先週(2024年1月26日)、国際司法裁判所(ICJ)は、パレスチナ人に対しジェノサイドを行っているという告発に対し、イスラエルは対応を取らなければならないとする判断を下した。この判決は嬉しい知らせであった。数十年にわたる怠慢と意図的な妨害によって、人道に対する犯罪行為の横行が世界のニューノーマルとなっていたにもかかわらず、国際法の優位と国連を中心とするグローバル・システムの正当性を再確認するものだったからだ。
他ならぬジョー・バイデン米大統領その人が、昨年(2023年)11月、「世界の平和を推進する上で人類にとって最重要の機関のひとつ」としてICJを称賛している。バイデン大統領は今になって称賛したことを悔いているかもしれないが、ICJは、冷酷な弱肉強食の世界や、中国のウイグル人、ミャンマーのロヒンギャ、シリア人、ウクライナ人、インドの少数民族、ダルフールのコミュニティへのジェノサイドに対する、不安定ではあるが数少ない防波堤のひとつなのだ。
アメリカの弁護士、法学者であるジョーン・ドナヒュー判事が、冷静かつ的確に判断を下したのがとりわけ素晴らしかった。「ガザの子どもたち皆が心に傷を負っている。彼らの未来が危険にさらされている」とドナヒュー判事は警告した。
判決は明確に停戦を要求するには至らなかったが、ICJはイスラエルに対し、「その力の及ぶ限りあらゆる手段」をとり、パレスチナ人のジェノサイドを防いでガザへの人道支援を拡大するよう明確に命じたのだ。不満を隠さないイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ICJの判決に拘束されることはないと述べ、「われわれは安全の確保のために必要な行動をとる」と反論した。とはいえ、非難を受けたイスラエルは、ICJの命令をどのように履行しているかを示す報告書を1カ月以内に提出する必要がある。また判決は、2023年10月7日のハマスの残忍な攻撃について適切に非難し、今なお拘束する130人ほどのイスラエルの人質を解放するよう命じた。
アメリカ、フランス、ドイツ、オーストラリア、日本といった国々が裁判官を任命しているため、ICJはイスラエルにとって不利だと主張することはできない。もっとも、リシ・スナク英首相は、この決定は「まったく不当だ」と怒りをあらわにしたのだが。ロシア、インド、中国など、これまで人権問題を抱えてきた加盟国が活動家を推薦したのだと非難する余地もほとんどない。イスラエルのアハロン・バラク判事でさえ、ICJの6つの命令のうち2つに賛成した。
イスラエルは刑事責任を負わなくていいという空気をずっと享受してきた。今回の判決は、そうした状況に修復不能な大穴を開けたのだ。ネタニヤフ首相が「何世代もの間消し去ることのできない恥辱だ」と激怒したことからもそれは明らかだ。ガザの大虐殺に関して、これほど正しい言葉が語られたことはこれまでない。
世界中のイスラエルの支援者や擁護者たちは、自分たちが大量虐殺を幇助したと非難されるのを当然嫌うだろう。とりわけ、裁判所が最終的な判決を下すまでに数年を要するであろうこの状況ではなおさらだ。EUは判決の「完全かつ即時の」履行を要求した。各国はイスラエルに武器を売る場合に法的リスクを考慮しなければならず、イスラエルが命令に従わない場合、国際機関における投票権や加盟国としての権利を失うことが予想される。今回の判決は、イスラエルをボイコットしようとする世界的な取り組みを大きく加速させるものでもある。
3万人の職員を擁する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、国連最大の機関であり、最も長く活動している事業のひとつだ。ガザではすでに国連職員が約152人殺害されている。少数の職員に対する今回の疑惑の実態がどうであれ、この重要な時期に多くの国が資金拠出を停止するのは残酷で配慮に欠ける行為であり、イスラエルの10月7日以降の報復行為とまったく同様に集団的懲罰だ。
イスラエルは「Gワード」(ジェノサイド)を使われるのは嫌かもしれないが、ジェノサイドと民族浄化は、残忍なガザ地上作戦の理念の中に刻み込まれている。
バリア・アラムディン
今回の行為は、ガザの住民を飢えさせ抹消しようとするイスラエルの新たな試みであって、同時に国連の信用を失墜させようとするものだとみなさざるを得ない。アントニオ・グテーレス事務総長は「UNRWAで働く何万人もの男女は、その多くが人道支援要員として最も危険な状況に置かれており、罰せられるべきではない」と語っている。
イスラエルは「Gワード」(ジェノサイド)を使われるのは嫌かもしれないが、ジェノサイドと民族浄化は、残忍なガザ地上作戦の理念の中に刻み込まれている。ワシントン・ポスト紙のジャーナリスト、カレン・アティア氏が論じたように、ネタニヤフ首相がパレスチナの主権を断固として拒否することは、パレスチナの人々を支配もしくは排除することを意味する。「アパルトヘイトか民族浄化である。これらの言葉を他にどう解釈すればいいというのだろう」
多数のイスラエル政府高官は、ガザの市民を決して故郷に戻らせない、あるいは完全に根絶やしにすると断言してきた。ネタニヤフ首相はそうした声にこれまで同調してきた。ガザ問題終結へのビジョンを公言することに消極的であったし、以下のように命ずる聖書の一節を彼自身が引用したこともあった。「容赦してはならない。男も女も、子供も乳飲み子も殺せ」このような明らかにジェノサイドを想起させる発言を受けて、ICJは今回の暫定措置ではっきりと「扇動」に言及した。
イスラエルの応援団は怒りをあらわにして反論している。今回の判決は、人類史上最悪のジェノサイドの灰に築かれた国であるイスラエルに対して、非常に攻撃的なものだ、と。前半部分に異論はない。しかし、ユダヤ人に対する現実の歴史的大虐殺は、イスラエルの指導者たちが自ら虐殺行為に乗り出すことを決して許すものではない。こうした歴史的事実は、イスラエルの責任を追及する人々を殴りつける鈍器として使うこともできない。ナチスのホロコーストがあったからこそ、人権と戦争犯罪に関するこれほど(実行力が弱いとはいえ)強固な法が世界に存在するのである。
ハマスの残虐行為の余波で、イスラエルによる報復と殲滅行為は残虐を極め、瓦礫の下で行方不明になっている人々を含めて3万人以上のパレスチナ人(ほとんどが民間人)がすでに死亡したことはほぼ間違いない。パレスチナ人に対する集団的復讐を急ぐあまり、イスラエルは一周回って、被害者ではなくハマスのように犯罪者だと一般にみなされるほどになってしまった。あるアナリストはこう表現した。「イスラエルから救われなければならないのはパレスチナ人だけではない。イスラエルがイスラエル自身から救われなければならない」と。
アメリカは人質解放と長期停戦に向けて水面下の交渉を直ちに復活させた。この行動の速さが示すのは、今回の判決がガザの現状をいかに根本からつくりかえたかということだ。
今回の判決は、痛ましく踏みつけられてきた国際司法と紛争解決メカニズムの全面的な再生に向けた第一歩となるはずだ。国際司法がいつどうやって声を上げれば、世界は断固とした対応を迫られるのか。今回の判決はそれを示す見取り図なのだ。
バリア・アラムディン氏は、中東と英国で受賞歴のあるジャーナリストであり、キャスターでもある。メディア・サービス・シンジケートの編集者であり、数多くの国家元首にインタビュを敢行している。