
アラブニュース
ドバイ:2月6日未明、マグニチュード7.8の地震がトルコ南東部とシリア北西部を襲い、2万5000人以上の死者と8万人以上の負傷者を出した。
ここ数日でこの地域に少しずつ人道援助物資が届いている。しかし、届く支援の規模にはトルコとシリアの間で格差がある。
その一因は、政治的分断とインフラの貧弱さに苛まれる地域における物流上の困難だ。しかし、もう一つの要因は政治である。
国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の地域ディレクターであるホッサム・エルシャーカウィ博士は、人道対応に政治的緊張を持ち込まないようにしなければならないと考える。
アラブニュースのトーク番組「フランクリー・スピーキング」では毎回、トップの政策立案者やビジネスリーダーに話を聞いている。同番組の司会者ケイティ・ジェンセンに対し、エルシャーカウィ博士は次のように語った。「この種の活動をするうえでの我々の関心は、我々が持つリソースで可能な限り人命を救い苦しみを最小化することにある。そのリソースは限られていることがしばしばだが」
トルコ南東部の被災地には援助物資が比較的早く届き始めた。一方シリア北西部における救助活動や人道救援活動は、いくつかの要因で生じた遅れにより困難に直面している。
シリアは現在、様々な派閥によって支配される3つの地域に分かれている。反体制派などの武装組織が支配する北西部、クルド人主導の自治政府が支配する北東部、シリア政府が支配する中央部・南部だ。
国連の援助物資をトルコからシリアに届けるために使用できる唯一の国境検問所であるバブ・アル・ハワ検問所は地震による被害で閉鎖を余儀なくされ、シリア北西部への援助物資の到着が3日間遅れた。
シリアの人々が余計に苦しんでいる現状についてはバッシャール・アサド大統領の体制あるいは国際援助機関に何らかの責任があるのかという質問に対し、エルシャーカウィ博士は、「我々は人道援助関係者として、実のところ誰も責めない」と答えた。
「我々が直面している現状は外交や政治の失敗の結果だ。我々はこのような人道状況に対して、ごく普通の人々、普通の家族の支援に力を注ぐことで対処する。彼らは12年間にわたり苦しんできたうえに、2度の大地震によってさらに深刻な状況に陥っている」
地震発生後、シリアのバッサーム・サッバーグ国連大使は、人道援助物資の配送は、シリア政府の支配下にない地域向けのものも含め、全て政府が扱うべきだと述べた。
アサド体制が制裁解除を求めているのは日和見的な政治的策略だと見る観測筋もいる。
援助活動従事者は政治を気にせずに仕事をするとエルシャルカウィ博士は言う。「シリアの公共機関で働く専門家、医師、看護師などの緊急対応関係者を多く相手にしてきたが、彼らは政治にあまり関心がない」
「彼らはただ援助活動に従事している。彼らが求めるのはそのような活動を行うことと、国民のための支援を強化することだ。シリアは破綻国家ではない。この国の公共機関は国民が必要とするものを提供し続けている。そのことに敬意を払う必要がある」
エルシャーカウィ博士は続ける。「私が長年見てきたところでは、イラク経由やトルコ経由といった他のチャネルを通して支援が来ている。だから我々はそれを使って仕事をしている。それについてはコメントしない」
「我々は使えるものを使って仕事をするだけだ。このような状況における人道支援には『可能なことを実行する技術』的な部分もある。ただ、良い知らせも届き始めている」
エルシャーカウィ博士は、米国がシリアへの資金移転禁止を解除する決定を下したことに言及した。「これは重要だ。今回の危機は既に、12年間にわたる政治に対して影響を与えている。人命を救うために好ましい形でだ」
「他の制裁、例えば特定の物資や商品の調達に対する制裁や他の国による制裁なども解除されることを期待している。とにかく、今回の解除は我々に、活動を引き続き強化できるという希望を与えてくれるものでもある」
我々は誰の側にもつかない。使えるものを使って仕事をするだけだ。このような状況における人道支援には『可能なことを実行する技術』的な部分もある。
ホッサム・エルシャーカウィ博士
人々に提供される援助物資の規模がトルコとシリアの間で違うことの主な原因としては、物資が入ってくるかどうかという問題に加え、シリアでは過酷な内戦で公共インフラが被害を受けているという事実があるとエルシャーカウィ博士は指摘する。
「シリアのシステムや対応態勢(…)インフラなどは、12年間にわたる内戦のせいで大部分が劣化したり破壊されたりしている。だから、二国間で対応が全く異なるのだ」
国連によると、2023年初頭の時点で1500万人以上のシリア人が人道支援を必要としていた。
ワシントンD.C.の「中東研究所」が最近発表したレポートは、シリア北西部のインフラの65%が地震発生前から既に損傷を受けたり破壊されたりしていたこと、またこの地域には約300万人の国内避難民が暮らしていることを明らかにしている。
