
ジョン・C・フルスマン博士
アーサー・コナン・ドイルがかつて、このようなことを書いたことがあった。「明白な事実ほど人をあざむくものはない」。不滅の『シャーロック・ホームズ』の作者は、このことを嫌というほど知っていた。つまり、事実が必要とされるとき、その事実は最も入手しがたい情報であると判明するのである。
コロナウイルスは、2008年の大不況以降に出現した、最も重大で唯一の政治リスクをはらむ問題であり、おそらく現時点で21世紀の最大のリスク問題となるだろう。
あらゆる「ブラックスワン」同様、根本的な問題は、主に目の前の大惨事(重大ではあるが)ではなく、疫病が発生したという未知の出来事に対する不合理で非常に人間的な恐怖である。
シャーロック・ホームズの精神でこの不合理な恐怖を払拭するためには、私たちが今把握している事実に対する、冷静な政治的リスクの評価こそ、ふさわしい。そのためにすべきことはただ一つ、目の前にある人を惑わす、冷徹で確かな事実を整理することで、人類を襲ったこの疫病について、冷静に効果的かつ有益な協議を行うことである。
第一に、すでに分かっているのは、中国がコロナウイルスの感染拡大国であると同時に、世界で最悪の影響を受けている国でもあるということだ。また、コロナウイルスの内部告発者で、殉死した医師の李文亮が口止めされていたことは典型的だが、中国政府に透明性がないために、世界中にウイルスを拡散させたことだ。
(米国家安全保障問題担当ロバート・オブライエンによる痛烈だが正しい言い方によれば)中国政府が事実を隠したせいで、世界は来るべき打撃に備えることができたはずの貴重な5〜7週間という時間を無駄にしてしまった。また、感染爆発に関する中国の統計は、経済統計の数値同様の信頼性しかない。中国が発表する数字を、そのまま鵜呑みにするわけにはいかないのだ。重要なのは、中国以外の国々が将来、この迷惑な(しかし顕著な)事実について、中国政府を無罪放免にしないことである。
しかし一方で、この危機に対して強制隔離という厳格な対処を行ったことで、(中国中心部の5000万人以上の人々の仕事を約3か月間完全に停止させた後)中国は最悪の事態から抜け出したように思われる。
その勝利は、感染の中心地である武漢の、感染が猛威をふるっていた通りを最高指導者である習近平が散歩している姿に凝縮されている。このような事実が皮肉なことに、中国が世界の大半の国々とくらべて、相対的に力強くこの危機から脱出するだろうという結果に至るのである。コロナウイルスは、私たちが現在、米国と中国の超大国が優位性を争うという、二極化した世界に暮らしているという、新たな現実を実証しているのである。
皮肉なことにだが、中国が世界の大半の国々とくらべて、相対的に力強くこの危機から脱出するだろう。
ジョン・C・フルスマン博士
ヨーロッパでは、EU指導部がまるで存在していないかのように思われ、事態はより深刻である。欧州の連帯が最も求められている、まさにこの時に、強大な各国政府の陰に隠れているのである。ヨーロッパ大陸の危機の中心地であるイタリアは、完全に封鎖されている。フランス、ドイツ、そしてイギリスは、イタリアの不安定な経緯を正確にたどることを見越して、今後1週間から10日くらいでほぼ確実にやってくるウイルスの襲来を待っているところだ。
(イタリア、フランス、ドイツという経済が硬直化した国々を仮定すると)コロナウイルスの危機が訪れる前から、高齢化し、すでに緩やかに景気後退期に突入していたため、コロナウイルスは、相対的に景気が下降気味のヨーロッパ大陸に打撃を与えようとしている。一般的な危機に対する、一般的な遅々とした意思決定による対応を前提にすると、コロナウイルスにより、ヨーロッパの景気がさらに後退することが明らかになるだろう。
これは米国へとつながる。米国は世界で最も活力あふれる経済先進国として恩恵を受けているが一方で、両政党におけるひどい政治のリーダーシップに苦しんでいる。たとえば、トランプ大統領は、ウイルスは民主党が広めたデマであると言っていたのだが、わずか12日間で、ヨーロッパのほとんどの国からの航空による入国制限を行うに至った。
このようなめまぐるしく変化する、一貫性のないリーダーシップは、世界がいまこの時点で絶対に必要としていない。一方、大西洋と太平洋の恩恵があるとすれば、コロナウイルスがやって来るのは間違いないが、米国を直撃するまでに少し時間に猶予があることだ。ウイルスがアメリカに与える政治リスクの危険の最たるものは、アメリカのリーダーシップの欠陥そのものである。
では、これらすべての事実が私たちをどのような状態に放置するのだろうか?どのような結論を導き出すことができるだろうか?悲しいことに、今回は、運命論者の発言が絶対的に正しい見本となるのだ。コロナウイルスは、特に経済的な観点から、政治リスクによる第1級の災難となるだろう。
世界の大半の成長において経済的原動力である中国は、世界経済に多大なる影響を及ぼさないならば、1四半期もの間、スペインの人口に相当する5000万人に何もさせることができない。G7の1国であるイタリアは、結果が出ないまま、一度に数か月もの間、休むわけにはいかない。
そして、忘れてはいけないのは、このウイルスはまだ経済大国であるドイツ、英国、米国を直撃していない点である。現実的な政治リスクの疑問とは、絶妙な政策により、真の世界不況を回避できるかどうかであり、2008年並みの景気後退(おそらく回復は早まるだろうが)が、まだ一番ましな想定となるだろう。相対的に堅調な景気上昇が訪れる前に、20~40パーセントの莫大な市場損失を予期すべきである。
このような災難に対処する最良の方法は、まずはその深刻さを認めることであると、事実は示唆している。これは私たち皆が今すぐ行動しなければならないことである。