる対外的に強硬な政治姿勢が文明の崩壊に至る理由を再確認する必要がある。先週の英国議会ではポピュリスト孤立主義に対する複数の重要な戦いで勝利が得られたが、目の前には長い戦争が待ち構えている。
バリア・アラムディンは、受賞歴のあるジャーナリスト兼アナウンサーで中東と英国の放送局で働いている。メディア・サービス・シンジケートの編集者であり、多数の国家元首にインタビューしてきた。