




リヤド:日曜日、オレクサンドル・ウシクがスプリット判定でタイソン・フューリーを下し、ボクシングの4ベルト時代には前例のない、25年ぶりのヘビー級無差別級チャンピオンに輝いた。
英国のフューリーは序盤から攻勢に出たが、ウシクが徐々に主導権を握り、「ジプシー・キング 」は9ラウンドのゴングに救われたものの、キャリア初の敗北を喫した。
ウクライナのウシクは、モハメド・アリ、ジョー・ルイス、マイク・タイソンらと並び、2000年代にボクシングが4大ベルトを認定して以来初のヘビー級チャンピオンとなった。
イギリスのレノックス・ルイスは1999年にエバンダー・ホリフィールドを破り、当時3つあったヘビー級ベルトを統一した最後の男だった。
今回の勝利で、未だ無敗の元クルーザー級無差別級チャンピオンは、正当にこの時代の最強を名乗れることになったが、10月に予定されている再戦では、また新たな展開があるかもしれない。
「自分にとっても、家族にとっても、国にとっても大きなチャンスだ」
「素晴らしい時間、素晴らしい日だ 」と彼は言い、「再戦の準備はできている 」と付け加えた。
フューリーは 「オレクサンドルとのファンタスティックなファイト 」と称した。
「彼の国が戦争中であることは知っているはずだ」
「彼の国は戦争中だから、人々は戦争中の国の味方をするけど、間違いなく、僕はあの試合に勝っていた」
2人のジャッジは115-112と114-113でウシクを支持し、3人目は114-113でフューリーを支持した。この勝利でウシクのプロ戦績は22勝0敗となった。初黒星を喫したフューリーは34勝1敗1分。
IBF、WBA、WBOの王座にフューリーの持つWBCのベルトを加えたウシクは、アマチュア、クルーザー級、そして今回のトップ戦線を席巻し、偉大な選手のひとりとして名を残すことになりそうだ。
試合開始直後、気合の入ったフューリーはコーナーから飛び出すと、すぐにリズムに乗り、身長の低いウシクをジャブで抑え込み、彼を翻弄した。
ウシクは素早いコンビネーションでインサイドに入り、フューリーは重いボディブローを放つ。第4ラウンドになると、フューリーはガードを下げたまま、前進してくる相手をいなして見せ場を作る。
第5ラウンド、ウシクはローを2発放ち、左フックを被弾した。
しかし、ウクライナは7回にフューリーの左を2発クリーンヒットさせ、8回には 「ジプシー・キング 」をフラつかせる強烈なフックを放った。
次のラウンド、執拗なウシクの連打にフューリーは深刻なピンチに陥り、出血でふらつくマンクニアンはゴングに救われる前にスタンディング・カウントを取られた。
フューリーは落ち着きを取り戻し、試合は最終ラウンドに突入。
ウシクのプロモーターであるアレックス・クラシユックは、フューリーが第9ラウンドでデッキに倒れそうになったところでレフェリーが割って入り、ウクライナ人のノックアウト勝利が阻まれたと考えている。
「レフェリーはタイソンをノックアウトから救い、9ラウンドのノックアウトがかなわなかった」
ウラジミール・クリチコは、サウジアラビアを拠点とするサッカーのスター、クリスティアーノ・ロナウドやネイマールとともに観戦したレジェンドの一人で、彼らはボクシングと同様、サウジアラビアのスポーツに対する惜しみない後押しの受益者である。
リヤドに新設された22,000人収容の王国アリーナは、午前1時30分(日本時間22時30分)にウシクが緑のコサックコートに毛皮の帽子をかぶってリングウォークに登場したとき、満員だった。
続くフューリーは、グリーンのノースリーブのジャケットにあみだの野球帽をかぶり、バリー・ホワイトとボニー・タイラーの「Holding out for a Hero」に合わせてダンスを披露。
非の打ちどころのない血統を持ちながら、このスポーツへのアプローチはまったく異なる2人のファイターの激突の舞台となった。
フューリーはジェットコースターのようなキャリアの持ち主で、2年間の薬物使用禁止処分やアルコール、コカイン、うつ病との闘いなど、どん底の経験もある。
フューリーは前回の試合から体重を15ポンド落として臨んだが、10月に元MMAファイターのフランシス・ナンヌーに倒され、スプリット判定で敗れた。
対照的に、ウシクは常に上昇を続けてきたキャリアを持ち、一貫性のあるモデルである。
クリミア・シンフェロポリ出身の37歳は、アマチュア時代にヨーロッパ・タイトルと世界タイトルを獲得し、2012年にはオリンピックで金メダルを獲得するなど、輝かしい戦績を残した。
プロ転向後は、15戦してクルーザー級のベルトを統一した後、ヘビー級に転向し、2021年にはアンソニー・ジョシュアから3本のベルトを奪い、翌年の再戦でも勝利した。
AFP