
東京: ニュートリノと呼ばれる素粒子の存在を確認したことで2002年にノーベル賞を共同受賞した日本人天文物理学者、小柴昌俊が死去した。94歳だった。
東京大学の著名な教授だった小柴が木曜、東京の病院で亡くなったと、大学が金曜に発表した。死因については触れられなかった。
小柴は、太陽から流れて来る見つけにくい粒子であるニュートリノを検出するため、巨大な地下室の建設を考案した。
ニュートリノは太陽を輝かせるのと同じプロセスによって太陽の中心部で生み出されるため、太陽内部の仕組みに関する他にはない見識をもたらしてくれる。
小柴は受賞を2人の他の科学者と分け合った。1人は同じくニュートリノ検出器に取り組んだペンシルベニア大学の故レイモンド・デイビス・ジュニア、もう1人は宇宙のより鮮明な画像を提供するX線望遠鏡で表彰されたイタリア生まれの科学者、故リカルド・ジャコーニである。
小柴は日本の中部の山中に建設された巨大な施設、「カミオカンデ」ニュートリノ検出器で働いていた。デイビスの研究を確認および拡大した他、遠く離れた超新星爆発からやってくるニュートリノを発見した。超新星爆発は、宇宙にいくつか存在する最も明るい対象物の1つである。
小柴の貢献は、その後の発見につながった。彼の生徒だった梶田隆章は、ニュートリノが質量を持つことを見つけた「スーパーカミオカンデ」での研究で、2015年にノーベル物理学賞を受賞した。
小柴は若い人たちに対する科学教育に熱心だった。そしてノーベル賞の賞金を使って基礎科学基金を設立し、高校や大学の学生に学習体験を提供した。
日本の中部の豊橋で生まれ育った小柴は、1951年に東京大学を卒業してから米国で学んだ後、1958年に日本へ戻り研究を続けた。
AP通信