
歴史の本には、過去から学ぶべき教訓が満載されている。一般にスペインかぜとも呼ばれるインフルエンザが1918年に大流行となった際には、世界中で5,000万〜1億人の人が死亡した。第一次世界大戦の戦死者数すらも上回る数の人が死んでいったのである。
このパンデミックは戦争の終盤の数か月と時期が重なっただけでなく、戦争終焉後に兵士が帰還したり再配置されたりするなかで、余波はその後も続いた。
戦時下の状況が、病気の拡大と重症度に重要な役割を果たした。戦争とパンデミックは密接に結びついていたのだ。戦争で軍の収容所が人で溢れかえっただけでなく、紛争地域に閉じ込められ、身を守るために近接して暮らすことを強いられた人々の間にも影響を与えた。
これがウイルス感染に最適な条件を作り出し、感染は急速に拡大し、死亡者数が急増した。米軍では、敵の砲火よりもインフルエンザと肺炎によって死ぬ兵士や船員の方が多かった、ともいわれている。
こうして「大戦争」と呼ばれる第一次大戦のことは思い出す私たちだが、今起こっている戦争のことは忘れがちだ。その戦争は、シリアで今でも続いているのだ。この火曜日、ガイア・ペダーゼン国連シリア担当特使が、戦争で荒廃したこの国で新型コロナウイルスの感染拡大抑制に全面的に取り組めるように、「完全な、即時の、全国的な」停戦を求めると訴えた。
ペダーゼン特使は、国連のアントニオ・グテレス事務総長から先週電話があったことを認め、「人間家族」が新型コロナウイルスという共通の敵に立ち向かえるよう、世界中のあらゆる敵対勢力に対し戦闘行為を直ちに終わらせるように呼びかけた。グテレス氏は、停戦の実施に失敗すれば、シリアにとってもコロナ危機の世界的な対応にとっても大変な影響を及ぼす恐れがあると警告した。こうした理由から、長い間求められていた全国規模の停戦が今やかつてないほど必要になったとペダーゼン氏は述べ、国連安全保障理事会決議第2254号を引き合いに出した。9年に及ぶ戦争で荒れ果て、インフラや経済、医療体制も破壊してしまったシリアにとって、アウトブレイクは壊滅的な影響をもたらすことになるだろう。
ペダーゼン氏によると、最近の停戦によりシリアの北東部と北西部では紛争規模が段階的に縮小しているが、停戦合意は依然として不安定で、どんな瞬間にも新たな戦闘行為が勃発する可能性があるという。
3月5日、トルコとロシアは、戦闘行為が拡大し100万人近くが家を追われた北西部イドリブ県での停戦に合意した。この戦闘行為拡大では、両国の関係が真っ向から対決するところまで悪化した。
だが、合意にも関わらず、シリア内戦は止まらない。軍隊が配備され、イランなどの国から代理民兵が送られ、避難民が絶望的な状況のなか救済を待つ日々が今でも続いている。
月曜日、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相がダマスカスでバシャール・アサド大統領と会談した。
ロシアの国防省によると、2人はイドリブ段階的縮小地区における持続可能な停戦の実施について話し合った。
そんななか、トルコとロシアの軍隊がイドリブ県のM4高速道路でモスクワ合意枠内の合意事項に基づき2回目の共同パトロールを行った。だが、ロシア国防省によると、アレッポとラタキアの2都市を結ぶ道路をカバーすることになっていたパトロールは、安全上の懸念から途中で切り上げられたという。3月15日に行われた両国最初の共同パトロールも、ロシア政府いうところの反乱軍の挑発により、規模を縮小させられた。
全世界が急速に拡大するパンデミックと戦うなか、このロシアとトルコの停戦合意維持への努力はますます重要性を増したといえる。この合意の目的は、難民のこれ以上の越境やトルコ軍兵士のこれ以上の死という事態を避けたいトルコ政府の主な懸念に対処することである。
1世紀前に世界中で何百万人という人々を襲った恐ろしい経験の繰り返しなど、誰も望んでいない。
シネム・センギス
コロナ危機のなか、トルコのメヴリュット・チャヴシュオール外相は、フィナンシャルタイムズ紙に「シリア難民に対するEUの不作為は人間の良心に汚点を残す」という見出しの記事を書いた。その中でチャヴシュオール外相は、トルコがシリアからも他のどの国からもこれ以上の難民を受け入れることは不可能だと述べた。
ほぼ70年にわたってNATOに加盟してきたトルコがNATOに期待するのは、シリアの安全保障においてもっと顕著な結果をもたらすことだ。欧州は難民危機に対し何の対策もとらず、NATOも難民問題の元となっているシリアにおいて、問題に対処しようとしない。これではシリアの窮状を救うことはできない。
新型コロナ感染が世界中に拡大し、民族や宗教に関係なくあらゆる人々に脅威を与えている今、国際機関によるさらなる行動がこれまで以上に必要となっている。シリアだけでなく、リビアやイエメンといった戦争で荒廃したすべての国で停戦が必要であり、これらの国に外国民兵が侵入するのを防ぐための措置が必要であり、難民や避難民を支援するための一層の取り組みが必要なのだ。これらが優先事項とされなければいけない。
1世紀前に世界中で何百万人という人々を襲った恐ろしい経験の繰り返しなど、誰も望んでいないのだから。
シネム・センギスは、トルコと中東の関係性を専門とするトルコの政治アナリストである。 Twitter: @SinemCngz