
イラク国民は再び街に出て、今なお「新たな」首相の承認を拒絶している。ムハンマド・タウ フィグ・アラウィについて改めて言うことは何もない。彼は、米国の侵略後に据えられた古い体制の一部にすぎない。その機能不全で腐敗した派閥主義的体制によって、イラクは大きな苦難に甘んじている。米国によって敷かれた体制は、サダム・フセイン時代と比べ、イラク国民に当時以上の自由も、尊厳も、セキュリティも、より良い生活水準も与えはしなかった。その体制は結局、たとえ意図的ではなかったにせよ、無学の民兵上がりによる国の支配をもたらしただけに終わった。一人の専制君主による支配の代わりに、イラク国民はチンピラ集団に支配されているのだ。
ジョージ・W・ブッシュ大統領は中東に民主主義をもたらすというビジョンを持っていた。それを空想論だという人もいれば、マキアベリ主義だという人もいる。その結果としてイラクは派閥主義的な少数独裁体制となった。そのプロセスは、この国の社会的民族構成を完全に無視した憲法を制定することから始まった。その新憲法は国民をシーア、スンニ、クルドに分類した。法が国民をシーア、スンニ、クルドに分けて取り扱えば、国民も自分をイラク国民と考える前にその内のどれかだと考えるようになる。
腐敗した政府は、なんの生産的な産業セクターにも投資せず、代わりに政府施設を財源として利用した。様々な派閥のリーダーらが、単に自分たちの支持層を増やすために、同じ人間たちを雇用した。その上、政府の雇用契約には並外れた給料が支払われ、政治家やその取り巻きたちに甘い汁を吸わせたのだった。
イラクの現状はレバノンのそれに大変似通っている。ただしイラクの場合、悪者が極めてはっきりしている。米国だ。イラクの内憂の全てを米国だけのせいにすることはできないが、この体制は彼らがイラクを支配していた時に敷かれたものだ。だからそれは彼らの責任だ。米国は自身が作り出した怪物にようやく気がつき、最大限の圧力をかけてその怪物をやっつけようとしている。それは敵を弱らせるためのドナルド・トランプ大統領の戦略の一環だ。米国務長官マイク・ポンペオは、腐敗政治と抗議運動者への攻撃に関して政府高官らに制裁を課すと脅しをかけた。米国は実際12月に、イランの助けを借りて抗議運動者らを攻撃していた3人の市民兵リーダーに対して制裁処置をとった。
イラク国民の屈強さには畏敬の念を覚える。彼らは国による残忍な取り締まりに対しても、屈したり怖気付いたりしない。
Dr. Dania Koleilat Khatib
米国の論理では、イラク政府はちょうどレバノンの政府と同様にイランの同盟者であり、イラクが滅びればイランも弱体化するはず、なのだ。しかし、急速に腐敗していく国を放っておくことは問題の解決にはならない。第二次世界大戦中、米国はナチスドイツを破壊したが、米国はその再建計画を持っていた。今日米国は自分たちが敷いていった腐敗だらけの派閥主義体制の解体を奨励しているが、問題はそれに取って代わる明確なプランが無いということだ。とはいっても、イラク国民はイラクをコントロールしようという米国の罪の意識もしくは責任感を当てにはしていない。
イラク国民の屈強さには畏敬の念を覚える。彼らは自分たちの抗議運動への残忍な取り締まりに対しても、屈したり怖気付いたりしない。また、その抗議運動はあるレベルの組織性を見せている。リーダー格のメンバーの暗殺にもめげず、大きな支持を受けている抗議運動はその勢いを持続している。彼らには明確なメッセージと要求がある。レバノン同様、現行体制が彼らの要求に応じることは考えにくい。イラクの現体制は不正の上に成り立っているからだ。従って改革を起こすことは不可能であり、そのつもりもないのだ。リーダーたちには彼らの支持層に対して、派閥的な強み以外には何も提供できるものはないのだ。これもレバノン同様、イラク国民は民主主義という罠にひっかかった捕虜となっている。彼らに一体何ができるだろう?この類まれなる非自由主義的民主主義からどうすれば逃れられるのか?イラクの現状はレバノンよりもはるかに深刻だ。軍隊までが派閥主義であり、政治と癒着しているからだ。軍の人間たちは偽りのニュースを広めて抗議運動の信用をきずつけ、抗議運動者たちを「野蛮人」呼ばわりしている。軍隊が国民の側にいるとは思えない。
代替策としては、イラクの抗議運動者たちが協働して地域別・セクター別のプロフェッショナルネットワークを構築することだ。これらのネットワークが充実していくにつれて、彼らはコミュニケーションをと り合い、国のための計画、つまり金融、教育、エネルギー、ヘルスケアなどの様々なセクターに及ぶ包括的な改革計画を作り上げることができる。これらのネットワークの構造が実体化し、コミュニケーションチャネルが正式なものとなれば、抗議運動者たちは並立暫定政府の結成を発表し、彼らの具体的な改革案と新たな選挙法を最終的にはイラクの新憲法につなげていくことができる。
しかし、彼らの努力を反乱として扱われないためには、彼らは近隣のアラブ諸国、米国、欧州委員会、国連などの国際コミュニティとコミュニケーションを取って彼らの認識を取り付けていく必要がある。この場合、いったん抗議運動者たちの組織が国際的に認識されれば、現在の腐敗したエリートたちは正当性を失い、退陣を余儀なくされるはずだ。その推移は平和的にはいかないだろう。それらの政治家たちは自分たちの民兵や悪漢連中を抱えており、彼らは街に出て行って面子回復のために人々を殺めることも厭わない。しかし、国際的な認識を得て諸外国からのプレッシャーを利用することができれば、抗議運動者たちは非常に大きな後押しと保護を受けることになろう。
米国の前国家安全保障担当大統領補佐官コリン・パウウェル氏は、戦争に関する「ポッタリーバーン・ルール(Pottery Barn rule)」というものを持っていた。それは「壊したら、それはあなたが所有」というもので、のちに彼の名のついた原則となった。米国の過ちとお粗末な政策がイラクを破壊した。そして今、米国がその過ちの責任を取って修復をする時が来ている。これはイラクを急転直下崩壊させてしまうことで達成させるのではなく、抗議運動者たちが代表政府を結成し、改革を行い、イラク国民の強い願望を叶える手助けをすることによって達成させるべきだ。
Dr. Dania Koleilat Khatib はロビー活動を中心とした米国-アラブ関係の専門家。彼女はエクセター大学で政治学の博士号を取得し、アメリカン大学ベイルート校のIssam Fares Institute for Public Policy and International Affairsの客員教授を務める。