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ソレイマニ氏の死は世界にとって千載一遇の好機

イスラム革命防衛隊で司令官を務めたガーセム・ソレイマニ氏。(AFP)
イスラム革命防衛隊で司令官を務めたガーセム・ソレイマニ氏。(AFP)
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07 Jan 2020 11:01:55 GMT9
07 Jan 2020 11:01:55 GMT9

ベイルートからダマスカス、そして命運尽きたバグダッド空港にまでいたる、ガーセム・ソレイマニ氏の終の旅路はあたかも、その30年にわたる軍歴で大量殺戮と混乱を引き起こしてきた場所をめぐる巡礼の旅路ででもあるかのようだった。元CIA長官のデイヴィッド・ペトレイアス氏はソレイマニ氏の死について、「オサマ・ビン・ラディン殺害よりも、ことによればイスラム国指導者バクダーディーの死よりも重大な意味がある」としている。国家が支援する国際テロ組織の半世紀の歴史でソレイマニ氏は向かうところ敵なしといった案配だ。

左寄りのメディアはトランプ米大統領を毛嫌いする。だからソレイマニ氏の死を受けた反応といってはおおむね、怒り混じりの恐怖であり、まるでもう世界は滅びるしかないにちがいないといった論調だ。私とて、他の識者と選ぶところのない見立てしかできないのであるが、ハメネイ師はこれでずいぶんと難しい立場に立たされた。威厳を保つためには報復せざるをえない。ましてイラン革命防衛隊やヒズボラ幹部はひとしなみに「復讐」を口にしているのだ。悲しみに暮れるソレイマニ氏の娘までもがかつぎだされ、「狂人トランプ」への警告として、米国とイスラエルにはいずれ「黄昏」が来ようなどと言わせている。

が、米国人もしくはイスラエル人の生命が結果として失われるようなことでもあれば、その反応は飛躍的に大きなものとなりかねない。呼応するようにトランプ氏はすでに、イラン国内52か所への攻撃をちらつかせている。イラン政府はもはや2015年の核合意により課せられた制限には一切縛られないと発表しており、いよいよ米・イスラエルとの軍事対決は不可避かもしれない。予期せぬ場所で何らかの者の意を受けたテロ行為がおこなわれる場合、イランが敵愾心から起こした行動とみなされるであろうこともまた火を見るより明らかだ。

制裁で困窮しているイランは戦争どころではない。レバノン、イエメン、シリア、イラクといった国々を舞台に争うならまだしもだが、これらの国々の政治状況はきわめて不安定で、戦争でも起きれば自壊しかねない。むろん、サイバー空間なりアラビア湾 を航行する船舶なりへの攻撃という手も考えられる。しかしトランプ氏に対峙するハメネイ師は、瞋恚のほむらを燃やして猛った反応を見せるのか、それともうっちゃって何の反応も示さないのか、先が読めなさすぎて頭がクラクラするような人物を相手にしているのだ。

欧州各国政府からは、『人の不幸は蜜の味』を地で行くように、この先何が起こってもぜんぶトランプの自業自得さ、などとうそぶく不愉快な声も聞こえる。が、イランは英国と欧州は「大悪魔」への攻撃対象としては妥当かつ低リスクとみている。欧州はゆめゆめソレイマニ氏の死にともなう影響への対応に建設的な役割を果たすことを怠るべきでない。さもなければ、激しい戦火に見舞われかねない。

ソレイマニ氏は激越な宗教的激情に衝き動かされていたわけではない。レバノン、シリア、イエメン、イラクを犠牲にしてでも、核と弾道ロケットを携えて米国、イスラエル、アラブ諸国を十把一絡げに脅かすに足る大ペルシャ帝国を望んでいたのだ。歴史上、領土拡大に走った独裁者たちはみな、狂信的なおごりという陥穽にはまった。ヒトラー、ナポレオン、ジンギスカン、カエサル、キュロス王しかりだ。ソレイマニ氏とハメネイ師も同じ穴の狢である。イランは、経済が制裁によりガタガタであるにもかかわらず、古代ペルシャのごとき帝国主義的領土拡張の夢へと傾いている。自国民が窮乏しているのをよそに、指導層は戦争を煽り立てるかのように、他国でイランの意を受けて活動する者らへ報酬を支払うことに躍起だ。

