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アラファト・デーとメッカの女性たち

パンデミックによりグランドモスクが閉鎖される以前は、女性たちは食料を持ってモスクに向かい、祈りを捧げて一日を過ごしながら日没の断食明けを待ったものだった。(MiSK)
パンデミックによりグランドモスクが閉鎖される以前は、女性たちは食料を持ってモスクに向かい、祈りを捧げて一日を過ごしながら日没の断食明けを待ったものだった。(MiSK)
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19 Jul 2021 08:07:26 GMT9
19 Jul 2021 08:07:26 GMT9
  • 巡礼者がアラファト山へと向かう中、聖地の女性たちは伝統的にグランドモスクへと向かい時間を過ごす

ラワン・ラドワン&タリーク・アル・タカフィ

ジェッダ、メッカ:ハッジ(大巡礼)初日を迎え何百人ものイスラム教徒がミナの谷へと移動するとき、メッカの女性たちは伝統的にグランドモスクへと向かい時間を過ごす。つい最近新型コロナのパンデミックにより途絶えるまで、脈々と受け継がれてきた伝統だ。

イスラム暦で最も神聖な日である「アラファトの日」は祈りと連帯のための日であり、イスラム教徒にとって重要な行事である。

この日はまた、はるか昔から受け継がれる現地の習慣を目にする日でもある。何百万人もの巡礼者がアラファト山へと向かうハッジの初日となるズル・ヒッジャの9日目、メッカ、特にグランドモスクは静けさに包まれる。

わずかな時間帯だけ、マタフ(カアバ神殿の周りの区域)の地面を埋め尽くす白いイフラームを着て回礼を行う人の群れがごく一握りの人になり替わる―そのほとんどは女性である。

この現象は「無」や「空」を意味するアラビア語が由来の “Yawm Al-Kholeef” と現地では呼ばれるもので、はるか昔から知られている。

女性と子どもがグランドモスクへ向かうとき、男性は巡礼者とともに東に5キロ離れたミナの谷へと向かう。

現地で “mutawefeen” と呼ばれるメッカの人々は毎年、イード・アル・フィトルが終わるとともにハッジの準備を始め、‘wukalaa’ (エージェント)を通じて手配された巡礼者を待つ。

女性たちは来客を迎え宿泊を提供するための家の準備を行う。Mutawef、wakeel、巡礼者の間の取り決め次第で、巡礼者の滞在期間は数日間のこともあれば、最大4カ月にも及ぶ。

「巡礼者とmutawefは経済的利益によるものではない、固い関係で結ばれています」と、matawefaでありハッジ・ウムラを専門とするジャーナリストのファテン・フセイン氏はアラブニュースに語る。

オランダ人東洋学者Christiaan Snouck Hurgronje(1857–1936)のアルバムBilder aus Meccaに収蔵された珍しい写真。Hurgronjeはメッカで6カ月暮らした後、イスラム教に改宗してAbdul Ghaffarと改名した。(提供画像)

「この関係はむしろ人間的・精神的・宗教的な絆によるものです。巡礼者を迎える仕事は初代のMutafeenから代々受け継がれたものであり、巡礼者に奉仕し、支援し、快適に過ごせるよう面倒をみることは名誉な仕事と考えられています」

ズル・ヒッジャの8日目には、街中の様々な年代の男性たちが巡礼者をグランドモスクからミナへと案内する前に必要となる食料やテント、装備を集める。ハッジ期間はミナで過ごし、アラファトの日となる9日目の夜明け後、アラファト山へと移動する。

「その後、Mutawefeenは道中で祈りを捧げながら巡礼者をグランドモスクへと連れていきます。Mutawefの息子たち、そして時には娘たちも女性巡礼者に同伴して後ろを歩きます。これは巡礼者が集団から離れず、迷子になったり後れをとったりしないようにするためです」とフセイン氏は語る。

パンデミックにより最近グランドモスクが閉鎖される以前は、女性たちは友達や家族、近所の人と一緒に食料や持ち物を持ってモスクへと向かい、一日中祈りを捧げながら日没の断食明けを待ったものだった。

イスラムの伝統では、ハッジが可能であるにも関わらず実行しないムスリムはこの日に断食すると「前の年と次の年の罪が贖われる」として奨励される。

Marshall M. Kirman著 ‘Classical Portfolio of Primitive Carriers’( 1895年、World Railway Publication Co.刊)に掲載されたイラスト画。メッカに向かう巡礼者の一団が描かれている。(ゲッティイメージズ)

祈りと誓願を行うためのこのモスクで一日を過ごした後、イードの準備が始まる。女性たちは近くのスークに向かい、子どものおもちゃや来客用のお菓子などを買う。

現在も、女性たちはウムラの儀式を行ったり一日祈ったりして過ごすために、空いたモスクへと出かけている。メッカや近隣の街の多くの人にとって毎年恒例の慣習となっているのだ。

ジェッダ在住のグラフィックデザイナー、ネダア・ズハイルさんは子どもの頃、毎年アラファトの日は祖母と叔母たちがメッカに出かけ、留守番の叔母の家で一日過ごしたものだとアラブニュースに語った。

「(モスクが閉鎖された)最近まで、メッカに出かける女性が増加の一途をたどっていることに気づきました。家にいて静かな時間を過ごすことを選ぶこともありますが、私も過去数年間で何度か行ったことがあります。わずか数マイル離れた場所に世界中から何百万人もの巡礼者が集まっていることを思うと、不気味なほど静かに思えましたが、特別な感じがしたものです」とズハイルさんは語った。

「2011年には一生に一度の経験をしました。カーバ神殿の周りを歩いていると、左側を見るとほぼ誰もキスワに触れていないことに気づいたのです。回礼を終わらせることに集中するあまり、触れるチャンスがあることに気付いていなかったのですが、勇気を出してやってみました。カーバに触れ、身体を預けると、まるで永遠の時間が流れるかのようでした。あのとき感じた心の穏やかさと精神的なつながりは、言葉で言い表せません。それ以来キスワに触れる機会はありませんが、大切な思い出となっています」

「パンデミックにより事前許可なしにモスクに行くことができなくなったことで、Yawm Al-Kholeefのようなシンプルな伝統はより一層心に響く、大切なものとなったように思います。いつの日かまた行けるようになったらうちの若い娘を連れていき、一緒にこの日の大切さを味わいたいと思います。かつて私が祖母と一緒に経験したように」

日が落ちると、イードの準備が始まる。女性たちがスークから戻るとチョコレートや甘いお菓子が載ったトレーが用意され、清潔な新しい服が吊るされ、おもちゃが一角に積み上げられ、飾り付けが行われて最後の仕上げが施される。

家族や友人と一緒に過ごすお祝いは3日間に及んでいるが、女性たちの仕事はまだ終わらない。

mutawefeenと巡礼者たちは巡礼を終えた後、家に戻ると、巡礼者に敬意を表して巡礼者の故郷のごちそうを囲むのだとフセイン氏は説明する。

「19世紀後期、ボーパール(昔のインドにあった都)のお姫様がメッカを訪れた際、同伴したガイドの女性たちが非常に楽しく、すばらしい旅となったと語った話が残されています。歓待を受け、すばらしい親交を持てたとのことです」

「巡礼者がmutawefの家族に手厚くもてなされるほど、巡礼者たちの間での家族の評判が上がり、ますます多くの巡礼者が訪れるようになりました。すばらしい宣伝となったのです」

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