シリアのアサド大統領もトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領も、国内での災害対応をめぐって批判に晒されている。トルコでは、政府の備えが十分でなかったと非難する声もある。
エルシャーカウィ博士の考えでは、このような評価は不当だ。「このような大災害に対して100%の備えをすることは非常に難しい」という。「マグニチュード7を超える地震が数時間の間に2回も発生したのだから」
同博士は、2011年に地震と津波が日本を襲い2万人近い死者を出した後に人道援助の調整を行った自身の経験を振り返った。
「当時世界で最も発展し工業化された有能な国であった日本でさえ(…)地震への対応には苦労したのだ。だから、必需品や物資が早急に欲しいという人々の気持ちは理解するが、我々が見る限りは、トルコ赤新月社、トルコ災害緊急事態対策庁、政府などは持てるリソースを使って最善を尽くしている」
ところが、トルコの震災対応は民族間や地域間における格差を目に見える形で表面化させている。南部に住む少数派クルド人の多くは、新しい建築基準が近年導入されたにもかかわらず杜撰な工事で建てられた住宅が蔓延しているのは当局の責任だと非難している。
エルシャーカウィ博士は語る。「危機によって緊張が悪化することもあるが、援助物資が公平に分配されれば、そして人々が人道支援や人命救助に注目すれば、逆に緊張が緩和することもある」
「人々は自分の息子や娘が救われたことは忘れない。ずっと覚えているだろう。そんなことが関係改善の役に立つことだってある」
「政治についてはコメントしない。ただ確かに、より良い備え、より良い復興は可能だ。耐震構造を備えた建物、住宅、病院、学校を建てることなどだ。建築基準を設けるだけではなく、その遵守を強制しなければならない。世界中の多くの政府がそのような課題に直面している」
IFRCは今後、地元当局と協力して建築耐震基準の遵守を強制する仕組み作りに取り組むつもりだとエルシャルカウィ博士は言う。
「それが長期的には人々を守ることになる」という。「もし日本でマグニチュード7.5や7.8の地震が起こったとしても人々は動揺しないだろう。日本の建物はマグニチュード8や9の地震に耐えられるようになっているからだ。つまり可能だということだ。技術は存在するのだから。その技術をこの地域にも持ち込むために長期的に取り組む必要がある」
短期的には、IFRCなどの機関がこの地域に人員や物資を派遣する際に、リソースの過不足を防ぐために人道援助提供者間の協調が重要になるだろうとエルシャーカウィ博士は言う。
「我々は協調しながら活動しようと努めている。例えば、人々が水や食料や医薬品を必要としているのに皆が毛布やマットレスばかりを提供するといった状況を作らないようにしている。優先順位の高いニーズを一度に満たすこと、一つの品目が過剰で他のものが提供されないといった状況にしないことが重要だ」
UAE、エジプト、ヨルダン、イラク、中国、ベネズエラなどの国が、食料、毛布、テント、発電機、燃料、医療用品などの緊急援助物資を提供している。
エルシャーカウィ博士は、今も続く救助・援助活動に対するサウジアラビアの貢献の重要性を強調した。
「サウジからの支援は不可欠だ」という。「彼らからは優先事項のリストを求められた。支援の内容や飛行機に積む物資をカスタマイズするためだ。本当のニーズや不足を満たそうとしているのだ。物凄くありがたい。人命救助に多大な貢献をするものだ」
サウジアラビアのサルマン国王人道援助救援センター(KSrelief)が地震発生2日後に開始した寄付金集めキャンペーン「サヘム」により、震災の犠牲者・被災者のための寄付金が48時間で5300万ドル以上集まった。
また、サルマン国王陛下とムハンマド・ビン・サルマン皇太子殿下はKSreliefに対し、「エアブリッジ」の運用を開始して被災地に救援物資を至急届けるよう指示した。
エルシャーカウィ博士は、「これは、今こうして話している間にも行われている。このエアブリッジの内容については引き続き微調整していく」と語る。シリアでは気候が厳しいうえにコレラが流行しているため援助内容のカスタマイズが必要なのだという。
問題は山積しているが、多くの国は自らの役割を果たすために政治を脇に置いている。
エルシャーカウィ博士は語る。「我々はそうするよう全ての国に対して訴えている。すなわち、数週間あるいは数ヶ月の間は政治を脇に置いて人道的要請に集中するようにと」。援助の提供にはさらに長期間の取り組みが必要になるかもしれないという。
IFRCは、シリアとトルコのために2億ドルの援助を呼びかけている。
「これは、数日や数週間以上の時間を必要とする大規模な支援パッケージだ。現時点では2~3年のプログラムになると想定している。このような大規模な震災への対応がどのようなものであるか分かっているからだ」
「世界や地域の国々が惜しみなく寄付や貢献をしてくれることを期待している」
IFRCは制裁が続いているにもかかわらずシリアを支援したい国々とコンタクトを取っているとエルシャーカウィ博士は明かした。「これは我々が行っている静かな外交だ。これこそ私が言っている一筋の希望だ」