ソレイマニ氏は国境の防備・拡張に孤軍奮闘の活躍をみせた国民的英雄だ、といったたぐいのプロパガンダにイラン国民は何十年と絶え間なくさらされてきた。が、最近の抗議活動を見ていると、そろそろイラン国民にも化けの皮がはがれかけていることがわかる。無益で莫大なカネのかかる紛争にばかり国の富を無駄遣いした男ではないか、という糾弾の声が上がっているからだ。

アルムハンディス氏とソレイマニ氏が死に、政治・イデオロギー両面で周辺国を支配するイランの能力に巨大な空隙が生じている。
バーリア・アラムッディーン

ソレイマニ氏の死亡がもたらしたことのひとつは、同氏の率いたコッズ部隊はもはや以前のように月に何度もバグダッドの空港にこれ見よがしに降り立つような真似はできない、ということだ。そんなことをすれば、米国・イスラエルの暗殺部隊に殺してくださいと言うようなものだからだ。米国が2007年にシーア派武装組織への作戦を強化した際、イランはイラクにいたコッズ部隊をほぼ全員引き上げさせている。アルムハンディス氏やムクタダ・サドル師といった武装組織リーダーらはイランへの避難を余儀なくされた。コッズ部隊にイラクやその他アラブ諸国の首都で作戦活動するのは安全でないと思わせられれば、トランプ氏としても今回のソレイマニ氏殺害を奇貨としえたことになるはずだ。

ソレイマニ氏はバグダッドで強固な人間関係を構築し、あたかもマフィアのボスのような最強の存在であったことはほぼ間違いない。国会議長指名要求であれ、地方知事の馘首であれ、民兵組織の配備命令であれ、石油密売利権の搾取であれ、ともかく同氏の一言で何事も決まった。イランは脅迫も要求もやめそうにないとはいえ、ソレイマニ氏の跡を継ぐ者たちは、同氏のもっていた疑う余地のないマキャベリ流の無限の権能をふるう夢を見られるだろうか。

ソレイマニ氏やアルムハンディス氏、またヒズボラ指導者のハッサン・ナスララ氏などは、1980年代から90年代にかけてイラン革命の輸出に協力しあった武闘派世代の出である。これより若い世代のイラクやレバノンの武装組織メンバーらはイランに長くいたことがないため、イデオロギー的にさほどイラン政府寄りでもないという事情がある。ヒズボラが長く支配する地域出身の若者らは、自己矛盾に満ち容易に信用ならぬ文言には反発を強めている。つまり、アルムハンディス氏とソレイマニ氏の死の結果、イランは周辺諸国に対し政治的・イデオロギー的に以前ほど影響力を及ぼせなくなっている。

バグダッドは、地域連帯を賭けた大戦の合戦場となるべく運命づけられている。が、イランに対抗する列強がそもそも何のための戦いなのか理解する前にイランは勝利を収めてでもいるだろうか。イランはすでにイラク国会の親イラン勢力にはたらきかけて「あらゆる外国部隊のイラク領におけるプレゼンスを終わらせる」ことに賛意を示させている。そんなことをすればイスラム国がふたたび舞い戻ることにつながり、トランプ氏の言う「とても大きな制裁」をあおるだけであるにもかかわらず、だ。他方で、イランが裏で糸を引く民兵組織は西側諸国の影響力に対抗する戦いに向けた準備は着々と進めるはずだ。

イラクの現状はこうだ。アブドルマハディー首相は辞任、サドル師陣営はデモ隊と帯同、サーレハ大統領は親イラン派の選んだ首相に拒否権発動、そしてソレイマニ氏とアルムハンディス氏は死亡。イラクをいま治めているのは誰なのか? イランの意を受けた勢力はこの空隙を突く好個の位置にすでにつけている。イラクの独立を求める勢力はもてる力を振り絞りこれに対抗せねばならない。

大アヤトラ・シスタニ師や多くの政治会派は選挙による刷新を求めている。親イランのファタハ連合は2018年の選挙で13パーセントの議席しか占めていないのにシーア派デモ隊数百名の殺害に関与、支持者はいっそう先細りせざるをえない。親イラン派を政府要職に就ける人事はすべきでない。ハメネイ師に心酔するイラク国内の広範な民兵組織の解体は急務だ。20億ドルにのぼる予算もカットすべきだ。

クルド人勢力、スンニ派勢力、穏健シーア派勢力からなる多数会派の望みは、イランによる干渉を減らすことだ。今や、政治指導者らを脅しつけ裏金を贈り畏怖させたソレイマニ氏はいない。2014年、ロシアのくびきから劇的に脱したウクライナのユーロマイダン革命のようなことが起こる一縷の望みは、イラクにもある。しかしながら、ウクライナ同様、イラクもまたぞろ修羅の巷にあやうく逆戻りしかねない。主権国家イラクを安定させ憲法に基づく統治を支援することは、国際社会がなによりも優先させるべきことだ。

緊張が高まりイスラエルと破滅的な戦いになる未来を、大半のレバノン人は恐れている。が、この目前の危機はレバノンの鼻先から消えることはない。最近も米国とイスラエルへ死の報復をうながしている「イスラム抵抗」がレバノン政界を牛耳っているかぎりは。ヒズボラ指導者のナスララ氏はイスラエルを名指しての威嚇は控えているが、その代わりに米国の軍事資産は「格好の標的」、米軍兵士は「墓場行きだ」とたきつけている。爆発しかねないこうしたダイナミクスのためにレバノンは危険なもろさを露呈していることもあり、国際社会は喫緊の課題としてこの忌まわしき宗派政治の転覆に手を貸すべきだ。これがあるために、キリスト教勢力やスンニ派勢力、ドルーズ派勢力、穏健派勢力のほうが多数であるのにイラン支配が絶えぬのだ。

とはいえ、米国や欧州、アラブ諸国の政府トップにこうした劇的な変革の指揮に必要な自覚なり構えがあるかとなれば、私は悲観的だ。駐バグダッド米大使館は、二千人の外交官を僅々10名の政治担当職員に激減させている。イランに対するトランプ氏の先の対応は戦略的空白を突いたものだ。トランプ氏は因習的な外交手法を嫌うが、そのため多国間で行動する端緒はますます少なくなっている。せっかくソレイマニ氏を排除したというのに、これを奇貨とできず無駄にしてしまうようでは何とも情けない。

その上で、イランがソレイマニ氏の死をおのが内省に当てることも望みたい。イランの地域覇権の夢を一身に担った者がみまかったのだから、国境のはるか彼方まで覇権を求めることは最終的に惨憺たる結果に終わったと、反省材料にはできないものか。いの一番に攻撃を仕掛けることが国を守る最良の形ではないのではないか。

ソレイマニ氏の死はこの地域にとって「決定的瞬間であり新たな段階」だとするナスララ氏の見解には同調してもよいだろう。確かにこれは、9-11米国同時多発テロにも劣らぬ青天の霹靂だ。しかしながら、ハメネイ師が取りかねないありうべき最悪の報復のシナリオを考えてすくみ上がる必要はない。ありうべき最良の結末が起こるべく決然とした行動に出ることのほうがまだしも賢明だ。それはつまり、この地域の安定化をうながし、イランの覇権への夢を断つことだ。

  • バーリア・アラムッディーン氏は、中東およびイギリスで活動する実績あるジャーナリストで放送媒体にも出演。また、Media Services Syndicate編集者として多くの国々の指導者と面談している。
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